第8話 ラッキーなことと朔と望の過去

文字数 1,011文字

 食事が終わり、朔が当たり前のようにテーブルの上を片付け始めると、陽太は意外そうな顔をして見ていた。その後、あわてたように後片付けを申し出て、朔も、すんなりとそれに応じたのだが。
 陽太は、慣れた手つきで食器を洗い、テーブルの上もきれいに拭き清めた後、夕食の心配までしてくれた。だが、初日なので、今日のところはそれで帰ってもらった。
 つくづく、彼のような子が来てくれてラッキーだと思う。
 陽太は怖がっているようだが、朔は、本当はとても優しい人だ。実際、望が怪我をしたときも、大丈夫だと言う彼を、タクシーを呼んで病院に連れて行ってくれたし、この数日は家事もしてくれていた。
 ただ、彼は体調に波があるし、家事をする約束でここに住んでいる手前、朔にやってもらうことが心苦しかった。朔は必要ないと言ったのだが、望が個人的に雇うつもりでアルバイトを募集したのだ。
 
 
 朔は、才能を認められて高校在学中から仕事を始め、それを機にマンションで一人暮らしをしていた。その後、彼の両親が「事故」で亡くなり、望が彼と親しく接するようになったのは、それからだ。
 彼の両親の葬儀のときに、初めて辛い事情があったことを知り、望自身も、とてもショックを受けたし、今からでも、少しでも朔の力になりたいと思った。それで、たびたびマンションを訪ねるようになったのだ。
 それから年月が経ち、朔の仕事は順調で、望はレストランで働くようになっていた。仕事が休みの日に、たくさんの食材を持ってマンションに行き、作った料理を一緒に食べて一泊する。
 朔は口数が少なかったが、望はいつも、職場であったことなどを面白おかしく話し、朔も楽しそうに聞いていた。それは望に取っても楽しい時間で、このままずっと続けばいいと思っていたのだが。
 
 ある日、いつものようにマンションを訪ねると、部屋が引き払われていた。何度電話をかけてもつながらないし、メッセージを送っても反応はない。マンションの管理人に話を聞いても、何もわからなかった。
 自分では仲良くしているつもりだったし、朔も心を開いてくれているとばかり思っていたのに、彼が何も言わずに消えてしまったことがショックだった。考えてみれば、朔のことは、知っているようで何も知らない。
 だが、このまま終わりにするわけにはいかないと思った。少し前に、郊外にある洋館を購入したことは聞いていたので、ダメもとで住所を調べて訪ねて行くことにした。
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