第93話 言いつのる望を制する朔と緒川の言葉とあたふたする望

文字数 1,072文字

 朔は、苦しげに泣いている。肩に置いた手から、震えが伝わって来る。
 あまりにも痛々しくて、朔がかわいそうで、今さら言っても仕方ないと思いながら、望は緒川に向かって言った。
「でも、やっぱり菜月さんはずるいよ。朔ちゃんは、菜月さんとの約束を守って、何年もの長い間、彼女が亡くなってからも、ずっと口を閉ざしていたんですよ。
 だけど、一人で苦しんでいる朔ちゃんをずっと見ていて、我慢しきれなくなって、僕が無理やり聞き出したんです。朔ちゃんは、話すときも、とても辛そうだった。
 それなのに、菜月さんは、朔ちゃんのことを緒川さんに話して、それどころか、あんな残酷なことを」
 
「望、やめろ」
 朔が、言いつのる望の腕に手を置いて制した。
「緒川さんのせいじゃない」
 望は、はっとする。
「あ……すいません」
 あわてて謝ると、緒川は、悲しげな顔で首を横に振った。
「いいえ。でも、彼女が影森さんのことを話したのは、そのときが初めてでしたよ。
 私の結婚生活の話から、『いい人はいないの?』って私が聞いたんです。だって、あんなに素敵な子なのに、恋愛の話を全然聞かないから。
 そうしたら、『内緒よ。これはマコちゃんだけに教えるのよ』って言って、スマートフォンの中の写真を見せてくれたの」
 
 そのときのことを思い返しているのか、緒川はかすかに微笑む。
「それで私が、いろいろしつこく聞いたんです。彼女の表情や話し方から、本当に影森さんのことが好きなんだって、よくわかったわ。
 そのときのことがなければ、彼女も手紙のことを思いつかなかったかもしれないし、私も、永遠に何も知らないままだったでしょうね。それがよかったのかどうか、今となってはわからないけれど」
 望は、申し訳ない気持ちになって、もう一度謝る。
「つい感情的になってしまって、すいませんでした」
 緒川に対しても、菜月に対しても、なじるような言い方をしてしまったことが恥ずかしい。
 
 だが、緒川は、目尻を下げて笑った。
「いいえ、気にしないでください。私も望さんの立場だったら、きっと同じように考えると思います。
 望さんも、本当に朔さんのことを大切に思っていらっしゃるんですね」
「あっ、いえ……」
 なんだか急に恥ずかしくなって、顔が熱くなる。
「きっとナッちゃんも、朔さんから話を聞いて、お二人が、お互いをとても大切に思い合っていることを微笑ましく感じていたんじゃないかしら」
「えっ、いや、そんな」
 そんな場合ではないと思いながら、照れくさいのと、ちょっとうれしいのとで、あたふたしてしまい、何を言っていいのかわからなくなった。
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