04 二対の黒い瞳
文字数 4,304文字
その場所には、見覚えがなかった。
彼は心を引き締めて警戒をする。
そこは、何と言うことのない地味な部屋だった。狭くはないが、決して広いとも言えない。ひとりの人間が業務をするのに充分な程度の空間と、家具調類。
卓の向こうに座る人間を認めた彼は驚いたが、向こうの方がより驚いた――ようであった。
「……リャカラーダ王子殿下……?」
「――ファドック・ソレスか」
シーヴは魔術の〈移動〉にふらつく足をどうにかしっかりと踏みしめた。
「ではお前が……動玉の持ち主だと?」
ミオノール、それともダイア・スケイズは、「あとのお話に」とごまかしたことを意外にも早く伝えてきた。
即ち、どうしても望むのであれば本当に動玉のもとへ送ってもいい、手に入れたいのであれば自分でやるといい、とスケイズは、まるで投げやりにも思えるような発言をした。
だがもちろん、魔術師たちは彼を面倒に思って放り出したのではなかった。
こうしてみれば、これは企みの一貫という訳だ。
(全く以て、好きに操ってくれる)
いささかの苛立ちがシーヴの内に浮かんだが、向こうがどういうつもりであれ、その企みをひっくり返す好機でもある。何しろ、ファドック・ソレスがいるのであればここはアーレイド。〈翡翠の娘〉も近いはずだ。
「何の、持ち主と?」
ファドックは立ち上がると「リャカラーダ殿下」に敬礼をしたが、その動作はほとんど無意識のようだった。
「何故、殿下 が? 私は」
ファドックは言葉を飲み込む。「魔術の気配を覚えたからアスレンがやってくるのだと思った」――とは言えない。
「翡翠は」
だがシーヴはその消された言葉には気を留めず、まず問うた。
「何と?」
「翡翠 だ、ソレス。お前は〈守護者〉なのだろう。俺には判らぬが、彼女がそう言っていた」
ように思う、との言葉は――こちらも――飲み込んだ。
「彼女」
ファドックは繰り返した。
「リ・ガンだ」
名を思い出せぬ苛々を出さぬよう、シーヴは言った。
「――リ・ガン」
また、ファドックは繰り返した。シーヴの片眉が上がる。
「まさか、知らないのではあるまいな」
彼はファドックと「翡翠」や「リ・ガン」について語ったことはない。だがゼレットは把握していたし、名を呼べぬ「彼女」はこの男を信用していたように思う。話していないと言うことはあるまい。
「何を話していらっしゃるのか、よく判りませんが」
エイル――エイラでも――ならば、その返答に驚愕することだろう。だがシーヴは不思議そうに眉をひそめるだけだ。
「そして何故、このような形でこの部屋を訪問されたのかも。どうやら、殿下のご意志ではございませぬようですが」
「その通りだ 。いや」
うなずいてからシーヴは首を振った。
「お前のところだとは思わなかったが、動玉の持ち主のところへ連れて行けと言ったのは俺だ。だが、騙りやもしれんな」
シーヴは嘆息した。ミオノールの、或いは、スケイズの――それともアスレンのいいように振り回されている感は否めない。
「お前は翡翠を持ってはいないのだな?」
「何のお話なのですか?」
ファドックの目が胡乱そうに細められた。
「俺を……警戒しているのか?」
シーヴはそう問うた。
「まさかな。お前は知っているはずだろう。俺の、二度目の訪問のとき、彼女が何をしたか」
「……確かに、ご一緒に女性がいらしたようですが」
「『いらしたようですが』!?」
シーヴは――今度は驚いて繰り返した。
「冗談は大概にしろ。それとも」
はっとなった。
「お前も……記憶を乱されているのか?」
「仰る意味が判りません、殿下」
それぞれ違う術をかけられたふたりの会話はどうにもかみ合わなかった。同じものを守り、同じものを敵とするはずの男たちの間にあるのは、ただ互いの言葉を掴みかねる困惑だった。
「とにかく」
少しの沈黙ののちに声を出したのはファドックの方だった。
「何故にこうしていらっしゃるのかは判りませんが、殿下を私の部屋などにお留めしておく訳には参りません。……正式のご案内をお望みとは思いませんが」
その言いようにシーヴはにやりとした。
「ご名答だ。これ以上、アーレイドに悪い印象を与える訳にはゆかぬ」
しかし、とシーヴは続けた。
「俺は、お前と話をせねばならんように思う」
しかし、とファドックが返した。
「そのご格好では、いささか」
言われたシーヴは苦笑した。彼の衣装は、たとえ着ているのが彼でなかったとしても、いかにも「東国の王子」だ。
「そうだな、目立つな。すまんが何かないか」
「わたくしの私服しかございませんが」
「借り受けられるか」
少しの逡巡ののちにファドックはうなずいた。「王子殿下」に貸せるような服ではないが、下町で船乗り のような格好をしていたリャカラーダならば気に留めぬであろうし――第一、シャムレイの王子の依頼ごとを断る、というのは彼の「規則」外だ。
戸棚には、何かで長時間を詰めていなければならないときのために替えの衣服が数着あったが、長身のファドックのそれは平均的な背丈のシーヴには少し合わなかった。ファドックが身につければぴしっとするであろう衣服を相当に着崩す格好になりながら、砂漠の青年は「目立たない格好」に着替えを済ませた。こうしておけば、不意に誰かが――たとえば掃除娘が――やってきても、見知らぬ客人に驚くだけで、見慣れぬ衣装に目を瞠ることはない。
その間にファドックは、戸の外のブロックに「これから客人がくるから」と言って茶を用意しに行かせた。これで、ずっと外にいたブロックが知らぬ内になかの人間がひとり増えているという奇妙な問題は解決される。
「それで」
口実とした茶を置いて使用人の少年が出ていったあと、その杯を何となく弄びながら、シーヴはファドックの言葉を聞いた。
「何のお話を」
「どこから話すか」
シーヴは背もたれに寄りかかった。
彼は、ファドックがどこまで何を知っているのか判らない。「彼女」が信頼している男に隠すことは何もないが、相手が知っている話を延々と繰り返しても時間の無駄だ。
「お前と彼女がここの翡翠を呼び起こしたところまでは、いいな」
「……殿下」
「せっかく着替えたのに、それはなかろう。シーヴと呼べ」
「……シーヴ様 」
その名について特に問い返すことはせずに、ファドックは従った。
「様、もよせ」
クラーナの言うところの「文句の多い王子様」はそう言い、ファドックとしてはまさか呼び捨てる訳にもいかなかったので、その呼称は「シーヴ殿 」に落ち着いた。
「やはり私には、仰ることが判りませんが」
ロジェスが「翡翠 」の語を口にしたときのような晴れ間は、ファドックの内に蘇らなかった。それどころか、リ・ガンや〈守護者〉と言う言葉もまた、ファドックの内に何も引き起こさなかった。――先にレイジュが口にした、エイルの名ですら。
術は強められている。日々。アスレンが彼を訪れずとも。
「何故、そのようなことを言う」
シーヴには、「ファドックの様子がおかしい」ということは判らない。彼はファドックをよく知らないこともあったが、知っていたとしても――「第三王子」に対する態度は術をかけられぬファドックでも大差なかったから、ファドックと親しい人間が感じるほどの違和感は覚えなかったであろう。
それ故、シーヴが考えるのは、この騎士が彼をごまかそうとしている、或いは彼に話をしたくないと思っている――というようなことになる。
一方でファドックは、ロジェスとの語らいのあと、レイジュからエイルの名を聞くまでの間に、奇妙な穢れを受けていた。
目覚めさせられぬそれは歪められ、魔除けどころか混沌を呼ぶのだ。〈守護者〉の「本能」すら曇らすほどに。
「何か、誤解をされておいでなのでは」
それがファドックの返答となった。
「……本気なのか、何らかの謀 なのか? 俺には判らんな」
シーヴは身を起こしてファドックの目をじっと見た。二対の黒い瞳が出会う。お互いから読みとれるのは戸惑いでしかなかった。
「これが演技なら、役者 になれるな、ソレス」
「演技など」
ファドックは首を振った。
「シーヴ殿は私からどのような回答を望んでいらっしゃるのです」
「そうだな……お前が動玉を安全に保管しているとでも……いや、有り得んな。あれは、レンの手に渡ったんだ。奴らがお前に渡すはずはない」
「レン」
ファドックの目が細められた。
「かの都市とあなたは何かご関係が」
「おいおい」
シーヴは苦笑した。
「そこまで警戒をするか? 彼女は俺について何も説明をしなかったのか。俺とお前は同じ側にいるはずだぞ」
「彼女と言われますが」
ファドックは言った。
「あのときの、お連れの姫君ですか。あれは誰なのです。その姫君が私に何を説明したと仰るのですか」
「――おい」
今度は、シーヴの顔に笑いは浮かばなかった。
「何だと。……何だと。そういうことなのか?」
青年の目に警戒が浮かび、それを見た男の目にも同じものが浮かんだ。
「そういうこと、とは」
「……そう、なのか。だから、奴らは俺をお前のところに跳ばしても……俺たちが組んで奴らに害することには、ならないと」
彼はこのとき、この瞬間、初めてファドック・ソレスの状態、その事情を――推測も混じりながら――知る人間となった。
そう、この瞬間は、レンの第一王子よりも。
「何のお話、なのです」
ファドックの目に微かに苛立ちが浮かんだ。「王子殿下」に対する態度としては不適当であっても、判らぬ話を続けられれば堪え切れぬものもある。
「話したところで、通じないんじゃないか」
シーヴには皮肉のつもりはなく、ファドックもそうは受け取らないが――術が切れた状態でこれを思い返せば、痛烈な皮肉に思えることだろう。
「そのように謎めいたお話振りをされては、判るものも判りません」
近衛隊長はもっともなことを言った。シーヴは天を仰ぐ。
「どうすりゃいい」
青年は目の前の男にではなく、呟いた。
「あいつの助けが要るってのに」
顔も名前も思い出せない、と言う言葉は続けなかった。言えばそれを認めるようで――認めるも何もない、事実であるのに――気に入らなかった。
彼は心を引き締めて警戒をする。
そこは、何と言うことのない地味な部屋だった。狭くはないが、決して広いとも言えない。ひとりの人間が業務をするのに充分な程度の空間と、家具調類。
卓の向こうに座る人間を認めた彼は驚いたが、向こうの方がより驚いた――ようであった。
「……リャカラーダ王子殿下……?」
「――ファドック・ソレスか」
シーヴは魔術の〈移動〉にふらつく足をどうにかしっかりと踏みしめた。
「ではお前が……動玉の持ち主だと?」
ミオノール、それともダイア・スケイズは、「あとのお話に」とごまかしたことを意外にも早く伝えてきた。
即ち、どうしても望むのであれば本当に動玉のもとへ送ってもいい、手に入れたいのであれば自分でやるといい、とスケイズは、まるで投げやりにも思えるような発言をした。
だがもちろん、魔術師たちは彼を面倒に思って放り出したのではなかった。
こうしてみれば、これは企みの一貫という訳だ。
(全く以て、好きに操ってくれる)
いささかの苛立ちがシーヴの内に浮かんだが、向こうがどういうつもりであれ、その企みをひっくり返す好機でもある。何しろ、ファドック・ソレスがいるのであればここはアーレイド。〈翡翠の娘〉も近いはずだ。
「何の、持ち主と?」
ファドックは立ち上がると「リャカラーダ殿下」に敬礼をしたが、その動作はほとんど無意識のようだった。
「何故、
ファドックは言葉を飲み込む。「魔術の気配を覚えたからアスレンがやってくるのだと思った」――とは言えない。
「翡翠は」
だがシーヴはその消された言葉には気を留めず、まず問うた。
「何と?」
「
ように思う、との言葉は――こちらも――飲み込んだ。
「彼女」
ファドックは繰り返した。
「リ・ガンだ」
名を思い出せぬ苛々を出さぬよう、シーヴは言った。
「――リ・ガン」
また、ファドックは繰り返した。シーヴの片眉が上がる。
「まさか、知らないのではあるまいな」
彼はファドックと「翡翠」や「リ・ガン」について語ったことはない。だがゼレットは把握していたし、名を呼べぬ「彼女」はこの男を信用していたように思う。話していないと言うことはあるまい。
「何を話していらっしゃるのか、よく判りませんが」
エイル――エイラでも――ならば、その返答に驚愕することだろう。だがシーヴは不思議そうに眉をひそめるだけだ。
「そして何故、このような形でこの部屋を訪問されたのかも。どうやら、殿下のご意志ではございませぬようですが」
「
うなずいてからシーヴは首を振った。
「お前のところだとは思わなかったが、動玉の持ち主のところへ連れて行けと言ったのは俺だ。だが、騙りやもしれんな」
シーヴは嘆息した。ミオノールの、或いは、スケイズの――それともアスレンのいいように振り回されている感は否めない。
「お前は翡翠を持ってはいないのだな?」
「何のお話なのですか?」
ファドックの目が胡乱そうに細められた。
「俺を……警戒しているのか?」
シーヴはそう問うた。
「まさかな。お前は知っているはずだろう。俺の、二度目の訪問のとき、彼女が何をしたか」
「……確かに、ご一緒に女性がいらしたようですが」
「『いらしたようですが』!?」
シーヴは――今度は驚いて繰り返した。
「冗談は大概にしろ。それとも」
はっとなった。
「お前も……記憶を乱されているのか?」
「仰る意味が判りません、殿下」
それぞれ違う術をかけられたふたりの会話はどうにもかみ合わなかった。同じものを守り、同じものを敵とするはずの男たちの間にあるのは、ただ互いの言葉を掴みかねる困惑だった。
「とにかく」
少しの沈黙ののちに声を出したのはファドックの方だった。
「何故にこうしていらっしゃるのかは判りませんが、殿下を私の部屋などにお留めしておく訳には参りません。……正式のご案内をお望みとは思いませんが」
その言いようにシーヴはにやりとした。
「ご名答だ。これ以上、アーレイドに悪い印象を与える訳にはゆかぬ」
しかし、とシーヴは続けた。
「俺は、お前と話をせねばならんように思う」
しかし、とファドックが返した。
「そのご格好では、いささか」
言われたシーヴは苦笑した。彼の衣装は、たとえ着ているのが彼でなかったとしても、いかにも「東国の王子」だ。
「そうだな、目立つな。すまんが何かないか」
「わたくしの私服しかございませんが」
「借り受けられるか」
少しの逡巡ののちにファドックはうなずいた。「王子殿下」に貸せるような服ではないが、下町で
戸棚には、何かで長時間を詰めていなければならないときのために替えの衣服が数着あったが、長身のファドックのそれは平均的な背丈のシーヴには少し合わなかった。ファドックが身につければぴしっとするであろう衣服を相当に着崩す格好になりながら、砂漠の青年は「目立たない格好」に着替えを済ませた。こうしておけば、不意に誰かが――たとえば掃除娘が――やってきても、見知らぬ客人に驚くだけで、見慣れぬ衣装に目を瞠ることはない。
その間にファドックは、戸の外のブロックに「これから客人がくるから」と言って茶を用意しに行かせた。これで、ずっと外にいたブロックが知らぬ内になかの人間がひとり増えているという奇妙な問題は解決される。
「それで」
口実とした茶を置いて使用人の少年が出ていったあと、その杯を何となく弄びながら、シーヴはファドックの言葉を聞いた。
「何のお話を」
「どこから話すか」
シーヴは背もたれに寄りかかった。
彼は、ファドックがどこまで何を知っているのか判らない。「彼女」が信頼している男に隠すことは何もないが、相手が知っている話を延々と繰り返しても時間の無駄だ。
「お前と彼女がここの翡翠を呼び起こしたところまでは、いいな」
「……殿下」
「せっかく着替えたのに、それはなかろう。シーヴと呼べ」
「……
その名について特に問い返すことはせずに、ファドックは従った。
「様、もよせ」
クラーナの言うところの「文句の多い王子様」はそう言い、ファドックとしてはまさか呼び捨てる訳にもいかなかったので、その呼称は「シーヴ
「やはり私には、仰ることが判りませんが」
ロジェスが「
術は強められている。日々。アスレンが彼を訪れずとも。
「何故、そのようなことを言う」
シーヴには、「ファドックの様子がおかしい」ということは判らない。彼はファドックをよく知らないこともあったが、知っていたとしても――「第三王子」に対する態度は術をかけられぬファドックでも大差なかったから、ファドックと親しい人間が感じるほどの違和感は覚えなかったであろう。
それ故、シーヴが考えるのは、この騎士が彼をごまかそうとしている、或いは彼に話をしたくないと思っている――というようなことになる。
一方でファドックは、ロジェスとの語らいのあと、レイジュからエイルの名を聞くまでの間に、奇妙な穢れを受けていた。
目覚めさせられぬそれは歪められ、魔除けどころか混沌を呼ぶのだ。〈守護者〉の「本能」すら曇らすほどに。
「何か、誤解をされておいでなのでは」
それがファドックの返答となった。
「……本気なのか、何らかの
シーヴは身を起こしてファドックの目をじっと見た。二対の黒い瞳が出会う。お互いから読みとれるのは戸惑いでしかなかった。
「これが演技なら、
「演技など」
ファドックは首を振った。
「シーヴ殿は私からどのような回答を望んでいらっしゃるのです」
「そうだな……お前が動玉を安全に保管しているとでも……いや、有り得んな。あれは、レンの手に渡ったんだ。奴らがお前に渡すはずはない」
「レン」
ファドックの目が細められた。
「かの都市とあなたは何かご関係が」
「おいおい」
シーヴは苦笑した。
「そこまで警戒をするか? 彼女は俺について何も説明をしなかったのか。俺とお前は同じ側にいるはずだぞ」
「彼女と言われますが」
ファドックは言った。
「あのときの、お連れの姫君ですか。あれは誰なのです。その姫君が私に何を説明したと仰るのですか」
「――おい」
今度は、シーヴの顔に笑いは浮かばなかった。
「何だと。……何だと。そういうことなのか?」
青年の目に警戒が浮かび、それを見た男の目にも同じものが浮かんだ。
「そういうこと、とは」
「……そう、なのか。だから、奴らは俺をお前のところに跳ばしても……俺たちが組んで奴らに害することには、ならないと」
彼はこのとき、この瞬間、初めてファドック・ソレスの状態、その事情を――推測も混じりながら――知る人間となった。
そう、この瞬間は、レンの第一王子よりも。
「何のお話、なのです」
ファドックの目に微かに苛立ちが浮かんだ。「王子殿下」に対する態度としては不適当であっても、判らぬ話を続けられれば堪え切れぬものもある。
「話したところで、通じないんじゃないか」
シーヴには皮肉のつもりはなく、ファドックもそうは受け取らないが――術が切れた状態でこれを思い返せば、痛烈な皮肉に思えることだろう。
「そのように謎めいたお話振りをされては、判るものも判りません」
近衛隊長はもっともなことを言った。シーヴは天を仰ぐ。
「どうすりゃいい」
青年は目の前の男にではなく、呟いた。
「あいつの助けが要るってのに」
顔も名前も思い出せない、と言う言葉は続けなかった。言えばそれを認めるようで――認めるも何もない、事実であるのに――気に入らなかった。