第25話 止まらない涙と懇願と自分を強く律すること

文字数 925文字

 自分は、なんとだらしないのか。もうずっと、誰にも本音をさらしたことはなかったし、まして涙を見せたことなど記憶にもない。
 それなのに、大好きな菜月の前で、みっともなく泣いてしまった。だが、自分でもわかっている。
 本当は、苦しい胸の内を菜月に聞いてほしくて仕方がない。そして、すべてを受け止めてほしいと思っている。
 大好きな菜月だからこそ、優しい言葉をかけられるたび、固く閉ざしたはずの心の扉が開きかけ、甘えたい気持ちになってしまうのだ。そして、そんないじましい自分が嫌でたまらない。
 一度あふれ出した涙は、なかなか止まらない。激情が収まるまで、菜月は静かに待っていてくれた。
 
 
 朔は、ベッドの上で上体を起こす。そして、観念して口を開いた。
「多分、先生が思っている通りです。だけど、放っておいてください。
 あいつから逃げるなんて無理です。以前、母と二人で逃げようとしたけど、見つかって、連れ戻されて……」
 その後、母も朔も、思い出したくもないようなひどい仕打ちを受けた。あんな目に遇うくらいなら、今のまま、息をひそめて過ごしているほうがまだましだ。
「影森くん」
 朔は頭を下げる。
「お願いします。僕のことは放っておいてください」

 やがて、菜月が言った。
「わかったわ。だけど、もしも何かあったり、辛くなったときは、いつでも遠慮しないで私に話して。
 それから、気持ちが変わったときは、すぐに教えて。いい? 君や、君のお母さんに何かあってからじゃ遅いのよ」
 つくづく自分は馬鹿だと思う。なんとかうまくごまかそうと思ったのに、結局話してしまったし、これでは、父に虐待されていると白状したも同然だ。
 菜月に限って、早まったことはしないと思うが、このことを父に知られたらどうなるか……。
 
 
 今までだってなんとかやって来たのだから、これからだってなんとかなるに違いない。今以上の何かが起こるはずもない。
 これからは、もっと気をつけて、菜月に気取られないようにしなければ。そう思いながらも、菜月が知っているという事実は大きかった。
 心強いようでもある半面、つい菜月に頼りたくなる自分が怖い。出来る限り平静を装い、菜月に余計なことを言わないよう、朔は自分を強く律した。
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