第104話 望に軽くいなされたこととカフェの再開前夜

文字数 635文字

 結局、朔の写真を削除してもらうことはかなわなかった。改めて、きっぱりと強い口調で、店に顔を出すつもりはないと宣言したが、望に軽くいなされた。
 朔は、本当に顔を出さないつもりだ。少なくとも、当分の間は。
 もしも客に何か言われたとしても、知ったことではない。体調が悪いと言って部屋から出なければ、まさか無理やり連れて行かれはしないだろう。
 別に仮病を使うわけではない。本当に、具合が悪くてベッドから起き上がれないことがしばしばあるのだ。
 
 それに、菜月のことを考え、一日のうちに、ひどく気持ちが沈んでどうしようもない時間があって、店で愛想よくふるまう自信がない。そもそも、早くから絵の仕事をしていたせいで、自分はアルバイトをしたこともない。
 とはいえ、望と陽太が、自分を元気づけようとしてくれていることも、よくわかっている。そのことが、ありがたくもあり、申し訳なくもある。
 
 
 そして、ついにカフェ再開の前夜になった。
 昼間、望と陽太は、店内のディスプレイや食材の仕込みなどの準備に追われていた。手伝わないと宣言した以上、朔は知らん顔をしていたが、開店前日にも関わらず、OLだという二人連れの女性がのぞきに来て驚いたと二人が言っていた。
 窓から夜空を見上げると、今夜は偶然にも居待ち月だ。美術部の合宿の夜に、菜月が教えてくれた月の名前。正確には、菜月が先輩の女子生徒に話すのを、朔はそばで聞いていただけだが。
 朔は、窓辺に椅子を持って来て座り、美しく輝いている月を眺める。
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