07 付き添い
文字数 1,783文字
呼ばれて部屋を訪れれば、初老の伯爵は、きたか、と言ってにやりと笑った。
「何のご用事ですか。城で私を呼ばれるとはお珍しい」
「近衛隊長 は多忙だからな。館にもあまり戻らんではないか」
キド伯爵ルーフェスは軽くファドック・ソレス近衛隊長を睨むようにしたが、まあよい、とばかりに肩をすくめると彼に座るよう促した。
「お前に頼みがある」
ファドックが腰を下ろした椅子の向かいに卓を挟んで座ると、キドはそう口を開いた。近衛隊長は片眉を上げる。
キドの頼みならば彼はたいてい聞くのだから、わざわざ仕事中の彼を呼びつけずとも伝言でも送ればいいことである。伯爵からの頼みごとなどはそうそうなかったが、何かあればいつも、キドはそうしてきた。
「今度の夜会で、お前に付き添いをしてもらいたい姫がおるのだ」
「では、警護の手はずを考え直さなければなりませんね」
ファドックは簡単にそう答えてキドの頼みを了承した。これまでにも、なかった話ではない。だが伯爵は片手を上げてそれを制した。
「今度は本当に、わしの親戚の姫だぞ、ファドック」
「……閣下」
恩人に言わんとすることは、彼に知れた。ファドックは困ったような顔をする。
「確かに、シュアラ様をお守りするようにとお前を騎士 にしたのはわしだ。だがシュアラ様ももう婚礼を済ませられた。いつぞやのエイラ嬢のときに出た噂話ではないが、護衛騎士が護衛対象をもうひとり増やしても、いい加減によかろう」
「しかし」
「反論するな、この唐変木め」
ぴしゃりと言ったキドは、だがまたにやりとした。
「何もすぐに結婚しろだの婚約しろだの爵位を継げだのは言わん。わしとて、お前を慕う娘どもから恨まれたくはないし、お前がソレス姓を捨てんことも判っておるからな」
ファドックは黙って礼をした。
「だがまあ、いつか誰かと結婚するなら早い方がよいし」
遅すぎるくらいだがな、と補足しながら伯爵は続けた。
「決まった相手がおらんなら、わしの親戚でいかんことはないだろう。とにかく、付き添いは頼んだぞ。姫の方でお前など好みでないと言うことになれば、お前がいくら夢中になっても話は仕舞いだが」
「よろしいでしょう」
ファドックは言った。
「閣下が私を『結婚したところで妻よりもシュアラ様を取る男だ』と公言して憚らないことは知っております。その上で」
護衛騎士は、キドの言を認めるような言い方をしながら続けた。
「親戚の姫君をと言ってこられるのなら、私に反論の余地はございません」
「賢い姫だからな、自分と王女のどちらかを選べなどとは言うまいよ」
「そうあってほしいですね」
さすがに、そこで王女だと即答する訳にもいかないだろう――とファドックが考えたかどうか計るように、キドは養い子を見た。
「少し時間があるだろう、話をしていけ」
「――その姫君と、ですか?」
「ああ。もうくるはずだ」
キドがそう言うと、まるでそれを待っていたかのように戸が叩かれた。ファドックは嘆息すると、素早く立ち上がって戸を開けに行く。外には案内をしてきた使用人と、若く美しい娘がいた。
ファドックは、使用人に去ってよいというようにうなずくと、貴族の姫君に対する敬礼をした。娘はそれを面白そうに見ながら立っている。
彼女が待っているのが護衛騎士の挨拶ではなく地位ある男の案内だと気づいたファドックは娘に手を差し出した。彼女は優雅にそれを取ると彼に従って室内に歩を進める。しなやかな動きには無駄がなく、優美と言えた。
「おお、きたな」
「ご無沙汰しておりました、ルーフェス伯父様」
高音だが癇に障るところのない声は、彼に何かを思い出させたが、彼はそれを掴み損なった。
「ではこちらが、ファドック・ソレス様ですのね?」
どこか悪戯っぽく光る茶色い瞳は金色がかって見え、ファドックはその言葉を認めるように礼をした。娘は騎士の手を放して一歩を下がると興味深そうに彼を眺める。微笑んで首をかしげるようにすると、波だった栗色の髪が揺れた。
「はじめまして、近衛隊長様 。わたくし、カティーラ・ディフェスと申しますわ」
娘の動きは猫 を思わせるのだ、とファドックは気づいたが、その名が結ぶ偶然については知らなかった。
「何のご用事ですか。城で私を呼ばれるとはお珍しい」
「
キド伯爵ルーフェスは軽くファドック・ソレス近衛隊長を睨むようにしたが、まあよい、とばかりに肩をすくめると彼に座るよう促した。
「お前に頼みがある」
ファドックが腰を下ろした椅子の向かいに卓を挟んで座ると、キドはそう口を開いた。近衛隊長は片眉を上げる。
キドの頼みならば彼はたいてい聞くのだから、わざわざ仕事中の彼を呼びつけずとも伝言でも送ればいいことである。伯爵からの頼みごとなどはそうそうなかったが、何かあればいつも、キドはそうしてきた。
「今度の夜会で、お前に付き添いをしてもらいたい姫がおるのだ」
「では、警護の手はずを考え直さなければなりませんね」
ファドックは簡単にそう答えてキドの頼みを了承した。これまでにも、なかった話ではない。だが伯爵は片手を上げてそれを制した。
「今度は本当に、わしの親戚の姫だぞ、ファドック」
「……閣下」
恩人に言わんとすることは、彼に知れた。ファドックは困ったような顔をする。
「確かに、シュアラ様をお守りするようにとお前を
「しかし」
「反論するな、この唐変木め」
ぴしゃりと言ったキドは、だがまたにやりとした。
「何もすぐに結婚しろだの婚約しろだの爵位を継げだのは言わん。わしとて、お前を慕う娘どもから恨まれたくはないし、お前がソレス姓を捨てんことも判っておるからな」
ファドックは黙って礼をした。
「だがまあ、いつか誰かと結婚するなら早い方がよいし」
遅すぎるくらいだがな、と補足しながら伯爵は続けた。
「決まった相手がおらんなら、わしの親戚でいかんことはないだろう。とにかく、付き添いは頼んだぞ。姫の方でお前など好みでないと言うことになれば、お前がいくら夢中になっても話は仕舞いだが」
「よろしいでしょう」
ファドックは言った。
「閣下が私を『結婚したところで妻よりもシュアラ様を取る男だ』と公言して憚らないことは知っております。その上で」
護衛騎士は、キドの言を認めるような言い方をしながら続けた。
「親戚の姫君をと言ってこられるのなら、私に反論の余地はございません」
「賢い姫だからな、自分と王女のどちらかを選べなどとは言うまいよ」
「そうあってほしいですね」
さすがに、そこで王女だと即答する訳にもいかないだろう――とファドックが考えたかどうか計るように、キドは養い子を見た。
「少し時間があるだろう、話をしていけ」
「――その姫君と、ですか?」
「ああ。もうくるはずだ」
キドがそう言うと、まるでそれを待っていたかのように戸が叩かれた。ファドックは嘆息すると、素早く立ち上がって戸を開けに行く。外には案内をしてきた使用人と、若く美しい娘がいた。
ファドックは、使用人に去ってよいというようにうなずくと、貴族の姫君に対する敬礼をした。娘はそれを面白そうに見ながら立っている。
彼女が待っているのが護衛騎士の挨拶ではなく地位ある男の案内だと気づいたファドックは娘に手を差し出した。彼女は優雅にそれを取ると彼に従って室内に歩を進める。しなやかな動きには無駄がなく、優美と言えた。
「おお、きたな」
「ご無沙汰しておりました、ルーフェス伯父様」
高音だが癇に障るところのない声は、彼に何かを思い出させたが、彼はそれを掴み損なった。
「ではこちらが、ファドック・ソレス様ですのね?」
どこか悪戯っぽく光る茶色い瞳は金色がかって見え、ファドックはその言葉を認めるように礼をした。娘は騎士の手を放して一歩を下がると興味深そうに彼を眺める。微笑んで首をかしげるようにすると、波だった栗色の髪が揺れた。
「はじめまして、
娘の動きは