3 「エイル」であるという証
文字数 4,144文字
――アーレイド。
その街の、喧噪。
冬至祭 も終わろうというこの時期は商人 たちの出入りも激しく、訪れる旅人への警戒もほとんどない。
もともとアーレイドは平和な街だから、街の門の警備など形式的なものだ。エイラはフードだけ外して――出立のときに、決まりだから外すよう言われたことを思い出したのだ――伏し目がちに門をくぐった。もちろんと言おうか、それをとめる兵士などいない。魔術師の不興を買いたくない、ということもあったかもしれないが。
アーレイド。
どこの街も似たようなものだと思っていた。
賑やかで、活気に溢れた街並み。細々とであろうと豪奢にであろうと、地に足をつけて日々の生活を送っている人々。
どの街も似たようなものだった。
だが、アーレイドは違った。
この地を故郷とする者にとっては。
(ああ――)
(ここは俺の街だ)
安心感のようなものを覚える。
エイル少年は大門の辺りなど滅多にきたことがなかったのに、それでもこんなに懐かしい。この空気。余所と何が違うという訳でもないだろう。だが、違うのだ。ひたすらに懐かしい、自分の属する世界。
「案内してくれないか、リティ 」
シーヴの声にはっとなった。これまでの街では旅慣れたシーヴが率先して宿を取ったり店を見つけたりしていたが、ここはエイラの陣地である。
「ああ……そうだな。こっちへ行こう」
エイラは馬を下りると東区の方へと足を向けようとした。
東区の方はあまり知らない。数度、厨房の料理長トルスの使いで足を運んだことがある程度だ。だが宿がどこにあるかは知っていたし、どの辺りが安全でどの辺りが物騒なところかくらいは判っている。
「待て、エイ――リティ。宿を取るなら、中心街区 にしないか」
「どうしてだ」
「上級の宿を取れば、おかしな人間は入ってこない。夜の街に出るのがもし心配だったら、部屋に食事を届けさせることもできる」
「んなことができるのか!?」
いったい、どんな高級宿なのだろう。すっかり少年の口調で、エイラは目を見開いた。
「また、あんたに金 を使わせちまうぜ?」
「使えるうちが華だよ」
そう言って片目をつむると、シーヴはエイラを促した。
〈銀花玉〉は、アーレイドのなかで五本の指に入るほどの立派な旅籠である。
使うのは裕福な商人か、名のある戦士か、城を訪れる下級貴族か、と言ったところだろう。もちろんエイル少年は、前を通ったことくらいはあっても泊まったことなどない。
シーヴは自身の財布の中身を思い出すように腰の袋に触れてから、何とか足りるだろう、と言って宿の馬丁に彼らの馬を預けた。足りなかったらどうする気だ、とエイラは心配したが、自信たっぷりについてこいと言うシーヴに任せるしかない。アーレイドは彼女の陣地でも、こういう場所はシーヴの得手だ。
薄汚れた旅人と魔術師の組み合わせに宿の人間は少し顔をしかめたが、シーヴが〈リャカラーダ〉調で宿泊を申し込みながら宝石を見せれば、そのあたりは目利きの商売人である。すぐに彼らを上客と見て取り、にこやかな顔になってシーヴと「リティ」を豪華な部屋へと案内した。
「……こんな場所がアーレイドにあるなんて、知らなかったよ」
エイラは呆然として言った。
城に連れていかれて、使用人にしては破格の広い部屋を与えられたときにも目を丸くしたものだが、ここはその倍もあるかと思えた。それも、重厚な卓と椅子、棚が誂えられた執務室風の部屋と、天蓋付きの寝台がふたつ置かれた寝室の二間続きだ。装飾品は知識のないエイラが見ても高価なものばかりだと判るし、壁にはこれまた立派そうな絵画などまで飾られている。
「こんな広い部屋で、何するってんだ」
ローブを脱ぎながらエイラは呆然と言った。
「こんな広い部屋に泊まれることに、自己満足するのさ」
王子殿下は唇を歪めてそう言うと、どさりと荷を下ろした。
「さて、風呂 まで使えるようだぞ。久しぶりに浸かってきたらどうだ?」
エイラがあまり湯屋を好まないことはシーヴも知っていたが、旅の疲れをほぐすには適している。
「風呂だって? どこに」
「そこ」
「……は?」
エイラが予想していた答えは、一階の奥間だとか、地下だとかそういう台詞である。
「そこだ。その扉。狭いが、他人と交わりたくないなら重宝するだろう」
言われた扉を開けても、エイラは何を言われているのか意味が判らなかった。温かい湿気を顔に浴びて数秒 考え込み、ようやく理解できる。
「せっ、専用の風呂 !?」
「そう 。それも俺たちがこの宿についてまだ一カイかそこらしか経ってない。温泉でも湧いてるのでなければ、魔術だな」
「おいっ、シーヴ! こ、この部屋……いくらするんだ?」
「聞かない方がいいぞ」
蒼白になって叫ぶエイラににやりとしてシーヴは言う。
「気にするな。お前は王子殿下の連れなんだから、たまには贅沢したっていいさ」
実際、日銭を稼いだり、隊商に便乗してただ飯を食らったりしてきたおかげで、シーヴの財布は出立時から予想以上に保っている。もちろん、こんな宿に長期滞在をすればあっという間に空になるが、一泊二泊ならそう問題なかった。
「贅沢って、おまっ」
「いいから使えよ。俺も早く汚れを落としたいんだ。愚図愚図してると一緒に入るぞ」
これは脅し文句として充分に効果があり、エイラは慌てて風呂場のなかに入ると――つい、錠をかけた。その音がしたのか、戸の向こうでシーヴが笑う声がする。
改めて見てみると、確かに狭い。だが彼女の知っている湯室は、街のなかの湯屋も城内のものも、多人数が同時に使うためのものだ。人がひとり――それとも、ふたり――身体を洗って湯船に身を沈めるには充分すぎるほどの広さがある。ほんのり明るいのは、やはり魔術の灯だろう。
エイラは旅に汚れた衣服を脱ぎ、フラス以来の熱い湯を使うことにする。風呂を好まないのではなく、むしろアーレイド城で暮らす内に、風呂というのはいいものだと思うようになっていた。ただ、街の湯屋に行けば、女湯で女の裸体の間にいなければならない。それが気まずかっただけだから、こんな場所は大歓迎だ。金のことはとりあえず考えないことにした。
(アーレイド、か)
こんな贅沢をしながら故郷にいるという気持ちにはなれなかったが、宿の外に出れば見慣れた街並みが広がっていることは間違いない。
(翡翠は城の宝物庫、だよな)
(とにかくアーレイドへ、と思って帰ってきたけど……宝物庫なんてどうすりゃいいんだ?)
考えなかった訳ではないが、考えても答えの出ないことのひとつである。
(裏口は警戒も少ないし、どうにかすれば城内へは忍び込めないこともないだろうけど)
(まあ……どうにかなるさ。何も、翡翠を起こすったって、ひっ掴んで横っ面をはたいて耳元で「起きろ!」って叫ぶ訳じゃないんだからな)
そんなふうに考えて苦笑した。
本当を言えば、どう「呼び起こす」のか判らなかった。しかし、答えは「目隠し」の向こうにあると判っていたから、不安はなかった。翡翠に近づけば、この答えは出るのだ。
(そうだ。リック導師に挨拶に行こう)
(それに――母さん)
母を思い出すと急に胸が痛んだ。子供のように、母親が恋しくなった。母に会えると思うと安堵した。
そして、こう考えるのは――考えられるのは、自分はやはり「エイル」であるという証だと思えた。
不意に目の奥が熱くなった。堪えようとして、ここには誰もいないことを思いだし、エイラは少しだけ、泣いた。
風呂から出てきたエイラの目が赤いことにシーヴは気づいたが、何も言わないでおいた。ここが彼女の故郷なのか、それともしばし滞在した場所なのかも知らないが、何やら事情があるらしい。彼はそれを彼女から話してくれるまで待とうと思った。彼らの間の時間がどれだけあるのかは、判らなかったが。
「どうだ、さっぱりしたか」
「――うん」
鼻声であることに気づかれなければいいと思いながらエイラはうなずいた。その頼りなさげな表情にシーヴがどきりとし、内心で自身を叱咤したことなどは判らない。
「それじゃ、次は俺が」
「シーヴ」
「何だ」
「俺……私、ちょっと行くところがあるんだ」
エイラの言葉にシーヴは少し驚く。
「平気なのか? 姿を見られたくない相手がいるんだろう?」
「ここには……ここの魔術師協会 には師がいるから、会って話をしてきたい。何か、教えてくれることがあるかもしれないし」
母のことは言わなかった。挨拶をしておこうなどとシーヴが言い出したら「エイル」は困るし、それに母親に会いたいなどと子供じみたことを言っていると思われたくもなかった。
「そうか。くれぐれも気をつけろよ」
「うん」
素直にうなずく。シーヴは目を背けた。湯上がりでそんな表情をされればどんなふうに見えるか、エイラは気づいていないに違いない。
「あー……俺も、風呂のあとで少し街をうろついてくることにしよう。日が落ちる頃にはまたここに戻ってくる」
「判った。私もそうする」
「よし、それじゃあとで」
そのままエイラの方を見ないで風呂場に行こうと思ったシーヴは、エイラに呼び止められた。
「冬至祭 は終盤だけど、まだ街はお祭り騒ぎだ。あんたも気をつけろよ」
「ああ、有難うよ」
振り返れば、どこか嬉しそうに笑む〈翡翠の娘〉の姿がどうしても目に入った。青年は、自身の内に湧き上がりそうになるものを懸命に堪えた。
エイラはリ・ガンだから、〈鍵〉である自分と一緒にいるだけなのだ、それを忘れてはならない。そして彼女の前で自分は王子でもないし、ミ=サスでもないのだ。また、リ・ガンは――人ではないのだ。
そんなふうに考えて抑えなければならないほど、自身のなかでエイラという存在が大きくなっているのだということに、シーヴはまだ気づいていなかった。
その街の、喧噪。
もともとアーレイドは平和な街だから、街の門の警備など形式的なものだ。エイラはフードだけ外して――出立のときに、決まりだから外すよう言われたことを思い出したのだ――伏し目がちに門をくぐった。もちろんと言おうか、それをとめる兵士などいない。魔術師の不興を買いたくない、ということもあったかもしれないが。
アーレイド。
どこの街も似たようなものだと思っていた。
賑やかで、活気に溢れた街並み。細々とであろうと豪奢にであろうと、地に足をつけて日々の生活を送っている人々。
どの街も似たようなものだった。
だが、アーレイドは違った。
この地を故郷とする者にとっては。
(ああ――)
(ここは俺の街だ)
安心感のようなものを覚える。
エイル少年は大門の辺りなど滅多にきたことがなかったのに、それでもこんなに懐かしい。この空気。余所と何が違うという訳でもないだろう。だが、違うのだ。ひたすらに懐かしい、自分の属する世界。
「案内してくれないか、
シーヴの声にはっとなった。これまでの街では旅慣れたシーヴが率先して宿を取ったり店を見つけたりしていたが、ここはエイラの陣地である。
「ああ……そうだな。こっちへ行こう」
エイラは馬を下りると東区の方へと足を向けようとした。
東区の方はあまり知らない。数度、厨房の料理長トルスの使いで足を運んだことがある程度だ。だが宿がどこにあるかは知っていたし、どの辺りが安全でどの辺りが物騒なところかくらいは判っている。
「待て、エイ――リティ。宿を取るなら、
「どうしてだ」
「上級の宿を取れば、おかしな人間は入ってこない。夜の街に出るのがもし心配だったら、部屋に食事を届けさせることもできる」
「んなことができるのか!?」
いったい、どんな高級宿なのだろう。すっかり少年の口調で、エイラは目を見開いた。
「また、あんたに
「使えるうちが華だよ」
そう言って片目をつむると、シーヴはエイラを促した。
〈銀花玉〉は、アーレイドのなかで五本の指に入るほどの立派な旅籠である。
使うのは裕福な商人か、名のある戦士か、城を訪れる下級貴族か、と言ったところだろう。もちろんエイル少年は、前を通ったことくらいはあっても泊まったことなどない。
シーヴは自身の財布の中身を思い出すように腰の袋に触れてから、何とか足りるだろう、と言って宿の馬丁に彼らの馬を預けた。足りなかったらどうする気だ、とエイラは心配したが、自信たっぷりについてこいと言うシーヴに任せるしかない。アーレイドは彼女の陣地でも、こういう場所はシーヴの得手だ。
薄汚れた旅人と魔術師の組み合わせに宿の人間は少し顔をしかめたが、シーヴが〈リャカラーダ〉調で宿泊を申し込みながら宝石を見せれば、そのあたりは目利きの商売人である。すぐに彼らを上客と見て取り、にこやかな顔になってシーヴと「リティ」を豪華な部屋へと案内した。
「……こんな場所がアーレイドにあるなんて、知らなかったよ」
エイラは呆然として言った。
城に連れていかれて、使用人にしては破格の広い部屋を与えられたときにも目を丸くしたものだが、ここはその倍もあるかと思えた。それも、重厚な卓と椅子、棚が誂えられた執務室風の部屋と、天蓋付きの寝台がふたつ置かれた寝室の二間続きだ。装飾品は知識のないエイラが見ても高価なものばかりだと判るし、壁にはこれまた立派そうな絵画などまで飾られている。
「こんな広い部屋で、何するってんだ」
ローブを脱ぎながらエイラは呆然と言った。
「こんな広い部屋に泊まれることに、自己満足するのさ」
王子殿下は唇を歪めてそう言うと、どさりと荷を下ろした。
「さて、
エイラがあまり湯屋を好まないことはシーヴも知っていたが、旅の疲れをほぐすには適している。
「風呂だって? どこに」
「そこ」
「……は?」
エイラが予想していた答えは、一階の奥間だとか、地下だとかそういう台詞である。
「そこだ。その扉。狭いが、他人と交わりたくないなら重宝するだろう」
言われた扉を開けても、エイラは何を言われているのか意味が判らなかった。温かい湿気を顔に浴びて数
「せっ、専用の
「
「おいっ、シーヴ! こ、この部屋……いくらするんだ?」
「聞かない方がいいぞ」
蒼白になって叫ぶエイラににやりとしてシーヴは言う。
「気にするな。お前は王子殿下の連れなんだから、たまには贅沢したっていいさ」
実際、日銭を稼いだり、隊商に便乗してただ飯を食らったりしてきたおかげで、シーヴの財布は出立時から予想以上に保っている。もちろん、こんな宿に長期滞在をすればあっという間に空になるが、一泊二泊ならそう問題なかった。
「贅沢って、おまっ」
「いいから使えよ。俺も早く汚れを落としたいんだ。愚図愚図してると一緒に入るぞ」
これは脅し文句として充分に効果があり、エイラは慌てて風呂場のなかに入ると――つい、錠をかけた。その音がしたのか、戸の向こうでシーヴが笑う声がする。
改めて見てみると、確かに狭い。だが彼女の知っている湯室は、街のなかの湯屋も城内のものも、多人数が同時に使うためのものだ。人がひとり――それとも、ふたり――身体を洗って湯船に身を沈めるには充分すぎるほどの広さがある。ほんのり明るいのは、やはり魔術の灯だろう。
エイラは旅に汚れた衣服を脱ぎ、フラス以来の熱い湯を使うことにする。風呂を好まないのではなく、むしろアーレイド城で暮らす内に、風呂というのはいいものだと思うようになっていた。ただ、街の湯屋に行けば、女湯で女の裸体の間にいなければならない。それが気まずかっただけだから、こんな場所は大歓迎だ。金のことはとりあえず考えないことにした。
(アーレイド、か)
こんな贅沢をしながら故郷にいるという気持ちにはなれなかったが、宿の外に出れば見慣れた街並みが広がっていることは間違いない。
(翡翠は城の宝物庫、だよな)
(とにかくアーレイドへ、と思って帰ってきたけど……宝物庫なんてどうすりゃいいんだ?)
考えなかった訳ではないが、考えても答えの出ないことのひとつである。
(裏口は警戒も少ないし、どうにかすれば城内へは忍び込めないこともないだろうけど)
(まあ……どうにかなるさ。何も、翡翠を起こすったって、ひっ掴んで横っ面をはたいて耳元で「起きろ!」って叫ぶ訳じゃないんだからな)
そんなふうに考えて苦笑した。
本当を言えば、どう「呼び起こす」のか判らなかった。しかし、答えは「目隠し」の向こうにあると判っていたから、不安はなかった。翡翠に近づけば、この答えは出るのだ。
(そうだ。リック導師に挨拶に行こう)
(それに――母さん)
母を思い出すと急に胸が痛んだ。子供のように、母親が恋しくなった。母に会えると思うと安堵した。
そして、こう考えるのは――考えられるのは、自分はやはり「エイル」であるという証だと思えた。
不意に目の奥が熱くなった。堪えようとして、ここには誰もいないことを思いだし、エイラは少しだけ、泣いた。
風呂から出てきたエイラの目が赤いことにシーヴは気づいたが、何も言わないでおいた。ここが彼女の故郷なのか、それともしばし滞在した場所なのかも知らないが、何やら事情があるらしい。彼はそれを彼女から話してくれるまで待とうと思った。彼らの間の時間がどれだけあるのかは、判らなかったが。
「どうだ、さっぱりしたか」
「――うん」
鼻声であることに気づかれなければいいと思いながらエイラはうなずいた。その頼りなさげな表情にシーヴがどきりとし、内心で自身を叱咤したことなどは判らない。
「それじゃ、次は俺が」
「シーヴ」
「何だ」
「俺……私、ちょっと行くところがあるんだ」
エイラの言葉にシーヴは少し驚く。
「平気なのか? 姿を見られたくない相手がいるんだろう?」
「ここには……ここの
母のことは言わなかった。挨拶をしておこうなどとシーヴが言い出したら「エイル」は困るし、それに母親に会いたいなどと子供じみたことを言っていると思われたくもなかった。
「そうか。くれぐれも気をつけろよ」
「うん」
素直にうなずく。シーヴは目を背けた。湯上がりでそんな表情をされればどんなふうに見えるか、エイラは気づいていないに違いない。
「あー……俺も、風呂のあとで少し街をうろついてくることにしよう。日が落ちる頃にはまたここに戻ってくる」
「判った。私もそうする」
「よし、それじゃあとで」
そのままエイラの方を見ないで風呂場に行こうと思ったシーヴは、エイラに呼び止められた。
「
「ああ、有難うよ」
振り返れば、どこか嬉しそうに笑む〈翡翠の娘〉の姿がどうしても目に入った。青年は、自身の内に湧き上がりそうになるものを懸命に堪えた。
エイラはリ・ガンだから、〈鍵〉である自分と一緒にいるだけなのだ、それを忘れてはならない。そして彼女の前で自分は王子でもないし、ミ=サスでもないのだ。また、リ・ガンは――人ではないのだ。
そんなふうに考えて抑えなければならないほど、自身のなかでエイラという存在が大きくなっているのだということに、シーヴはまだ気づいていなかった。