第66話 朔の心配と菜月の病気と静かに愛し合った後のこと

文字数 924文字

 それから、さらに数年が経った。
 朔は、ベッドサイドに腰を下ろし、菜月の寝顔を見つめている。具合の悪い菜月に会うために、今日はタクシーで彼女の部屋にやって来た。
 最近の菜月は体調を崩しがちだ。ここのところ微熱が続いていて、あまり食欲もなく、目の下にはうっすらと隈が出来ている。
「私ももう年かしら」
 菜月は、冗談めかしてそう言ったが、朔は心配でならない。まだ三十代の半ばで、年のせいなどでないことは、本人もわかっているはずだ。
 目を覚ました菜月に、朔は、病院で診てもらうことを強く勧めた。
「疲れがたまっているだけだと思うけど」
 菜月はそう言いながらも、受診することを約束してくれた。
 
 
 病院に行った日の夜、菜月が電話をくれた。
「免疫の病気らしいわ」
「免疫?」
「えぇ。くわしい検査をしないとわからないけど、免疫系が正常に機能しなくなって、自分で自分を攻撃してしまうってことらしいわ」
 それは、難しい病気なのだろうか。考え込んでいると、菜月が明るい声で言った。
「心配しないで。検査の結果がわかったら知らせるけど、その前にまた会えるし」
「うん……」


 その日も朔は、菜月の部屋にやって来た。迎えてくれた菜月を抱きしめると、体が熱い。
「熱があるの?」
 腕の中で菜月が言う。
「そうね、少し。でも、そんなに気分は悪くないの」
「無理しないで。デリカテッセンでいろいろ買って来たから、食事にしよう」
「じゃあ、お茶を淹れるわ」
「それも僕がやる」
 菜月が見上げる。
「なんだか悪いわね」
「そんなことない。もっと僕に頼って」
「ありがとう」


 菜月の病気は、原因がはっきりしない上に、決定的な治療法はなく、免疫を抑制する治療をすることになった。初めのうちは仕事をしながら通院して治療を続けていたのだが、体調は思わしくない。
 最近では、朔が菜月の部屋を訪ねることが普通になっている。
 それは、菜月の体をいたわるように、静かに愛し合った後だった。ベッドに横たわった菜月が言った。
「学校をやめて、実家に帰って治療に専念しようかと思うの」
 菜月の実家は、地方の山沿いの町にあると聞いている。
「それなら、僕もついて行く」
「えっ?」
 あお向けになっていた菜月が、寝返りを打ってこちらを見る。
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