第60話 ローストビーフと突然の電話と手を引かれて入る寝室
文字数 1,129文字
菜月がテーブルに料理を並べる間、朔は生成りの生地のソファに腰かけて待っていた。彼女が自分のために準備をし、この場を設けてくれたのだと思うと、たまらなくうれしい。
一時は、菜月は自分と付き合うことに乗り気ではないのかと、いぶかしんだこともあったが、それならば、バレンタインデーに部屋に招待してくれるはずがない。
ドキドキしながら待っていると、ようやく声がかかった。
「用意が出来たわ。こちらへどうぞ」
朔は、静かにテーブルに近づく。
「すごい……」
テーブルの上には、手の込んだ料理がいくつも並んでいる。菜月が、ローストビーフを指して言った。
「近所のお肉屋さんにブロック肉を注文して、昨日一日かけて作ったのよ。ネットで作り方をいろいろ検索して、ソースも手作りなの」
「おいしそうですね」
立ったまま、いつまでもテーブルの料理を眺めていると、菜月が言った。
「さぁ、座って。それからこれ」
テーブルの向かい側に立った菜月が、リボンのかかった箱を差し出した。そして、ぽかんと見つめる朔に言う。
「チョコレートよ。今日はバレンタインデーだから」
「あぁ……」
朔は、両手で受け取る。母以外でチョコレートをもらったのは、これが初めてだ。
いや、中学のとき、美術部の先輩に義理チョコをもらったことがあったか。とにかく、本命のチョコレートをもらったのは、これが生まれて初めてだ。
「ありがとうございます」
どこかぎこちない会話を交わしながらの食事が終わった。今まで、菜月の料理といえば弁当しか食べたことがなかったが、本格的な料理も素晴らしく、どれもとてもおいしかった。
だが今日は、この後のことを考えると嫌でも緊張してしまい、心から料理を楽しむことは出来なかった。今、菜月は、朔をソファに待たせて食器を洗っている。
やがて、後片付けを終えた菜月が近づいて来た。朔は、立ち上がる。
「先生」
菜月が、真っ直ぐに朔の目を見る。
「あの……」
そのとき、ポケットの中のスマートフォンが着信を告げた。
「あっ、ちょっとすいません」
朔は、菜月に背を向けながら電話に出る。それは、蜂須からだった。
「もしもし、朔くん?」
「はい」
「急で悪いんだけど、ナガミヤさんの仕事、いくつか変更があったから、これから詳細をメールで送るよ」
「わかりました」
ため息をつき、電話を切って向き直ると、菜月が手を伸ばして、朔の腕に触れた。
「仕事の話?」
「はい」
「もういいの?」
「はい」
「それなら、こっちに来て」
手を引かれたまま入った引き戸の先は、寝室だった。壁に飾られた、朔が贈った菜月の絵。そして、正面奥の、オフホワイトのファブリックで揃えられたベッド。
菜月が、朔の顔を見上げる。
「影森くん。あなたのことが好きよ」
一時は、菜月は自分と付き合うことに乗り気ではないのかと、いぶかしんだこともあったが、それならば、バレンタインデーに部屋に招待してくれるはずがない。
ドキドキしながら待っていると、ようやく声がかかった。
「用意が出来たわ。こちらへどうぞ」
朔は、静かにテーブルに近づく。
「すごい……」
テーブルの上には、手の込んだ料理がいくつも並んでいる。菜月が、ローストビーフを指して言った。
「近所のお肉屋さんにブロック肉を注文して、昨日一日かけて作ったのよ。ネットで作り方をいろいろ検索して、ソースも手作りなの」
「おいしそうですね」
立ったまま、いつまでもテーブルの料理を眺めていると、菜月が言った。
「さぁ、座って。それからこれ」
テーブルの向かい側に立った菜月が、リボンのかかった箱を差し出した。そして、ぽかんと見つめる朔に言う。
「チョコレートよ。今日はバレンタインデーだから」
「あぁ……」
朔は、両手で受け取る。母以外でチョコレートをもらったのは、これが初めてだ。
いや、中学のとき、美術部の先輩に義理チョコをもらったことがあったか。とにかく、本命のチョコレートをもらったのは、これが生まれて初めてだ。
「ありがとうございます」
どこかぎこちない会話を交わしながらの食事が終わった。今まで、菜月の料理といえば弁当しか食べたことがなかったが、本格的な料理も素晴らしく、どれもとてもおいしかった。
だが今日は、この後のことを考えると嫌でも緊張してしまい、心から料理を楽しむことは出来なかった。今、菜月は、朔をソファに待たせて食器を洗っている。
やがて、後片付けを終えた菜月が近づいて来た。朔は、立ち上がる。
「先生」
菜月が、真っ直ぐに朔の目を見る。
「あの……」
そのとき、ポケットの中のスマートフォンが着信を告げた。
「あっ、ちょっとすいません」
朔は、菜月に背を向けながら電話に出る。それは、蜂須からだった。
「もしもし、朔くん?」
「はい」
「急で悪いんだけど、ナガミヤさんの仕事、いくつか変更があったから、これから詳細をメールで送るよ」
「わかりました」
ため息をつき、電話を切って向き直ると、菜月が手を伸ばして、朔の腕に触れた。
「仕事の話?」
「はい」
「もういいの?」
「はい」
「それなら、こっちに来て」
手を引かれたまま入った引き戸の先は、寝室だった。壁に飾られた、朔が贈った菜月の絵。そして、正面奥の、オフホワイトのファブリックで揃えられたベッド。
菜月が、朔の顔を見上げる。
「影森くん。あなたのことが好きよ」