第79話 間違っていた考えと突然鳴った呼び鈴と不安そうな顔をした望

文字数 752文字

 朔は、自分でも驚くほどの手際で荷物をまとめ、引っ越しの手配をした。マンションも解約し、蜂須の留守番電話に、すべての仕事をキャンセルする旨を告げた後、スマートフォンの電源を切って、××市に向かった。
 環境を変え、仕事や、辛い思い出に関わるものは、すべて目につかないところに片付け、しばらく静かに過ごしていれば、きっと気持ちも落ち着くはずだ。そう思ったのだったが。
 
 
 洋館に着いてすぐに、自分の考えが間違っていたことに気づいた。寝室とキッチンだけは、なんとか使えるようにしたものの、空気が淀み、がらんとして殺風景な洋館の中は、まるで死者の居城のようで、どこにいても、どこを見ても、絶望感と孤独感がつのるばかりだ。
 まして、今の朔には、一人では広すぎる館内を片付け、インテリアを整える気力も体力もない。結局、ろくに荷解きもしないままベッドに横たわり、菜月を思って涙したり、うとうとしたりしているうちに、来るときにコンビニで買って来た食料も底をついた。
 ここに来てから何日経ったのかも、よくわからなくなった。起き上がる気力もわかない。
 このままこうしていれば、そのうち死ねるだろうか。死ねば菜月に会えるのならば、それも悪くない。
 
 そんなことをぼんやりと考えていると、突然、玄関の呼び鈴が鳴った。朔は、はっとして上体を起こす。
 誰かが訪ねて来るとは思いもしなかった。そもそも、ここに朔がいることを知っている者はいないはずだ。
 では、誰がなぜ、なんの用で? そう思っている間にも、二度目の呼び鈴が鳴る。
 これは、出ないわけにはいかないようだ。朔は、観念してベッドから出る。
 
 ふらつく体を手すりで支えながら階段を下り、ようやく玄関にたどり着いてドアを開けると、そこに立っていたのは、不安そうな顔をした望だった。
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