第30話 ランチセットと二学期からの予定と胸がいっぱいになること

文字数 971文字

 思わず立ち止まった朔を見て、菜月が笑った。
「そんなにびっくりしないでちょうだい。今日の記念に」
「……ありがとうございます。大切にします」
 うれし過ぎて、息が止まりそうだ。立ち尽くしている朔に、菜月が、バッグから折り畳みの日傘を取り出しながら言った。
「これから、どこかでお昼ご飯にしましょう」


 あまり外食をしたことがないので緊張したが、そこは明るい雰囲気のファミリー向けのレストランで、菜月がランチセットを選んだので、朔も同じものを頼んだ。
 料理が来るのを待ちながら、朔は考える。こうして先生とレストランのテーブルに向かい合って座っているなんて、夢を見ているみたいだ。まさか、自分の人生にこんなことがあるとは……。
 朔自身は、ただ菜月の前で無様なふるまいをしないようにと必死で、料理の味もほとんどわからなかったが、菜月は、楽しげに話しながら、おいしそうに食べている。
 そして、あらかた料理を食べ終わった頃、朔に向かって言った。
「夏休みも、あと半分くらいね」
「はい」
「二学期からはどうする?」
「あ……」

 朔が通っている中学では、三年生は、通常一学期いっぱいで部活動を引退することになっている。強制ではないが、高校受験に向けて、勉強に専念するためだ。
「受験勉強は進んでる?」
「まぁ、それなりに」
 父に、ある程度以上のレベルの高校に合格するよう命令されているので、気は抜けない。だが、これで菜月と過ごす日々がお終いだなんて寂し過ぎる。
 そこで朔は、ずっと考えていたことを言った。
「あの、美術部の部室で勉強しちゃいけませんか? あそこ、すごく落ち着くし……」
 それでもし、ほんのたまにでも菜月が顔を出してくれたらうれしい。だが、そんな話は虫がよ過ぎるだろうか。
 
 皿に残したパセリを見つめていると、菜月が言った。
「もちろんいいわよ。影森くんがあそこで勉強するなら、私も付き合うわ。あ、でも、私がいると勉強の邪魔になっちゃうかしらね」
「そんな!」
 自分で自分の声の大きさに驚き、朔はボリュームを落として言い直す。
「そんなことはないです。すごくうれしいです。あっ、えぇと、つまり、わからないところを教えてもらえたら……」
 菜月が微笑んだ。
「私に教えられることがあるといいけど」
 安堵と喜びで、胸がいっぱいになる。あと半年、ずっと先生と一緒にいられる……。
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