第27話 二人きりの部活動と猫と月

文字数 983文字

 そして、朔は三年生になった。驚いたことに、今年も新入生の入部はなく、なんと美術部員は朔一人だけになってしまった。
「私の努力不足かしら」
 気落ちしたように話す菜月は、どこか頼りなげな少女のようだ。朔は、精一杯の言葉をかける。
「そんなことはないと思います。たまたま今年の一年生が、絵に興味がなかっただけで」
「でも、去年も誰も入部しなかったし……」
 菜月はいつになく弱気だ。朔も、さらに言う。
「みんな、絵を描くよりゲームや何かのほうが好きなのかな」

 やがて菜月が、くすりと笑った。朔は、思わず菜月の顔を見る。
「ありがとう。慰めてくれて」
「いえ、そんな」
「駄目ね。生徒の前で弱音なんか吐いて」
「そんなことはないと思います」
 むしろ、心を許してくれているようでうれしい。すると、菜月が気を取り直したように言った。
「二人きりになっちゃったけど、中学最後の年も楽しく活動しましょうね」
「はい……」
 「二人きり」という言葉が、胸の奥を妖しくくすぐる。去年は、新入部員がいないことをひそかに喜んだ朔だったが、さすがに二人きりというのは……。
 部活動は、朔にとって今まで以上に特別な時間になった。
 
 
 今まで、部室でも、あまり誰かと口を利くことはなかったのだが、菜月と二人になり、必然的に話さざるを得なくなった。そして菜月も、今まではなかったことだが、部活動の時間に絵を描くようになった。
 ともに絵を描きながら言葉を交わすことは、とても緊張するが、同時にうれしくもある。時間が経過するにつれて、少しずつ朔からも話しかけられるようになって行った。
 今、朔は水彩で月を、菜月は、昔飼っていたという猫の写真を見ながら、鉛筆で細密画を描いている。
「先生は、美大を出たんですか?」
 猫の絵は愛らしく躍動的で、今にも動き出しそうなくらいだ。
 
「うぅん、普通の大学の教育学部よ。絵を描くことは好きだったけど、美大に進むほどの力がないことは自覚していたの。
 教師になることが夢だったから、美術の先生になれたらいいなぁと思って」
「じゃあ、夢が叶ったんですね」
「そうね」
 菜月は微笑む。そして、朔の絵をのぞき込んで言った。
「影森くんは、月が好きなのね」
「はい……」
 ここでは月だけを描いているが、家で描く絵は、いつも月と菜月がセットだ。朔の中で、月のように美しい菜月と、菜月によく似合う月は切り離せない。
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