第86話 ようやく痛みが治まったことと朔を相手にやっと本題に入ること

文字数 975文字

「いってぇ……」
「大丈夫か?」
 かがみ込んだ朔が、右足を抱えて悶絶している望の肩に手をかける。心配そうな表情の朔を見上げながら、望は声を絞り出した。
「だって、朔ちゃんが待ってくれないから……」
「望が失礼なことを言うからだろ」
「失礼なことなんて言ってないよ。それに、まだ本題に入ってないんだけど」


「ギプスを外すのが遅れても知らないぞ」
 そう言いながらも、朔は望を助け起こし、もう一度ベッドに座るのを手伝ってくれた。望は、朔がもう一度椅子に座るのを待ってから話し出す。
「思ったんだけどさ、朔ちゃんも、それに僕も、シチュエーションだけで菜月さんが亡くなったって思っちゃってるけど、確証があるわけじゃないじゃない」
 朔が、ぎくりとしたような顔をする。
 
「もちろん、本当は菜月さんが生きてるかもなんて言ってるわけじゃないよ。だけど、どうせなら、菜月さんのお墓なりなんなりを、ちゃんと自分の目で確かめて、そのうえで、線香の一本も上げたいと思わない?」
「いや、でも、どこに墓があるかわからないじゃないか」
「だーかーら、それを調べるんだよ」
「……は?」
「あー、やっとここからが本題」

 ようやく痛みが治まった望は、ポカンとしている朔に説明する。
「蜂須さんがそうしたみたいに、探偵に依頼するんだよ。探偵に、菜月さんのお墓の場所を調べてもらえばいい。
 なんなら、蜂須さんが使った探偵を紹介してもらってもいいんじゃない?」
 だが、朔は首を横に振る。
「いや、駄目だ」
「どうしてさ」
「俺は、彼女が嫌がることはしたくない。たとえ、もういなくても」
「朔ちゃん……」

 朔の気持ちもわかる。だが望は、心を鬼にして言う。
「菜月さんは、やっぱりずるいよ。僕は絶対に確信犯だと思うな。
 あんな手紙を出したら、朔ちゃんは一生彼女のことだけを思い続けて、一人ぼっちで老いぼれて死んで行くに決まってるじゃん」
「老いぼれて死んで行くって……」
「だったら朔ちゃんだって、ちょっとくらいずるをしてもいいんじゃない? いや、ずるって言うほどのことじゃないよ。
 もちろん、菜月さんの、好きな人にやつれた姿を見られたくないっていう乙女心とか、ずっと忘れないでほしいっていう気持ちもわかるよ。
 でも、亡くなった後でお墓の場所を調べるくらい、菜月さんも許してくれるんじゃない? 僕は、それでおあいこだと思うけどな」
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