第13話 嘘と強行突破とカフェをやること

文字数 789文字

 あたふたする朔を見ながら、望は考える。いったん帰って、さっそく店長に話をして、アパートも解約することにしよう。
 店の待遇が悪いというのは嘘だ。店長は望の腕を認めてくれているし、給料も十分にもらっている。仕事は楽しいし、これと言って不満はない。
 ただ、朔のことが心配なのだ。彼は何も話してくれないが、長年住んでいたマンションを突然引き払って、仕事も辞めるなんて、よほどのことがあったに違いない。
 過去の心の傷が癒えていないことも知っている。それに、昨日のあの憔悴ぶり。とても一人にしてはおけない。
 朔が理由をすっかり話してくれて、その上で望が引っ越して来ては困るというのならば、場合によっては思いとどまらなくもないが、そうでない限り、強行突破だ。とっととアパートを引き払ってしまえば、朔だって受け入れざるを得ないだろう。
 望は、朝食の後片付けをすると、すぐに洋館を発ったのだった。
 
 
 それが数ヶ月前のことだ。結局、朔は何も話してくれなかったし、望も強く問いただすことが出来なかった。
 それでも、朔に拒否する暇を与えずに引っ越して来て、朔も、憮然としながらも同居することを受け入れてくれた。その後、朔をうながして、望主導で建物の中を片付けたり、家具を揃えたりして、今の状態になった。
 さらに、離れの中に、おあつらえ向きのカウンターキッチンがあるのを見て、そこでカフェをやることを思いついたのだった。中は木の壁や床がカントリー風でかわいらしかったし、ほんの少し手を加えるだけでカフェに生まれ変わりそうに見えた。
 朔は、こんなところでカフェをやっても経営が成り立たないと言って反対したが、それでかまわなかった。カフェをやるのは、朔に対するほんの言い訳、あるいは付け足しのようなものだったから。
 ただし、実際に開店してみると、思った以上に客は来ず、カフェは、ほぼ開店休業状態だったが。
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