第22話 父の暴力と雨の夕方に菜月と二人で話すこと

文字数 940文字

 父の暴力は続いていた。それが日常であり、朔は暴力のない生活を知らない。
 怒鳴られても殴られても、その間だけ、なるべく心を無にしてやり過ごす。父自身も、怒りにまかせているようでいて、殴る場所も力の加減も、ちゃんと心得ている。
 だから、自分が言わない限り、誰にも知られることはない。そう思っていたのだが。
 
 
 それは、雨が降り続く夕方のことだった。
「さようなら」
「先生さようなら」
「気をつけてね」
 下校時刻が迫り、今日の部活が終了した。先輩たちに続き、最後尾から教室を出ようとしたそのとき。
「影森くん」
 後ろから、菜月に声をかけられた。朔は振り向く。
「ちょっといい?」
「はい……」

「座ろうか」
 菜月が机を指して言い、自ら椅子を引いて腰かける。そして、隣の席を手で示した。
 すぐ隣に座るのは緊張すると思ったが、言われるまま、朔も腰かける。いったい、なんの用事だろう。
「間違ってたらごめんね」
 菜月が、こちらを見て言う。
「影森くん、怪我してるんじゃない?」
「あ……」

 昨日、父に突き飛ばされて、家具の角で右肩を強打した。母が湿布を貼ってくれたものの、痛くて腕が上がらない。
 だが、授業中にノートを取ることや、絵を描くことは、痛みをこらえながら、なんとかこなすことが出来たし、外見上は問題ないと思っていた。
「それから影森くん」
 今度はなんだろう。
「大きな声や物音が苦手だよね」
 たしかに、誰かの怒鳴り声や大きな物音を聞くと、父のことを思い出し、恐怖で動けなくなってしまうことがある。学校でも、ときどきそんなことがあるが、菜月に見られたことがあっただろうか……。
 
「間違ってたらごめんね」
 何も言えずにいると、菜月がさっきの言葉を繰り返した。
「以前、私の知り合いにDVを受けていた人がいて、影森くんの様子が、なんだかその人に似ていると思って」
 なんということだ。小さい頃から、ずっと暴力を受けていたが、誰にも話したことはなかったし、自分が知る限り、気づかれたこともなかったはずだ。
 自分では、うまく隠し通せていると思っていたのだが。黙ったままでいると、菜月が、朔の顔をのぞき込むようにして言った。
「私の勘違いなら、別にいいの。でも、もしよかったら、どんなことでもいいから話してくれないかな」
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