2 王女に近い人物
文字数 4,134文字
「これ……何で? 母さんが取りに行った訳じゃないだろ?」
「やだね、この子は。半年の間に、親切な旦那 のことを忘れちまったのかい?」
「ファ、ファドック様が?」
アニーナの知る、城の「旦那」なんてひとりしかいない。
「当たり前さ。あんないい男はそうそういないよ。あんたの心配をしてくれて、あたしが読めないと知るとあんたの手紙も」
「ファドック様が見たのかっ!?」
エイルは蒼白となった。あの、小汚い文字を解読したのがファドックだったとは。
「そうだよ。南区で、誰が文字なんか読めるって言うんだい。まさかあたしが魔術師協会 なんかの扉を叩いて、息子の手紙を読んで下さいとお願いにあがると思ってたんじゃないだろうね?」
街には代書屋もいるから、そういうところへ持っていけば文字を知らぬ人間でも手紙を書いたり読んだりできる。もちろんアニーナもそんなことは知っている。わざとそんなふうに言うのだろう。
「このところ便りがないと心配してたのは、あたしよりもあのセラスかもしれないよ。感謝するんだね。また発つ前に城に行けるのなら、行ってちゃんとお礼をしておいで」
「ファドック様が……」
エイルは馬鹿みたいに繰り返した。それでは、自分は忘れられていないのだ。ファドックはちゃんとエイルのことを――そして、翡翠 のことを覚えているだろう。
「さ、身体は温まったし、渡すもんは渡したし。あたしはそろそろ帰るよ。暗くなる前に籠をあと幾つか仕上げておかなけりゃ」
「母さん、これ」
エイルははっとなって受け取ったばかりの小袋を開こうとした。アニーナは顔をしかめて、おやめ、と言う。
「息子の稼ぎにたかる気はないっていつも言ってるだろう。どれだけ稼ごうと同じさ。それに旅をするならそういうもんが必要だろう。一生かかっても使い切れないくらいあって困ってるとでも言うなら、受け取るけれどね」
母はがんとして、銀貨一枚すらも息子から受け取らなかった。仕方なくエイルは、また帰ってくる、と約束をして――そういうことは女の子にお言い、とまた言われたあとで――母と分かれた。それから、昼日中から人のいない小路をどうにか探して〈調整〉を終え、魔術師協会を訪れてダウと面会してから、どうしていいか判らないままで〈銀花玉〉まで戻ってきたという訳だ。
(これだけあれば)
(そこの王子サマに使わせた分も、返せるかな)
ちらりと隣室に目をやると、シーヴが椅子から立ち上がったところだ。振り返った青年と目が合った。
「エイラ」
「うん?」
シーヴはぱっとエイラの方に駆け寄ろうとし――駆け寄れるくらいの広さがある部屋というのも怖ろしいものだ――彼女が寝台に腰をかけているのを見て、不意に立ち止まった。
「あー……話が、ある」
こほん、と咳払いなどして言うシーヴにエイラは首をかしげ、一秒 してから青年の躊躇の理由に気づいた。
天幕を張ればすぐ隣で眠るくせに、寝台があれば意識するというのも奇妙な話だ、などと考えながら、エイラは立ち上がるとシーヴの招きに応じた。即ち、寝室の寝台で隣り合うのではなく、隣室で椅子に座って話をするのである。
「何か飲むか?」
エイラがやってくると、シーヴは部屋に備え付けられている飲み物の棚を眺めながら言った。
身分が上の者が杯の支度をする、或いは命じる、身分の上下がなくとも女性といれば男性がそれを尋ねる、というのはシャムレイを含む東方での常識だ。シーヴが言うのは彼の習慣のようなものであったが、王子が臣下に尋ねるのならまだしも、シーヴがエイラに言うのならば別にアーレイドだろうが砂漠であろうが不自然な話ではない。
エイラは要らないと首を振った。実を言えばそれを断るというのは東方ではいささか「無礼」に当たったが、もちろんシーヴは気にしなかった。特に自分の分を注ぐこともせず、戻ってくると椅子を引く。
「とんでもない話を聞いたぞ」
「……〈魔術都市〉か?」
「ああ。お前も聞いたのか」
「第一王子が、きてたってな。……驚いた」
彼らは互いに自身が聞いたことを語り合ったが、情報の内容はほとんど同じであった。アーレイド中で語られている事実と噂なれば、それは当然のことかもしれない。
「急がないと」
エイラは言った。ファドックが翡翠を忘れていない――だろう――以上、〈守護者〉は翡翠を守るはずだし、シーヴが推測した通り、もし翡翠に変化があれば彼女には必ず判る。
いまのところ、レンは翡翠に何もしていない。或いは、何もできていない。
だが、今後どうなるかは判らない。
「何とかして、城に忍び込もうと思うんだが」
「おいおい、そんな危ない橋は渡らなくてもいいだろう」
エイラの言葉にシーヴはにやりとしながら返してきた。
「何かいい考えでも、あるのか?」
彼女は少しむっとして言った。アーレイド城に詳しいのは自分の方だという自負がある。
「堂々と、正面から入ればいいのさ」
「……リャカラーダ王子殿下として、なんて言うんじゃないだろうな? アーレイドが腹を立てるような『逃げ出し方』をしてきたって言ったのはあんたじゃないか」
その話はアーレイドを出る前にファドックからも聞いている。王が怒ったというような話はなかったが、賓客としてもてなした相手が何も言わずに姿を消したのであれば、喜ばれたはずもないだろう。
「俺もそう思ったんだがな。巧くすれば、招かれるぞ」
「何を仕込んできたんだよ、王子殿下」
エイラは疑いの眼を向ける。シーヴは軽く肩をすくめた。
「偶然、城の人間と行き合ったんだ。幸運だった。相手は俺を覚えていてな」
あのようなことがあったのだからファドックが「リャカラーダ」を覚えていても当然かもしれない。だがシーヴとしては、船乗りと言っても違和感なく受け入れられる格好をしているときにあっさり見分けられたことがいささか驚きだった。
「レンのことを尋ねてみたが、冗談にも歓迎してる様子じゃなかった。貴族ではないようだし、どれくらい権限があるものか判らないが……王女殿下に近いからな、招かせるくらいはできるのかもしれん」
「……ちょっと、待てよ」
エイラは動悸が激しくなるのを覚えた。
貴族ではないが、王女に近い人物。彼女はそれが誰か知っているのではないだろうか。考える――までもない。
「お前も城にいたのなら知っているか? ファドック・ソレス。シュアラ王女の護衛騎士 だ」
目眩がするかと、思った。
(どうして)
(俺の行く先々にいるんですか、ファドック様?)
一瞬 ――本当に、目眩がした。エイラは椅子の肘掛けに手をつき、ふらりとしかけた身体を支える。
「どうした」
シーヴがさっと立ち上がって脇にこようとするのを手を振って留める。
「何でもない、ちょっと疲れただけ、だ」
「少し、目を閉じていろ。楽になる」
「……ああ」
シーヴの言葉にエイラは素直に従った。
「香り水を入れよう。待ってろ」
シーヴは再び棚のところに戻ると、透明な長杯にほんのり緑色をした香り水を注いだ。さわやかな香りのラッケは香草を水に漬けただけの簡単な飲み物だったが、気分がすぐれないときには適している。
かちゃり、と杯の置かれる音にエイラは目を開ける。
「有難う」
エイラが言うと、シーヴは自身用に置きかけたもうひとつの杯をそのまま彼女に渡した。
「強行軍だったからな。馬に乗るのも疲れただろうし、偽名を用意しなきゃならんほど警戒してるところへ、レンの話だ。目も回す」
慰めるかのようなシーヴの言葉に笑みが浮かんだ。
「もう大丈夫だ」
エイラは安心させるように、シーヴに向けて笑いかけた。もう、目眩は去った。
実際に疲弊はしているだろう。シーヴの言う通り、休みもせずに風呂など使って街へ行けば、リックの死、母との再会に〈魔術都市〉の知らせ、ルイエ金貨とファドックの名にも驚かされれば、協会は王家には尽くさないときっぱり言われ、戻ってくればまたファドックの名――たかだか半日でずいぶんと目まぐるしかったと言える。
この絡まりあった網目のなかで、アニーナとシーヴの口からその名を聞こうとは思わなかった。
アニーナはともかくとしても、まさか、シーヴから。
〈鍵〉であるシーヴが彼女にもたらす安定は完璧で、彼と出会って以来のエイラにリ・ガンとしての揺らぎはない。あるのは、エイル少年の不安――それとも戸惑い、躊躇い、そういったものだけだ。
〈守護者〉であるファドックが、〈鍵〉を得たリ・ガンに強い影響をもたらすと言うことはない。ないはずだ。
だがファドックの名を耳にしただけで、エイラは強烈に揺さぶられる。
そうではない。
シーヴが口にしたから、なのだ。
彼女に近しい二つの存在の交錯。
ふと、気づいた。ファドックはシーヴよりも先に「エイル」と出会っている。
(拙い――かな)
そんな思いが浮かぶ。
リ・ガンと最初に出会うのは〈鍵〉のはずだった。そして、リ・ガンは〈鍵〉の影響を受ける。だが彼女は――彼は先に〈守護者〉と出会い、その存在から感じ取る力で少しずつ目覚めていた。これは、何を意味するのか。
もし――。
ではもし、〈守護者〉と〈鍵〉が対立をしたら、リ・ガンはどちらを優先するだろう?
〈鍵〉に決まっている、とリ・ガンの安定を持つエイラが言う。
でも俺はファドック様の守るものを守ると決めたんだ、と少年エイルが言う。
「エイラ、もう休むか?」
すっと物思いに沈み込んだ彼女にシーヴが声をかけた。
「いまは、あのソレスという男の出方を待つのが最上だろう。いざ動こうと言うときのために身体を休めておいた方がいいな」
シーヴは「女性にするように」エイラに手を差し出した。
「よせよ、そこまでへたっちゃいないさ」
エイラはそう言ってシーヴの手を払い、座るように促す。浮かんだあやしい思いを振り払うように深呼吸をすると向かいに座り直した青年を見る。
「やだね、この子は。半年の間に、親切な
「ファ、ファドック様が?」
アニーナの知る、城の「旦那」なんてひとりしかいない。
「当たり前さ。あんないい男はそうそういないよ。あんたの心配をしてくれて、あたしが読めないと知るとあんたの手紙も」
「ファドック様が見たのかっ!?」
エイルは蒼白となった。あの、小汚い文字を解読したのがファドックだったとは。
「そうだよ。南区で、誰が文字なんか読めるって言うんだい。まさかあたしが
街には代書屋もいるから、そういうところへ持っていけば文字を知らぬ人間でも手紙を書いたり読んだりできる。もちろんアニーナもそんなことは知っている。わざとそんなふうに言うのだろう。
「このところ便りがないと心配してたのは、あたしよりもあのセラスかもしれないよ。感謝するんだね。また発つ前に城に行けるのなら、行ってちゃんとお礼をしておいで」
「ファドック様が……」
エイルは馬鹿みたいに繰り返した。それでは、自分は忘れられていないのだ。ファドックはちゃんとエイルのことを――そして、
「さ、身体は温まったし、渡すもんは渡したし。あたしはそろそろ帰るよ。暗くなる前に籠をあと幾つか仕上げておかなけりゃ」
「母さん、これ」
エイルははっとなって受け取ったばかりの小袋を開こうとした。アニーナは顔をしかめて、おやめ、と言う。
「息子の稼ぎにたかる気はないっていつも言ってるだろう。どれだけ稼ごうと同じさ。それに旅をするならそういうもんが必要だろう。一生かかっても使い切れないくらいあって困ってるとでも言うなら、受け取るけれどね」
母はがんとして、銀貨一枚すらも息子から受け取らなかった。仕方なくエイルは、また帰ってくる、と約束をして――そういうことは女の子にお言い、とまた言われたあとで――母と分かれた。それから、昼日中から人のいない小路をどうにか探して〈調整〉を終え、魔術師協会を訪れてダウと面会してから、どうしていいか判らないままで〈銀花玉〉まで戻ってきたという訳だ。
(これだけあれば)
(そこの王子サマに使わせた分も、返せるかな)
ちらりと隣室に目をやると、シーヴが椅子から立ち上がったところだ。振り返った青年と目が合った。
「エイラ」
「うん?」
シーヴはぱっとエイラの方に駆け寄ろうとし――駆け寄れるくらいの広さがある部屋というのも怖ろしいものだ――彼女が寝台に腰をかけているのを見て、不意に立ち止まった。
「あー……話が、ある」
こほん、と咳払いなどして言うシーヴにエイラは首をかしげ、一
天幕を張ればすぐ隣で眠るくせに、寝台があれば意識するというのも奇妙な話だ、などと考えながら、エイラは立ち上がるとシーヴの招きに応じた。即ち、寝室の寝台で隣り合うのではなく、隣室で椅子に座って話をするのである。
「何か飲むか?」
エイラがやってくると、シーヴは部屋に備え付けられている飲み物の棚を眺めながら言った。
身分が上の者が杯の支度をする、或いは命じる、身分の上下がなくとも女性といれば男性がそれを尋ねる、というのはシャムレイを含む東方での常識だ。シーヴが言うのは彼の習慣のようなものであったが、王子が臣下に尋ねるのならまだしも、シーヴがエイラに言うのならば別にアーレイドだろうが砂漠であろうが不自然な話ではない。
エイラは要らないと首を振った。実を言えばそれを断るというのは東方ではいささか「無礼」に当たったが、もちろんシーヴは気にしなかった。特に自分の分を注ぐこともせず、戻ってくると椅子を引く。
「とんでもない話を聞いたぞ」
「……〈魔術都市〉か?」
「ああ。お前も聞いたのか」
「第一王子が、きてたってな。……驚いた」
彼らは互いに自身が聞いたことを語り合ったが、情報の内容はほとんど同じであった。アーレイド中で語られている事実と噂なれば、それは当然のことかもしれない。
「急がないと」
エイラは言った。ファドックが翡翠を忘れていない――だろう――以上、〈守護者〉は翡翠を守るはずだし、シーヴが推測した通り、もし翡翠に変化があれば彼女には必ず判る。
いまのところ、レンは翡翠に何もしていない。或いは、何もできていない。
だが、今後どうなるかは判らない。
「何とかして、城に忍び込もうと思うんだが」
「おいおい、そんな危ない橋は渡らなくてもいいだろう」
エイラの言葉にシーヴはにやりとしながら返してきた。
「何かいい考えでも、あるのか?」
彼女は少しむっとして言った。アーレイド城に詳しいのは自分の方だという自負がある。
「堂々と、正面から入ればいいのさ」
「……リャカラーダ王子殿下として、なんて言うんじゃないだろうな? アーレイドが腹を立てるような『逃げ出し方』をしてきたって言ったのはあんたじゃないか」
その話はアーレイドを出る前にファドックからも聞いている。王が怒ったというような話はなかったが、賓客としてもてなした相手が何も言わずに姿を消したのであれば、喜ばれたはずもないだろう。
「俺もそう思ったんだがな。巧くすれば、招かれるぞ」
「何を仕込んできたんだよ、王子殿下」
エイラは疑いの眼を向ける。シーヴは軽く肩をすくめた。
「偶然、城の人間と行き合ったんだ。幸運だった。相手は俺を覚えていてな」
あのようなことがあったのだからファドックが「リャカラーダ」を覚えていても当然かもしれない。だがシーヴとしては、船乗りと言っても違和感なく受け入れられる格好をしているときにあっさり見分けられたことがいささか驚きだった。
「レンのことを尋ねてみたが、冗談にも歓迎してる様子じゃなかった。貴族ではないようだし、どれくらい権限があるものか判らないが……王女殿下に近いからな、招かせるくらいはできるのかもしれん」
「……ちょっと、待てよ」
エイラは動悸が激しくなるのを覚えた。
貴族ではないが、王女に近い人物。彼女はそれが誰か知っているのではないだろうか。考える――までもない。
「お前も城にいたのなら知っているか? ファドック・ソレス。シュアラ王女の
目眩がするかと、思った。
(どうして)
(俺の行く先々にいるんですか、ファドック様?)
一
「どうした」
シーヴがさっと立ち上がって脇にこようとするのを手を振って留める。
「何でもない、ちょっと疲れただけ、だ」
「少し、目を閉じていろ。楽になる」
「……ああ」
シーヴの言葉にエイラは素直に従った。
「香り水を入れよう。待ってろ」
シーヴは再び棚のところに戻ると、透明な長杯にほんのり緑色をした香り水を注いだ。さわやかな香りのラッケは香草を水に漬けただけの簡単な飲み物だったが、気分がすぐれないときには適している。
かちゃり、と杯の置かれる音にエイラは目を開ける。
「有難う」
エイラが言うと、シーヴは自身用に置きかけたもうひとつの杯をそのまま彼女に渡した。
「強行軍だったからな。馬に乗るのも疲れただろうし、偽名を用意しなきゃならんほど警戒してるところへ、レンの話だ。目も回す」
慰めるかのようなシーヴの言葉に笑みが浮かんだ。
「もう大丈夫だ」
エイラは安心させるように、シーヴに向けて笑いかけた。もう、目眩は去った。
実際に疲弊はしているだろう。シーヴの言う通り、休みもせずに風呂など使って街へ行けば、リックの死、母との再会に〈魔術都市〉の知らせ、ルイエ金貨とファドックの名にも驚かされれば、協会は王家には尽くさないときっぱり言われ、戻ってくればまたファドックの名――たかだか半日でずいぶんと目まぐるしかったと言える。
この絡まりあった網目のなかで、アニーナとシーヴの口からその名を聞こうとは思わなかった。
アニーナはともかくとしても、まさか、シーヴから。
〈鍵〉であるシーヴが彼女にもたらす安定は完璧で、彼と出会って以来のエイラにリ・ガンとしての揺らぎはない。あるのは、エイル少年の不安――それとも戸惑い、躊躇い、そういったものだけだ。
〈守護者〉であるファドックが、〈鍵〉を得たリ・ガンに強い影響をもたらすと言うことはない。ないはずだ。
だがファドックの名を耳にしただけで、エイラは強烈に揺さぶられる。
そうではない。
シーヴが口にしたから、なのだ。
彼女に近しい二つの存在の交錯。
ふと、気づいた。ファドックはシーヴよりも先に「エイル」と出会っている。
(拙い――かな)
そんな思いが浮かぶ。
リ・ガンと最初に出会うのは〈鍵〉のはずだった。そして、リ・ガンは〈鍵〉の影響を受ける。だが彼女は――彼は先に〈守護者〉と出会い、その存在から感じ取る力で少しずつ目覚めていた。これは、何を意味するのか。
もし――。
ではもし、〈守護者〉と〈鍵〉が対立をしたら、リ・ガンはどちらを優先するだろう?
〈鍵〉に決まっている、とリ・ガンの安定を持つエイラが言う。
でも俺はファドック様の守るものを守ると決めたんだ、と少年エイルが言う。
「エイラ、もう休むか?」
すっと物思いに沈み込んだ彼女にシーヴが声をかけた。
「いまは、あのソレスという男の出方を待つのが最上だろう。いざ動こうと言うときのために身体を休めておいた方がいいな」
シーヴは「女性にするように」エイラに手を差し出した。
「よせよ、そこまでへたっちゃいないさ」
エイラはそう言ってシーヴの手を払い、座るように促す。浮かんだあやしい思いを振り払うように深呼吸をすると向かいに座り直した青年を見る。