第49話 部屋を出て行く菜月と朔の後悔と年明けに出かける約束

文字数 790文字

 腕の中で、菜月が言った。
「今日はもう遅いから、これで帰るわね」
「はい……」
 仕方なく、朔は腕をほどく。菜月が、顔を上げて微笑んだ。
「プレゼント、どうもありがとう。とてもうれしいわ」
 そして菜月は、朔の絵を大切そうに抱えると、部屋を出て行った。下まで送ればよかったと気がついたのは、数分ほどぼんやりした後だった。
 
 
 翌日の午後、朔は菜月に電話をかけた。
「先生、今話しても大丈夫ですか?」
「えぇ。用事があるふりをして美術室に来て、ちょっとさぼっていたところ」
 学校は冬休みになっても、教師にはいろいろとやらなければならないことがあるらしい。
「そうなんですか。あの、先生は、年末年始はどうするんですか?」
 すると、菜月が言った。
「三十日が仕事納めだから、そのまま実家に帰るわ」

 そうなのか……。休みの間、菜月と一緒にいられたらと思っていたのだが、菜月には、年末年始をともに過ごす家族がいるのだ。
 こんなことなら、望の誘いを断るんじゃなかった。今回は、野山にお呼ばれしているのは本当だが、それは正月の二日の話で、別に望の家に行くことに支障はなかったのだ。
 だが、内心がっかりしていると、菜月が言った。
「でも、少し早めにこっちに戻って来るつもりだから、一緒にどこかに出かけましょうか」
「……はい!」


 年が明けたら、菜月と出かけられる。それだけで、一人ぼっちで過ごす寂しさにも耐えることが出来た。
 両親を失って初めての年越しだが、親戚と集まらなくなってからのそれは、父がずっと家にいるせいで、常に怯えて過ごさなくてはならず、楽しさとは程遠いものだった。
 それに比べれば、のんびり気ままに過ごせるだけでも、ずっといい。会うことは出来なくても、菜月とは毎日連絡を取り合ったし、望も、年が明けてすぐにメッセージをくれた。
――朔ちゃん、今年もよろしく。またたくさん料理を作りに行くから泊めてね!!
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