03 思いがけぬ位置
文字数 4,551文字
季節は明るく、日々は忙しく過ぎていく。
近衛隊長 の交替に大きな混乱はなかったが、業務や人間の流れにはいくらかの変化があった。それでも、それらが旧きものと入れ替わって「日常」となっていくのに、さしたる時間はかからない。数月もすれば、それらはまるで長年の習慣であるかのように身につくものだ。
旧きものは忘れられて行き、新しいものが生活に取って代わる。
麺麭 の醗酵や焼成の具合以外にまったく教養のなかった麺麭職人の息子が、伯爵に拾われて剣技や読み書きの教育を受け、第一王女殿下の護衛騎士 にまで成長することを思えば、護衛騎士が近衛隊長を兼ねる――というよりは後者が主になるが――ことなどささいな変化にすぎない。彼はそう思っていた。
正確に言えば、そう思おうとしていた。
「ファドック」
その声は安堵の吐息と共に発せられた。
「何だかお前を見るのは……だいぶ久しぶりのような気がするわ」
「シュアラ王女殿下」
ファドックはこれまでと変わらぬ敬礼を王女に向けた。実際のところを言えば、彼がシュアラの部屋を訪れなかったのはせいぜい三日だが、それまでは一日を置くことも珍しかったことを考えれば、確かに久しぶりということになるかもしれない。
加えて、彼が警護の任に当たる際に近くあることはあっても、それは「会う」ことにはならないという訳だ。
「忙しいのでしょうね?」
シュアラのそれは問いと言うよりも確認だったが、ファドックは首を小さく横に振ってそれを否定した。
「時間に余裕がありませんでしたのは、私の不徳ですから」
ファドックがシュアラにそう言うのは必要以上の謙遜と言うよりも、この護衛騎士 と第一王女の間では決まったやり取りのようなものだった。
「私がお前を呼んだときに、お前にはそれよりも重要な仕事がある、というのは奇妙なものね」
王女はもちろん咎めているのではなかった。近衛隊長の任務について考えるように――即ち、その任に就くように、と言ったのは彼女自身なのだ。
「どう、変わりはない?」
この問いかけはいささか奇妙で、言ったシュアラ当人が笑った。
「いやだわ、私ったら。それは、変わったでしょうに」
「いえ」
しかしファドックは小さく笑ってまた首を振る。
「殿下にお目にかかる時間は減りましたが、それ以外はこれまでの仕事がいくらか増えただけのようなものです」
最大の変化はシュアラの顔を見ていないことだ――と言われた相手と言った当人によっては甘い囁きになりかねない言葉だったが、もちろん言われた相手にも言った当人にもそんなつもりはない。彼らは王女とその騎士であるのだ。
「でも、仕方ないわね。お前はもはや、アーレイドの近衛隊長 なのだもの」
シュアラは落胆――それとも後悔――を隠しながら言った。無論、彼女をよく知るファドックは隠されたものに気づく。そして彼もまた、感情を隠すのだった。
「そうだわ、ファドック。ロジェス様が、お前と話をされたいのですって」
「ご指示をいただければいつなりと参上いたしますが」
ファドックは少し意外そうな顔をしながら言った。ロジェス・クライン侯爵、次期アーレイド王にしてシュアラの婚約者である青年が、一護衛騎士にわざわざ声をかけることなどなかった。だが近衛隊長となれば話は別なのだろう。
「そう、それじゃ閣下にそうお伝えしておくわね」
「いえ、わたくしの方からお伺いいたします」
ファドックの答えにシュアラはまた、そう、と言った。
ロジェスが話をしたいのが新近衛隊長なのか、護衛騎士でもあるファドック・ソレス個人なのか――というようなことをファドックが考えなかった訳ではないが、ロジェスのひととなりについては彼もほとんど知らなかった。
穏やかで賢い若者だ、という程度の話は城内のどこでも聞かれたし、実際に彼に仕えている侍女たちも、いつもにこやかにしていてお優しい、などと評判はよかった。
「優しい」だけでは為政者として不安だが、マザド王が愛娘の婿とし、自らの後継と認めるのに相応しいだけの器量を持っているのだろうとはうかがえる。噂でこそ、ロジェスが未来の妻の〈護衛騎士〉を煙たく思い、その排除を考えるのではないかなどと言われたが、そうした危惧は覚えなかった。
少なくとも、不興を示すために彼を――ただの護衛騎士ではなく、近衛隊長を――わざわざ呼びつけることもあるまい。いまやファドックは、現王陛下はもちろんのこと、次期王陛下と次期王妃殿下をも護衛する責任をその身に負っているのだ。
ロジェスは侯爵であったが、その身は第一王位継承者同然――形式の上では、その婚礼まではシュアラが第一継承者のままである――だ。彼のための新棟が用意されているがいまだ建設途上であり、王女の婚約者はもっとも身分高い客人に与えられる、ごく広い階で仮の暮らしをしていた。
シュアラのもとを退出した新近衛隊長がそこに姿を現せば、彼をよく知る〈翡翠の都 〉の使用人たちが誰何するはずもなく、侯爵への取り次ぎは円滑に行われた。
ロジェスはすぐにファドックに会うことを承知し、彼は初めて、彼の王女の婚約者と一対一で向かい合うこととなった。
すらりとした細い身体。長身のファドックよりは低いが、均整の取れた形をしている。暗めの金の髪は西方のたいていの貴族がやるように薬でなでつけられており、顔立ちは評判の通りに穏やかで優しいものと言えた。
前クライン侯爵マルセスの甥と言っても、両親の死後は息子同様にマルセスのもとで育てられていただけあり、その立ち居振る舞いは生まれながらの貴族のものと変わらない。
「ソレス、隊長」
ロジェスは色の薄い瞳に逡巡を漂わせてから、そう呼んだ。
彼のこの迷いはつまり、彼がいままでファドックについて語ったときに、そこに敬称、称号の類はつけられていなかったということを示していた。当然のことである。彼はこれまで、何らかの特殊な敬称をつけられるような地位にはいなかったのだから。
「クライン閣下」
一方でファドックの方は簡単だ。婚礼までは閣下、その後は殿下、いずれ青年が即位をすれば陛下と呼ぶだろう。相手がロジェスであろうと誰であろうと、そこに違いはない。
――誰で、あろうと。
わずかに一瞬 、ファドックの目に暗いものが走ったが、ロジェスは気づいたのか気づかぬのか、それには何も言わず、ロジェスでいい、とだけ言った。これはもちろん、南方の伯爵が少年――や、娘――に言ったように敬称を付けるなという意味ではなく、クライン閣下ではなくロジェス閣下でよい、という意味になった。
「ようやく、そなたに会えたようだ」
若き侯爵は少しだけ口の端を上げた。それは皮肉のようでもあれば、何を話そうか迷っているようでもあった。ファドックは黙って敬礼をする。
「私はそなたを殿下 の護衛騎士として見知っているが、そなたの方は前マルセス閣下の甥の顔など覚えてはおらなかっただろうな」
「そのようなことは」
ファドックは否定をしたが、ロジェスはそれをただの礼儀と取ったか、また唇を歪めた。
「お話がおありと伺いましたが」
「ああ。護衛騎士と話をするのは難しいが、近衛隊長ならむしろ簡単に呼び出せるな」
ロジェスはそう言って、ファドックに座るよう促した。
王女の護衛騎士が何かで貴族に呼び出されたとしても、椅子を勧められることはない。ファドックはわずかに浮かんだ戸惑いを隠しながら、それに応じた。
上等の布張りの椅子は彼の体重にすっと沈み、座り心地のよい形を作る。あまり覚えのない感触に、ファドックは謂われのない緊張感を覚えた。
「私は、そなたと話をしてみたいと思っていたのだ」
ロジェスはファドックの向かいに腰掛けながらそんなことを言った。
「私とそなたの境遇は、似ているな」
どちらもふた親を亡くし、貴族に引き取られた、とロジェスは説明した。
「無論、マルセス閣下は私の叔父で、キド殿とそなたは縁もゆかりもなかったということだから、話は多少違ってくるが」
「キド閣下は私を寛大に扱ってくださいますが、私はキド閣下にお仕えしている身です」
ファドックはやはり、いささかの戸惑いを覚えたままで言った。
「だが、生得の道と異なるものを進んだな」
ロジェスはそう言い、ファドックの同意を待ったが、騎士は小さくうなずいただけだった。
「そして私もそなたも、世話をして下さった彼らを大恩ある相手と考え、彼らの役に立とうとアーレイドに仕え、思いがけぬ位置まで昇った」
「思いがけぬ、と仰るのですか」
「そうだ 。私は、そなたが現在の地位を自ら望んだとは思っていない。私も同じだ。だが、与えられた定めならばそれを全うしようと言う心も同じだと思っているが」
ロジェスの台詞はいささか意外なものだった。彼は、王座を望んだのではないと言うのだ。
城内で最後まで紛糾したのはロジェスか、ファイ=フーの第四王子か、という話であり、他都市の王子を迎え入れることは決して悪くない、アーレイドのためとなる、との意見も多かったと聞く。それを勝ち残った青年は、だが野心などはなかったと。
ファドックに対する評は、確かにその通りではあった。彼もまた近衛隊長の地位は望まず、しかしこうなった以上は責務を果たそうとの思いは強くある。
だが──これらの点において、ロジェスとファドックは同じでは、ない。
そのことについて考えてはならない、とファドックは思った。
思い出してはならない相手を思い出してしまう。
「そして」
だがロジェスはファドックの内を横切ったそのような思いは無論知ることなく、言うとにやりとした。
「どちらも、シュアラ殿下にお仕えする身となった」
侯爵が冗談――多少は本音も混ざったとしても――言ったのは明らかだっらので、ファドックも笑みを返した。
「本当のところを言えば、私は少し気になっていたのだよ、隊長 」
ロジェスは、侍女の運んできた杯をもてあそびながら言った。何を――と言うようにファドックの眉が少し上げられる。ロジェスは肩をすくめた。
「つまり……そなたから殿下を奪ってしまう形になることを」
「何を仰るのですか」
ファドックは首を振って言った。
「私は変わらず、殿下にお仕えしております」
「しかし、警護の機会は減ったろう」
それは誰しもの口に上ることだった。だが、それだけがシュアラを守る方法ではない――というようなことは、騎士は言わなかった。
「それ故、私はこうしてそなたがこの任に就いてくれて安心しているのだ」
ロジェスは目を細くして言った。
「そなたはやはり、殿下の背後に控えておらねばならぬ男だと、思っているのでな」
ファドックはロジェスの台詞の真意を掴みかねたが、額面通りにとって礼をするにとどめた。
それは、言葉の通りに喜んでいるようにも――皮肉が隠されているようにも、見えた。
旧きものは忘れられて行き、新しいものが生活に取って代わる。
正確に言えば、そう思おうとしていた。
「ファドック」
その声は安堵の吐息と共に発せられた。
「何だかお前を見るのは……だいぶ久しぶりのような気がするわ」
「シュアラ王女殿下」
ファドックはこれまでと変わらぬ敬礼を王女に向けた。実際のところを言えば、彼がシュアラの部屋を訪れなかったのはせいぜい三日だが、それまでは一日を置くことも珍しかったことを考えれば、確かに久しぶりということになるかもしれない。
加えて、彼が警護の任に当たる際に近くあることはあっても、それは「会う」ことにはならないという訳だ。
「忙しいのでしょうね?」
シュアラのそれは問いと言うよりも確認だったが、ファドックは首を小さく横に振ってそれを否定した。
「時間に余裕がありませんでしたのは、私の不徳ですから」
ファドックがシュアラにそう言うのは必要以上の謙遜と言うよりも、この
「私がお前を呼んだときに、お前にはそれよりも重要な仕事がある、というのは奇妙なものね」
王女はもちろん咎めているのではなかった。近衛隊長の任務について考えるように――即ち、その任に就くように、と言ったのは彼女自身なのだ。
「どう、変わりはない?」
この問いかけはいささか奇妙で、言ったシュアラ当人が笑った。
「いやだわ、私ったら。それは、変わったでしょうに」
「いえ」
しかしファドックは小さく笑ってまた首を振る。
「殿下にお目にかかる時間は減りましたが、それ以外はこれまでの仕事がいくらか増えただけのようなものです」
最大の変化はシュアラの顔を見ていないことだ――と言われた相手と言った当人によっては甘い囁きになりかねない言葉だったが、もちろん言われた相手にも言った当人にもそんなつもりはない。彼らは王女とその騎士であるのだ。
「でも、仕方ないわね。お前はもはや、アーレイドの
シュアラは落胆――それとも後悔――を隠しながら言った。無論、彼女をよく知るファドックは隠されたものに気づく。そして彼もまた、感情を隠すのだった。
「そうだわ、ファドック。ロジェス様が、お前と話をされたいのですって」
「ご指示をいただければいつなりと参上いたしますが」
ファドックは少し意外そうな顔をしながら言った。ロジェス・クライン侯爵、次期アーレイド王にしてシュアラの婚約者である青年が、一護衛騎士にわざわざ声をかけることなどなかった。だが近衛隊長となれば話は別なのだろう。
「そう、それじゃ閣下にそうお伝えしておくわね」
「いえ、わたくしの方からお伺いいたします」
ファドックの答えにシュアラはまた、そう、と言った。
ロジェスが話をしたいのが新近衛隊長なのか、護衛騎士でもあるファドック・ソレス個人なのか――というようなことをファドックが考えなかった訳ではないが、ロジェスのひととなりについては彼もほとんど知らなかった。
穏やかで賢い若者だ、という程度の話は城内のどこでも聞かれたし、実際に彼に仕えている侍女たちも、いつもにこやかにしていてお優しい、などと評判はよかった。
「優しい」だけでは為政者として不安だが、マザド王が愛娘の婿とし、自らの後継と認めるのに相応しいだけの器量を持っているのだろうとはうかがえる。噂でこそ、ロジェスが未来の妻の〈護衛騎士〉を煙たく思い、その排除を考えるのではないかなどと言われたが、そうした危惧は覚えなかった。
少なくとも、不興を示すために彼を――ただの護衛騎士ではなく、近衛隊長を――わざわざ呼びつけることもあるまい。いまやファドックは、現王陛下はもちろんのこと、次期王陛下と次期王妃殿下をも護衛する責任をその身に負っているのだ。
ロジェスは侯爵であったが、その身は第一王位継承者同然――形式の上では、その婚礼まではシュアラが第一継承者のままである――だ。彼のための新棟が用意されているがいまだ建設途上であり、王女の婚約者はもっとも身分高い客人に与えられる、ごく広い階で仮の暮らしをしていた。
シュアラのもとを退出した新近衛隊長がそこに姿を現せば、彼をよく知る〈
ロジェスはすぐにファドックに会うことを承知し、彼は初めて、彼の王女の婚約者と一対一で向かい合うこととなった。
すらりとした細い身体。長身のファドックよりは低いが、均整の取れた形をしている。暗めの金の髪は西方のたいていの貴族がやるように薬でなでつけられており、顔立ちは評判の通りに穏やかで優しいものと言えた。
前クライン侯爵マルセスの甥と言っても、両親の死後は息子同様にマルセスのもとで育てられていただけあり、その立ち居振る舞いは生まれながらの貴族のものと変わらない。
「ソレス、隊長」
ロジェスは色の薄い瞳に逡巡を漂わせてから、そう呼んだ。
彼のこの迷いはつまり、彼がいままでファドックについて語ったときに、そこに敬称、称号の類はつけられていなかったということを示していた。当然のことである。彼はこれまで、何らかの特殊な敬称をつけられるような地位にはいなかったのだから。
「クライン閣下」
一方でファドックの方は簡単だ。婚礼までは閣下、その後は殿下、いずれ青年が即位をすれば陛下と呼ぶだろう。相手がロジェスであろうと誰であろうと、そこに違いはない。
――誰で、あろうと。
わずかに一
「ようやく、そなたに会えたようだ」
若き侯爵は少しだけ口の端を上げた。それは皮肉のようでもあれば、何を話そうか迷っているようでもあった。ファドックは黙って敬礼をする。
「私はそなたを
「そのようなことは」
ファドックは否定をしたが、ロジェスはそれをただの礼儀と取ったか、また唇を歪めた。
「お話がおありと伺いましたが」
「ああ。護衛騎士と話をするのは難しいが、近衛隊長ならむしろ簡単に呼び出せるな」
ロジェスはそう言って、ファドックに座るよう促した。
王女の護衛騎士が何かで貴族に呼び出されたとしても、椅子を勧められることはない。ファドックはわずかに浮かんだ戸惑いを隠しながら、それに応じた。
上等の布張りの椅子は彼の体重にすっと沈み、座り心地のよい形を作る。あまり覚えのない感触に、ファドックは謂われのない緊張感を覚えた。
「私は、そなたと話をしてみたいと思っていたのだ」
ロジェスはファドックの向かいに腰掛けながらそんなことを言った。
「私とそなたの境遇は、似ているな」
どちらもふた親を亡くし、貴族に引き取られた、とロジェスは説明した。
「無論、マルセス閣下は私の叔父で、キド殿とそなたは縁もゆかりもなかったということだから、話は多少違ってくるが」
「キド閣下は私を寛大に扱ってくださいますが、私はキド閣下にお仕えしている身です」
ファドックはやはり、いささかの戸惑いを覚えたままで言った。
「だが、生得の道と異なるものを進んだな」
ロジェスはそう言い、ファドックの同意を待ったが、騎士は小さくうなずいただけだった。
「そして私もそなたも、世話をして下さった彼らを大恩ある相手と考え、彼らの役に立とうとアーレイドに仕え、思いがけぬ位置まで昇った」
「思いがけぬ、と仰るのですか」
「
ロジェスの台詞はいささか意外なものだった。彼は、王座を望んだのではないと言うのだ。
城内で最後まで紛糾したのはロジェスか、ファイ=フーの第四王子か、という話であり、他都市の王子を迎え入れることは決して悪くない、アーレイドのためとなる、との意見も多かったと聞く。それを勝ち残った青年は、だが野心などはなかったと。
ファドックに対する評は、確かにその通りではあった。彼もまた近衛隊長の地位は望まず、しかしこうなった以上は責務を果たそうとの思いは強くある。
だが──これらの点において、ロジェスとファドックは同じでは、ない。
そのことについて考えてはならない、とファドックは思った。
思い出してはならない相手を思い出してしまう。
「そして」
だがロジェスはファドックの内を横切ったそのような思いは無論知ることなく、言うとにやりとした。
「どちらも、シュアラ殿下にお仕えする身となった」
侯爵が冗談――多少は本音も混ざったとしても――言ったのは明らかだっらので、ファドックも笑みを返した。
「本当のところを言えば、私は少し気になっていたのだよ、
ロジェスは、侍女の運んできた杯をもてあそびながら言った。何を――と言うようにファドックの眉が少し上げられる。ロジェスは肩をすくめた。
「つまり……そなたから殿下を奪ってしまう形になることを」
「何を仰るのですか」
ファドックは首を振って言った。
「私は変わらず、殿下にお仕えしております」
「しかし、警護の機会は減ったろう」
それは誰しもの口に上ることだった。だが、それだけがシュアラを守る方法ではない――というようなことは、騎士は言わなかった。
「それ故、私はこうしてそなたがこの任に就いてくれて安心しているのだ」
ロジェスは目を細くして言った。
「そなたはやはり、殿下の背後に控えておらねばならぬ男だと、思っているのでな」
ファドックはロジェスの台詞の真意を掴みかねたが、額面通りにとって礼をするにとどめた。
それは、言葉の通りに喜んでいるようにも――皮肉が隠されているようにも、見えた。