01 仲がいいのは充分に判った
文字数 4,653文字
〈指輪箱〉亭の客室は小さかったが、清潔だった。
備え付けの椅子に腰をかけ、卓に腕を乗せた彼は嫌そうにそれを眺めながら口を歪める。
「臭い」
「文句言うな」
ぴしゃりと答えが返ってきた。
「シュテリヤ草はこういうの に効くんだよ。〈羽衣花〉なら嫌な臭いもないが、生憎と季節じゃない」
薬草師は青年の右腕に塗りつけた緑黒くてどろどろとしたものを覆うように布を当て、包帯を巻きはじめた。
「今日明日はまめに取り替えろよ。それから、一旬は剣を持とうなんて考えるんじゃないぞ。まあ、手を握りしめるだけでも痛くて、剣を振り回すなんてとてもできないだろうけどな」
シーヴは苦々しい顔をしながらヒースリーを見、仕方がないと言った様子で礼を言った。薬草師は肩をすくめる。
「胸部も押さえていたようだが、痛むのか?」
「いや、大丈夫だ」
「強がりを言うなよ」
何気ない薬草師の台詞にシーヴは唇を歪めたが、飲薬を作ってやるとの言葉にはまた仕方なさそうに礼を言った。
「お前さんと偶然の再会 をするとは思わなかったが、あの翡翠に関係あったなら……必然ってとこかね」
ヒースリーはシーヴをじろじろと見た。
「エイラはどうした」
「いない」
「また逃げられたのか」
「期待に添えずに悪いが」
シーヴは、ふん、と鼻をならした。
「彼女はちゃんと戻ってくる」
「なら」
ヒースリーは面白そうに眉を上げた。
「やっぱり、逃げられたんじゃないか」
「お前な」
「はーい、そこまで」
ぱん、と手を叩いたのはクラーナである。
「君たちが仲がいい のは充分に判ったから、そのへんにしておいてくれるかな。僕はシーヴから話を聞きたいんだけど」
「どうせ、知ってるんじゃないのか」
皮肉を込めてシーヴが言うと、クラーナは睨む。砂漠の青年は、はいはい、悪かった、と痛まない左手を挙げた。
「魔術師協会 で、伝言を受けたんだ。バイスのところへ行けと」
シーヴはそこからはじめ、バイスがヒースリーから翡翠を受け取っていたこと、レンの強力な魔術師がそれを既に手にしていたこと、その男はシーヴから「翡翠をお前にやる」という言質を取ろうとしたことを語った。
「その過程で、また『無茶』をやったって訳だね」
クラーナはシーヴの右腕を指した。青年は肩をすくめるにとどめる。
「悪かった、な」
ヒースリーは重そうに口を開いた。
「まさかバイスが、そんな簡単にあれを渡しちまうとは思わなかった」
「仕方ないよ」
言ったのはクラーナだ。
「魔術師であれば、自分より力の強い術師に逆らえないのは当然さ。君は、翡翠を渡せと言われたら抗って殺されたかもしれないけどね、結果として人死にがでなくてよかったんじゃない」
「それは、慰めてるのか、吟遊詩人 」
「クラーナだよ」
薬草師の問いかけにクラーナは名乗り、事実を言っただけさ、と続けた。
「レンが動こうとしたのなら、そのとき誰の手に翡翠があったって彼らはそれを手にしただろうね。エイラでさえなければ」
「それが……」
「エイラだったら?」
「……まあ、もっと厄介なことになったんじゃないかな」
不吉なことを思わせる吟遊詩人の返答に、問うたふたりの男は同時にうなった。
「今度はそっちだ、クラーナ、ヒースリー。何でまたお前たちが徒党を組んであの魔術師のおんぼろ小屋にきたんだ?」
「僕はね」
クラーナが言った。
「ある部分では魔術師みたいなもんだから、うまくすれば協会 を騙せるんじゃないかと思ったんだ」
僕たちには協会から神殿 への紹介状が必要でね、と彼はヒースリーに簡単な説明を入れた。
「実際、うまくいくところだったけど、今度は彼ら『この街の術師の紹介が必要』ときたのさ。僕はバイス術師を思い出して、翡翠に関わりたくなくてもこれくらいなら手助けしてくれるんじゃないかと彼を訪ねることにした訳」
「俺は、簡単さ」
ヒースリーは言った。
「例の翡翠を鑑 るのには何日かかかるとあいつが言ったから、日にちをおいてあいつの家に行ったんだ」
「それで偶然 、行き合ったってのか」
シーヴが皮肉げに口を歪めると、〈女神様〉のお計らいじゃないかな、などとクラーナは言った。
「計らうならもうちょっと違うところで計らってほしいもんだ」
「どうして君のためにそんなことをしなきゃならないのさ」
クラーナはずけずけと言った。
「あの〈宮殿〉はリ・ガンと翡翠 のためのものであって、〈鍵〉のためじゃないんだよ」
「じゃあ、お前は何だ」
シーヴは当然の疑問を口にした。
「何故、お前はあの場所にいたり……〈翡翠の女王〉の話を知ってる」
「僕はね」
クラーナはふっと真顔になった。
「特別待遇なんだ」
「……答えになってないぞ」
青年の言葉に吟遊詩人は肩をすくめる。
「どう言えばいいかな。僕は昔、とある魔術師を救い損なって……その罰に、彼の運命と力の片鱗をこの身に受けたんだ。女王様はそれを知っていて、僕を優遇してくれると同時に、下僕にして君たちを助けさせるんだ」
そんな話をするクラーナに、シーヴは首を振った。判らない、と言う訳だ。クラーナは笑った。その笑みは少し、寂しげだったろうか。
「そのうち、話すよ」
クラーナはそう言って、話題を打ち切った。
「ほら、薬草師君 が判らなくて困ってるじゃないか」
突然に指名されたヒースリーは、話題を変える口実にされたことに気づいて眉を上げたが、何も言わなかった。
「……まあ、あんたはもう、この件から本当に、手を引けよ」
シーヴはヒースリーを少し睨むようにしてそう言った。
「レンがいつからあの玉 を追ってたのか知らんが、あんたに何事もなかったのが不思議なくらいだよ」
「数月には、なるんじゃないかな」
ヒースリーの言葉に今度はシーヴが眉を上げた。
「何が」
「レンが、あの玉を追うようになってから」
シーヴは天を仰ぐ。
「あっさりと言うなよ。お前、狙われてると言う危機感はなかったのか」
「見られているような気はしたが、上等な宝玉を持っていることが自分で気になるせいだろうと思ってた」
肩をすくめる薬草師に砂漠の青年は苦笑いした。
「だいたい、どうしてお前があれを?」
「知らない男から受け取ったんだ。手放すときを見誤るなと言われたと。それがいまだと思う、と言って、俺に渡した」
「何だって」
シーヴは眉をひそめる。
「いったい、それを持っていたのはどんな男――」
「ランドだよ」
クラーナは口を挟み、ふたりの男の凝視を受ける。
「知ってるのか?」
「お前の企みか?」
「人聞きの悪い」
まずはシーヴの台詞にそう返してから、クラーナはヒースリーを見た。
「信頼できる人物に会ったらあれを渡せと彼に言ったのは僕なんだ。彼が誰を選ぶかは判らなかったよ。でも正しい相手を選んだんじゃないかな、エイラとシーヴを知る人間だったんだから」
シーヴは胡乱そうにクラーナを見たが、ヒースリーは困ったようにため息をついた。
「……俺がやったのは何だったんだ? ただの、無駄な放浪か?」
ヒースリーは呟くように言った。
「ランド、と言うのか。あの戦士 から翡翠を受け取り、これがエイラに関わりがあるんじゃないかとアーレイドまで追った」
薬草師はそんなふうに、自身のささやかな旅を語った。本当のあれが〈魔法の翡翠〉なのか鑑定してみたかったが金 が足りず、フラスまでやってきて魔術師 の友人を頼ったのだ、という話まで。
「意味もなく歩き回った上、〈魔術都市〉に翡翠を渡しちまった。すまなかったな。俺が、バイスのところに持っていきさえしなけりゃ」
「そこまでだ」
シーヴは、ヒースリーの二度目の謝罪と後悔を遮った。
「あんたは完璧なまでに時機を掴んだと、俺は見たが?」
答えを求めるようにシーヴが見たのはクラーナであった。吟遊詩人は何も言わず、続きをどうぞ、とばかりに手を差し伸べたのみだ。
「お前があのバイスよりも先に俺に再会して翡翠を俺に渡していれば……奴らは喜び勇んで俺を追ったろう。そして俺は翡翠を渡すことを拒否して、これ」
言いながら自身の右腕を持ち上げた。
「と同じか、それとももっと酷い状況に陥り、こいつ」
今度はクラーナを指す。
「とエイラに説教をされる。それとも、説教を受けるまで生き延びられたかも、判らん」
「一方で、ヒースリー」
クラーナが声を出した。
「君がもっと早かったなら、レンはあの玉 の痕跡を全て消し去り、僕らに見つからないようにしただろう。『痕跡』には、君と君のご友人も含むよ、もちろんね」
「だな 」
シーヴは同意した。
「お前が掴んだわずかな間 だけが唯一、俺にあの翡翠の行方と敵を示し――誰も犠牲にならなくて済む時間だった。奴らは、人の命なんて何とも思っちゃいない」
シーヴはふと、見えぬ魔力の手で絞め殺された戦士を思い出してぞっとした。
「……そうか」
薬草師 の内に浮かんだのもまた、〈魔術都市〉などと関わりを持ったらしい友人への心配だったが、無論、彼らは知らない。同じひとりの戦士のことを全く異なる視点と感情で思い直していることを。
「もう、関わるな」
シーヴはヒースリーをじっと見つめると、そう言った。
「お前に言われる筋合いはない、と言いたいところだが」
ヒースリーは皮肉めいた笑みを浮かべた。
「実際、俺にできることはないんだろう。あるんじゃないかと考えて動いた末がこれだからな」
だがヒースリーはシーヴの言うように「この時機を逃さなかった」という気持ちにはなれなかった。クラーナが首を振る。
「シーヴの言うことは本当だよ。君が動いてくれたことは、大きな意味があった」
クラーナがにっこりと言った。
「君があのときランドから翡翠を受け取らなければ……どうなったと思う?」
吟遊詩人の言葉に青年ふたりは肩をすくめた。
「ヒースリーの友人はランドから玉を奪おうとし、彼が為せなくてもレンがしただろうね。ランドは無事でいられたか判らないし、エイラが捕らえられていたとき、レンがあれを持っていたとしたら」
「捕らえられただって?」
「いまはもう、大丈夫だよ」
ヒースリーの驚愕した声にクラーナはとりなしたが、薬草師は砂漠の男を睨みつけた。守ると言ったろう――という訳だ。これに関しては返す言葉がなかったので、シーヴは黙っていた。
「……エイラが捕らえられていたとき、レンがあれを持っていたとしたら」
クラーナは繰り返して続けた。
「彼女は逃れられなかったか、逃れたとしても回復にたいそうな時間がかかったか。レンがそうして彼女を『所有』できていたら、翡翠はどちらも彼らの手に渡っており、彼らはこの穢れを好きなように使っているだろうね。別に、彼らだって世界を滅ぼしたい訳じゃないだろうから、僕らの日常生活には何も変化は起きないかもしれないけどさ」
「――そうは思えないがな」
シーヴは呟いた。ヒースリーはそれに何も言わず、クラーナもまた、それを否定をしなかった。
備え付けの椅子に腰をかけ、卓に腕を乗せた彼は嫌そうにそれを眺めながら口を歪める。
「臭い」
「文句言うな」
ぴしゃりと答えが返ってきた。
「シュテリヤ草は
薬草師は青年の右腕に塗りつけた緑黒くてどろどろとしたものを覆うように布を当て、包帯を巻きはじめた。
「今日明日はまめに取り替えろよ。それから、一旬は剣を持とうなんて考えるんじゃないぞ。まあ、手を握りしめるだけでも痛くて、剣を振り回すなんてとてもできないだろうけどな」
シーヴは苦々しい顔をしながらヒースリーを見、仕方がないと言った様子で礼を言った。薬草師は肩をすくめる。
「胸部も押さえていたようだが、痛むのか?」
「いや、大丈夫だ」
「強がりを言うなよ」
何気ない薬草師の台詞にシーヴは唇を歪めたが、飲薬を作ってやるとの言葉にはまた仕方なさそうに礼を言った。
「お前さんと
ヒースリーはシーヴをじろじろと見た。
「エイラはどうした」
「いない」
「また逃げられたのか」
「期待に添えずに悪いが」
シーヴは、ふん、と鼻をならした。
「彼女はちゃんと戻ってくる」
「なら」
ヒースリーは面白そうに眉を上げた。
「やっぱり、逃げられたんじゃないか」
「お前な」
「はーい、そこまで」
ぱん、と手を叩いたのはクラーナである。
「君たちが
「どうせ、知ってるんじゃないのか」
皮肉を込めてシーヴが言うと、クラーナは睨む。砂漠の青年は、はいはい、悪かった、と痛まない左手を挙げた。
「
シーヴはそこからはじめ、バイスがヒースリーから翡翠を受け取っていたこと、レンの強力な魔術師がそれを既に手にしていたこと、その男はシーヴから「翡翠をお前にやる」という言質を取ろうとしたことを語った。
「その過程で、また『無茶』をやったって訳だね」
クラーナはシーヴの右腕を指した。青年は肩をすくめるにとどめる。
「悪かった、な」
ヒースリーは重そうに口を開いた。
「まさかバイスが、そんな簡単にあれを渡しちまうとは思わなかった」
「仕方ないよ」
言ったのはクラーナだ。
「魔術師であれば、自分より力の強い術師に逆らえないのは当然さ。君は、翡翠を渡せと言われたら抗って殺されたかもしれないけどね、結果として人死にがでなくてよかったんじゃない」
「それは、慰めてるのか、
「クラーナだよ」
薬草師の問いかけにクラーナは名乗り、事実を言っただけさ、と続けた。
「レンが動こうとしたのなら、そのとき誰の手に翡翠があったって彼らはそれを手にしただろうね。エイラでさえなければ」
「それが……」
「エイラだったら?」
「……まあ、もっと厄介なことになったんじゃないかな」
不吉なことを思わせる吟遊詩人の返答に、問うたふたりの男は同時にうなった。
「今度はそっちだ、クラーナ、ヒースリー。何でまたお前たちが徒党を組んであの魔術師のおんぼろ小屋にきたんだ?」
「僕はね」
クラーナが言った。
「ある部分では魔術師みたいなもんだから、うまくすれば
僕たちには協会から
「実際、うまくいくところだったけど、今度は彼ら『この街の術師の紹介が必要』ときたのさ。僕はバイス術師を思い出して、翡翠に関わりたくなくてもこれくらいなら手助けしてくれるんじゃないかと彼を訪ねることにした訳」
「俺は、簡単さ」
ヒースリーは言った。
「例の翡翠を
「それで
シーヴが皮肉げに口を歪めると、〈女神様〉のお計らいじゃないかな、などとクラーナは言った。
「計らうならもうちょっと違うところで計らってほしいもんだ」
「どうして君のためにそんなことをしなきゃならないのさ」
クラーナはずけずけと言った。
「あの〈宮殿〉はリ・ガンと
「じゃあ、お前は何だ」
シーヴは当然の疑問を口にした。
「何故、お前はあの場所にいたり……〈翡翠の女王〉の話を知ってる」
「僕はね」
クラーナはふっと真顔になった。
「特別待遇なんだ」
「……答えになってないぞ」
青年の言葉に吟遊詩人は肩をすくめる。
「どう言えばいいかな。僕は昔、とある魔術師を救い損なって……その罰に、彼の運命と力の片鱗をこの身に受けたんだ。女王様はそれを知っていて、僕を優遇してくれると同時に、下僕にして君たちを助けさせるんだ」
そんな話をするクラーナに、シーヴは首を振った。判らない、と言う訳だ。クラーナは笑った。その笑みは少し、寂しげだったろうか。
「そのうち、話すよ」
クラーナはそう言って、話題を打ち切った。
「ほら、
突然に指名されたヒースリーは、話題を変える口実にされたことに気づいて眉を上げたが、何も言わなかった。
「……まあ、あんたはもう、この件から本当に、手を引けよ」
シーヴはヒースリーを少し睨むようにしてそう言った。
「レンがいつからあの
「数月には、なるんじゃないかな」
ヒースリーの言葉に今度はシーヴが眉を上げた。
「何が」
「レンが、あの玉を追うようになってから」
シーヴは天を仰ぐ。
「あっさりと言うなよ。お前、狙われてると言う危機感はなかったのか」
「見られているような気はしたが、上等な宝玉を持っていることが自分で気になるせいだろうと思ってた」
肩をすくめる薬草師に砂漠の青年は苦笑いした。
「だいたい、どうしてお前があれを?」
「知らない男から受け取ったんだ。手放すときを見誤るなと言われたと。それがいまだと思う、と言って、俺に渡した」
「何だって」
シーヴは眉をひそめる。
「いったい、それを持っていたのはどんな男――」
「ランドだよ」
クラーナは口を挟み、ふたりの男の凝視を受ける。
「知ってるのか?」
「お前の企みか?」
「人聞きの悪い」
まずはシーヴの台詞にそう返してから、クラーナはヒースリーを見た。
「信頼できる人物に会ったらあれを渡せと彼に言ったのは僕なんだ。彼が誰を選ぶかは判らなかったよ。でも正しい相手を選んだんじゃないかな、エイラとシーヴを知る人間だったんだから」
シーヴは胡乱そうにクラーナを見たが、ヒースリーは困ったようにため息をついた。
「……俺がやったのは何だったんだ? ただの、無駄な放浪か?」
ヒースリーは呟くように言った。
「ランド、と言うのか。あの
薬草師はそんなふうに、自身のささやかな旅を語った。本当のあれが〈魔法の翡翠〉なのか鑑定してみたかったが
「意味もなく歩き回った上、〈魔術都市〉に翡翠を渡しちまった。すまなかったな。俺が、バイスのところに持っていきさえしなけりゃ」
「そこまでだ」
シーヴは、ヒースリーの二度目の謝罪と後悔を遮った。
「あんたは完璧なまでに時機を掴んだと、俺は見たが?」
答えを求めるようにシーヴが見たのはクラーナであった。吟遊詩人は何も言わず、続きをどうぞ、とばかりに手を差し伸べたのみだ。
「お前があのバイスよりも先に俺に再会して翡翠を俺に渡していれば……奴らは喜び勇んで俺を追ったろう。そして俺は翡翠を渡すことを拒否して、これ」
言いながら自身の右腕を持ち上げた。
「と同じか、それとももっと酷い状況に陥り、こいつ」
今度はクラーナを指す。
「とエイラに説教をされる。それとも、説教を受けるまで生き延びられたかも、判らん」
「一方で、ヒースリー」
クラーナが声を出した。
「君がもっと早かったなら、レンはあの
「
シーヴは同意した。
「お前が掴んだわずかな
シーヴはふと、見えぬ魔力の手で絞め殺された戦士を思い出してぞっとした。
「……そうか」
「もう、関わるな」
シーヴはヒースリーをじっと見つめると、そう言った。
「お前に言われる筋合いはない、と言いたいところだが」
ヒースリーは皮肉めいた笑みを浮かべた。
「実際、俺にできることはないんだろう。あるんじゃないかと考えて動いた末がこれだからな」
だがヒースリーはシーヴの言うように「この時機を逃さなかった」という気持ちにはなれなかった。クラーナが首を振る。
「シーヴの言うことは本当だよ。君が動いてくれたことは、大きな意味があった」
クラーナがにっこりと言った。
「君があのときランドから翡翠を受け取らなければ……どうなったと思う?」
吟遊詩人の言葉に青年ふたりは肩をすくめた。
「ヒースリーの友人はランドから玉を奪おうとし、彼が為せなくてもレンがしただろうね。ランドは無事でいられたか判らないし、エイラが捕らえられていたとき、レンがあれを持っていたとしたら」
「捕らえられただって?」
「いまはもう、大丈夫だよ」
ヒースリーの驚愕した声にクラーナはとりなしたが、薬草師は砂漠の男を睨みつけた。守ると言ったろう――という訳だ。これに関しては返す言葉がなかったので、シーヴは黙っていた。
「……エイラが捕らえられていたとき、レンがあれを持っていたとしたら」
クラーナは繰り返して続けた。
「彼女は逃れられなかったか、逃れたとしても回復にたいそうな時間がかかったか。レンがそうして彼女を『所有』できていたら、翡翠はどちらも彼らの手に渡っており、彼らはこの穢れを好きなように使っているだろうね。別に、彼らだって世界を滅ぼしたい訳じゃないだろうから、僕らの日常生活には何も変化は起きないかもしれないけどさ」
「――そうは思えないがな」
シーヴは呟いた。ヒースリーはそれに何も言わず、クラーナもまた、それを否定をしなかった。