03 君の〈守護者〉殿
文字数 3,329文字
「さてお二方。もしかすると、俺はお邪魔かな」
「まさか」
「平気ですよ」
現旧リ・ガンはほとんど同時にそう言った。
「それどころか」
「いてもらわないと困る」
またもほぼ同時に言った彼らは、〈守護者〉の瞳に面白そうな光が宿るのを見た。
「……駄目ですからね」
伯爵の考えと次に言いそうなことを予測したエイルはそれをとどめた。
「何の。妬くなと言うに」
「妬いとりませんと、何度言わせるんですか」
そのやりとりにクラーナが笑った。
「あなたのお祖父様もそんな方だったのかな、閣下。残念ながらお目にかからなかったけれど、もしかしたら僕もまた〈鍵〉と〈守護者〉の間で難儀しただろうか」
クラーナは楽しそうに言ったのだが、エイルははっとなった。ここは、彼が彼の〈鍵〉を失った町である。
「――悪かった」
突然の少年の謝罪に、クラーナは驚いたように見えた。
「何だって?」
「あんたがここに……この町に連れてこられたのは、俺がいるせいなんじゃないかと思って」
その言葉に、判らないと言うように眉をひそめた吟遊詩人は、しばらくしてから、ああ、とうなずいた。
「知ったんだね。カーディルの町で僕が体験したこと」
「だいたい、だけど……」
「だいたいで充分さ」
彼は横になったままで肩をすくめるようにした。
「君が完璧に理解できたら、それは大問題だもの」
それは、リ・ガンが再び〈鍵〉を失えば、という意味であろう。エイルは苦いものを覚えながらうなずいた。先の言葉が蘇る。シーヴは生きている。「少なくとも」――?
「あんたとシーヴに、何が……あったんだ」
少年は改めて問うた。
「そうだね。君に伝えないとならないことが多すぎる。伝えたところでどうしようもないかもしれない事々だけれど、でも話さなけりゃね。まずは動玉のことから」
吟遊詩人はそんなふうにはじめた。
そうして彼は、薬草師ヒースリーが玉 を持っていたこと――エイルは、シーヴ同様、それに文句を言った――、ヒースリーの友人がレンに逆らえず、玉を渡し、シーヴを呼び出したこと。シーヴがレンの高位の術師とやり合った、正確には一方的に痛めつけられたこと――当然エイルは、シーヴを散々罵倒した――、彼がレンに行こうとするので――エイルの罵声は、先のものが上品に聞こえるほどになった――エイルにシーヴをとめさせようと考えたこと、などを語った。
「魔術師協会 に向かったんだ」
青年は続けた。
「君に伝言を送ろうと思ったのと、レンについて調べられるなら調べておくのも、そう悪いことじゃないだろうと思ってね。でも、その途中で、捕まった」
「……誰に」
「名前は知らない。痩せた、暗い感じの男。ぼそぼそと悪い発声で話すのに、不気味なくらいはっきりと言葉は僕に届いたよ。あれも魔術なのかな」
「俺はそいつを知ってる、気がするな」
彼はリ・ガンを閉じ込めた陣を作った、陰気な男を思い出した。
「まあ、誰でもいいけれどさ」
クラーナは肩をすくめた。
「とにかく、僕は簡単に捕まった。殺されるのかとも思ったけれど」
「……どうしてそんなふうに思う」
エイルは眉をひそめて尋ねた。
「たとえば、シーヴへの、ひいては君への警告に」
さらりと自身の危機を話す吟遊詩人に、エイルの唇が歪んだ。
「彼はね、皮肉なことを言ったよ」
詩人は目を閉じて思い出すようにした。
「僕を翡翠への鍵 だって」
「……何だって?」
クラーナは目を開けると肩をすくめ、エイルは驚いたように聞き返した。
「ここの翡翠を隠した犯人について何か知っている?」
言いながらクラーナはエイルとゼレットを見た。ゼレットはエイルを見、エイルはうなずく。
「オルエン。あんたの……〈鍵〉だな」
「その通り 。僕もそう思ってるけど、君はよく判ったね」
「翡翠が隠されたのが、前回のことだって判ったんだ」
魔術師協会で記録を調べた、とエイル。
「成程」
クラーナはうなずいた。
「どんなふうに記録されてるのか見てみたいもんだね」
体験者にして生存者はそう言ったが、軽い冗談だととでも言うように肩をすくめた。
「レンは……僕とオルエンのつながりを知って、僕に翡翠を探させようと言うんだろうか」
「それはどうだろう」
エイルは呟いた。
「少なくとも俺は確かに、あんたが翡翠への鍵だと考えて、あんたを呼ぼうとしたけど」
エイルは、オルエンがリ・ガンだと思っているのはクラーナである、と考えたことを説明した。クラーナはそれにしばし呆然としてから、成程、とまた言った。
「オルエンが、僕に探させようとした訳か。彼のやりそうなことだ」
クラーナはそうとだけ言った。もうひとつの考えは言わなかった。――エイルの考えたことが、レンに伝わっていると言うのだろうか? そうではないにしても、クラーナを呼ぼうとしたその「力」の流れを見て取ることは魔術師たちにはできるのかもしれない。少なくとも、彼らはリ・ガンがカーディルにいることは知っているらしい。
「カティーラは……翡翠と関わる猫は、俺が『エイラ』のときにだけ近づいてきた。いまはレンの力にびびって逃げ回ってるけど……その、オルエンと一緒に来たのは女詩人だったろう。クラーナ嬢 の前になら、猫は姿を現すんじゃないかと思うんだ」
「嬢 」
吟遊詩人は繰り返した。
「成程ね、判ったよ。謝らなくていい、僕は君ほどには、あの格好に抵抗はないから」
「大丈夫なのか」
笑って言うクラーナを留めるように口を挟んだのは、ゼレットである。
「そのように話を続けて。顔が青いぞ。お前たち、どちらもだ。まずは休め。先にエイルにも言ったが……」
ゼレットは少し、迷うようにした。
「そのあとで、お前は倒れかけたな」
「……何て言いましたか」
「何と。もう忘れたのか」
ゼレットは肩をすくめてから、今度は倒れるなよ、と言って続けた。
「俺を信じろ、と言った。クラーナだったな、あなたにも言おう。俺とは初対面であろうと、知っているのだろう、〈守護者〉のことは。俺は翡翠だけではなく、お前たちも守りたい」
クラーナの目が見開かれた。浮かんだ笑みは弱かった。リ・ガンを守ろうとする存在は彼の記憶に痛い。
「言っときますけど」
思わずと言った調子で、エイルは言った。
「さっきのは別に、感動のあまり、目眩がした訳じゃないですからね」
「素直でないな、少年」
ゼレットは口髭を歪めた。エイルは天を仰ぐ。
「ともあれ、休め。続きはふたりともが手助けなしに俺の執務室へきて、まともに飯が食えるようになってからだ。これはこの城の主の言葉だぞ、よいな」
このゼレットの「命令」にエイルは顔をしかめたが、クラーナは苦笑して、はい閣下、と答えた。ゼレットは数秒 の間、じっとふたりを見ていたが、にやりとするとそのまま背を向けて部屋を出ていった。クラーナはまた、苦笑をする。
「どうやら、君の〈守護者〉殿はお見通しだね。君に休む気がないことはばれてるよ、エイル」
「そりゃ、ここで寝たって何の解決にも……」
少年はそう答えかけ、〈守護者〉が去ったことで急にふらつく身体を感じた。思わず呪いの言葉を吐く。成程、立ち去る前にゼレットの笑みはそれを見越してか。
「言っただろう」
クラーナは繰り返した。
「君の〈守護者〉殿はお見通しなんだよ」
エイルは顔をしかめて――つらさのためもあった――「先代」を睨む。
「お休みよ。横になりながらだって、考えることはできるさ」
「じっくり考えろって言うのか?」
「そうさ。僕はちょっと、考えなくちゃならない」
ふっと、吟遊詩人の顔から笑みが消えた。
「任せてくれ、と言える自信があればいいんだけれど、お互いにちょっと混乱してるね。少し休んで、頭を整理してからまた話そう。うまくすれば、ひとつくらい解決してるかもしれないよ」
クラーナはのんきな口調で言ったが、少年は、閉ざされたその瞳から彼の心を見て取ることはできなかった。
「まさか」
「平気ですよ」
現旧リ・ガンはほとんど同時にそう言った。
「それどころか」
「いてもらわないと困る」
またもほぼ同時に言った彼らは、〈守護者〉の瞳に面白そうな光が宿るのを見た。
「……駄目ですからね」
伯爵の考えと次に言いそうなことを予測したエイルはそれをとどめた。
「何の。妬くなと言うに」
「妬いとりませんと、何度言わせるんですか」
そのやりとりにクラーナが笑った。
「あなたのお祖父様もそんな方だったのかな、閣下。残念ながらお目にかからなかったけれど、もしかしたら僕もまた〈鍵〉と〈守護者〉の間で難儀しただろうか」
クラーナは楽しそうに言ったのだが、エイルははっとなった。ここは、彼が彼の〈鍵〉を失った町である。
「――悪かった」
突然の少年の謝罪に、クラーナは驚いたように見えた。
「何だって?」
「あんたがここに……この町に連れてこられたのは、俺がいるせいなんじゃないかと思って」
その言葉に、判らないと言うように眉をひそめた吟遊詩人は、しばらくしてから、ああ、とうなずいた。
「知ったんだね。カーディルの町で僕が体験したこと」
「だいたい、だけど……」
「だいたいで充分さ」
彼は横になったままで肩をすくめるようにした。
「君が完璧に理解できたら、それは大問題だもの」
それは、リ・ガンが再び〈鍵〉を失えば、という意味であろう。エイルは苦いものを覚えながらうなずいた。先の言葉が蘇る。シーヴは生きている。「少なくとも」――?
「あんたとシーヴに、何が……あったんだ」
少年は改めて問うた。
「そうだね。君に伝えないとならないことが多すぎる。伝えたところでどうしようもないかもしれない事々だけれど、でも話さなけりゃね。まずは動玉のことから」
吟遊詩人はそんなふうにはじめた。
そうして彼は、薬草師ヒースリーが
「
青年は続けた。
「君に伝言を送ろうと思ったのと、レンについて調べられるなら調べておくのも、そう悪いことじゃないだろうと思ってね。でも、その途中で、捕まった」
「……誰に」
「名前は知らない。痩せた、暗い感じの男。ぼそぼそと悪い発声で話すのに、不気味なくらいはっきりと言葉は僕に届いたよ。あれも魔術なのかな」
「俺はそいつを知ってる、気がするな」
彼はリ・ガンを閉じ込めた陣を作った、陰気な男を思い出した。
「まあ、誰でもいいけれどさ」
クラーナは肩をすくめた。
「とにかく、僕は簡単に捕まった。殺されるのかとも思ったけれど」
「……どうしてそんなふうに思う」
エイルは眉をひそめて尋ねた。
「たとえば、シーヴへの、ひいては君への警告に」
さらりと自身の危機を話す吟遊詩人に、エイルの唇が歪んだ。
「彼はね、皮肉なことを言ったよ」
詩人は目を閉じて思い出すようにした。
「僕を翡翠への
「……何だって?」
クラーナは目を開けると肩をすくめ、エイルは驚いたように聞き返した。
「ここの翡翠を隠した犯人について何か知っている?」
言いながらクラーナはエイルとゼレットを見た。ゼレットはエイルを見、エイルはうなずく。
「オルエン。あんたの……〈鍵〉だな」
「
「翡翠が隠されたのが、前回のことだって判ったんだ」
魔術師協会で記録を調べた、とエイル。
「成程」
クラーナはうなずいた。
「どんなふうに記録されてるのか見てみたいもんだね」
体験者にして生存者はそう言ったが、軽い冗談だととでも言うように肩をすくめた。
「レンは……僕とオルエンのつながりを知って、僕に翡翠を探させようと言うんだろうか」
「それはどうだろう」
エイルは呟いた。
「少なくとも俺は確かに、あんたが翡翠への鍵だと考えて、あんたを呼ぼうとしたけど」
エイルは、オルエンがリ・ガンだと思っているのはクラーナである、と考えたことを説明した。クラーナはそれにしばし呆然としてから、成程、とまた言った。
「オルエンが、僕に探させようとした訳か。彼のやりそうなことだ」
クラーナはそうとだけ言った。もうひとつの考えは言わなかった。――エイルの考えたことが、レンに伝わっていると言うのだろうか? そうではないにしても、クラーナを呼ぼうとしたその「力」の流れを見て取ることは魔術師たちにはできるのかもしれない。少なくとも、彼らはリ・ガンがカーディルにいることは知っているらしい。
「カティーラは……翡翠と関わる猫は、俺が『エイラ』のときにだけ近づいてきた。いまはレンの力にびびって逃げ回ってるけど……その、オルエンと一緒に来たのは女詩人だったろう。クラーナ
「
吟遊詩人は繰り返した。
「成程ね、判ったよ。謝らなくていい、僕は君ほどには、あの格好に抵抗はないから」
「大丈夫なのか」
笑って言うクラーナを留めるように口を挟んだのは、ゼレットである。
「そのように話を続けて。顔が青いぞ。お前たち、どちらもだ。まずは休め。先にエイルにも言ったが……」
ゼレットは少し、迷うようにした。
「そのあとで、お前は倒れかけたな」
「……何て言いましたか」
「何と。もう忘れたのか」
ゼレットは肩をすくめてから、今度は倒れるなよ、と言って続けた。
「俺を信じろ、と言った。クラーナだったな、あなたにも言おう。俺とは初対面であろうと、知っているのだろう、〈守護者〉のことは。俺は翡翠だけではなく、お前たちも守りたい」
クラーナの目が見開かれた。浮かんだ笑みは弱かった。リ・ガンを守ろうとする存在は彼の記憶に痛い。
「言っときますけど」
思わずと言った調子で、エイルは言った。
「さっきのは別に、感動のあまり、目眩がした訳じゃないですからね」
「素直でないな、少年」
ゼレットは口髭を歪めた。エイルは天を仰ぐ。
「ともあれ、休め。続きはふたりともが手助けなしに俺の執務室へきて、まともに飯が食えるようになってからだ。これはこの城の主の言葉だぞ、よいな」
このゼレットの「命令」にエイルは顔をしかめたが、クラーナは苦笑して、はい閣下、と答えた。ゼレットは数
「どうやら、君の〈守護者〉殿はお見通しだね。君に休む気がないことはばれてるよ、エイル」
「そりゃ、ここで寝たって何の解決にも……」
少年はそう答えかけ、〈守護者〉が去ったことで急にふらつく身体を感じた。思わず呪いの言葉を吐く。成程、立ち去る前にゼレットの笑みはそれを見越してか。
「言っただろう」
クラーナは繰り返した。
「君の〈守護者〉殿はお見通しなんだよ」
エイルは顔をしかめて――つらさのためもあった――「先代」を睨む。
「お休みよ。横になりながらだって、考えることはできるさ」
「じっくり考えろって言うのか?」
「そうさ。僕はちょっと、考えなくちゃならない」
ふっと、吟遊詩人の顔から笑みが消えた。
「任せてくれ、と言える自信があればいいんだけれど、お互いにちょっと混乱してるね。少し休んで、頭を整理してからまた話そう。うまくすれば、ひとつくらい解決してるかもしれないよ」
クラーナはのんきな口調で言ったが、少年は、閉ざされたその瞳から彼の心を見て取ることはできなかった。