11 逃がしはしない
文字数 4,026文字
強い陽射しは容赦なく人々の上に照りつけたが、砂漠には夏も冬もない。
砂漠の民たちには太陽神 と砂の神 は兄弟のように考えられており、どちらも畏怖と敬意の対象だ。西の地で人々がやるように、その熱に呪いの文句を吐いたりすることはなかった。
「シーヴ様!」
砂漠の娘は最愛の男を見つけると、ぱっと駆けてきて猫 のようにすり寄った。猫ならばついでに喉も鳴らしているところだ。
「よかった。この前のことは夢じゃなかった」
訪れるたびにそう言うミンに、訪れるたびに愛しさを覚え、砂漠の青年は彼女を抱き締めた。
「俺はここにいるぞ、ミン」
その台詞は娘への言葉であると同時に、自分自身へ言い聞かせるものでもあった。
自分はどこにいるのだろう、と言う浮遊感はずっと彼の周りにまとわりついていた。
シャムレイであり、或いはウーレの民の暮らす砂漠である――という答えは「正解」でありながら、明け方の夢のような曖昧さを伴った。
ここは彼が愛し、彼が属する地である。だと言うのに、いまいるべき場所ではないと思う、苦い感覚。
晴れぬ記憶と焦燥感は、こうして砂漠の恋人を抱いていても彼から離れない。
このままここにいてはならぬ、早く行かなければならないと思うのに、それがどこであるのか、何のためにであるのか、心の内には手がかりすら浮かんでこなかった。
誰のために、であるかだけは判っている。
名も思い出せぬ、彼の〈翡翠の娘〉。
誰のためではないか、もまた、判っている。
彼を時折訪れる、白金の髪の魔術師。
アスレンの申し出を彼は呑まなかった。アスレンが差し出すどんな誘惑も、霧の内に隠されたままの何かが、受けることを彼に拒絶させた。
レンの王子――であることをいまの彼は知らなかったが――はシーヴがそれをはねつけるたびに気に入らないと言う顔をしたが、強い手段に出ることはなかった。即ち、彼を脅して言うことを聞かせよう、というような行為には及ばなかった。
それが何を意味するのか、彼には判りはじめてきている。
「シーヴ様?」
わずかに洩れたため息のような音に、ミンが心配するのが判った。彼は笑って、何でもないと言う。彼女を不安にはさせたくなかった。口には出さぬ彼の焦りをミンは感じ取っている。彼はこれ以上、彼女を不安にはさせたくなかった。
ウーレの民は〈砂漠の子〉との再会を喜び、彼がやってくれば一年前と変わらぬように相対した。彼の内に沈む影については誰も気づかぬようだった。――長だけを除いて。
代々不思議な力を持つ砂漠の民の長は、砂漠の子を包む霧が時間をおいても晴れないことを奇妙に思っていた。それを聞いて彼は知ったのだ。アスレンが訪れるたびに、その霧が力を取り戻すことを。
アスレンは彼の味方でないどころか、敵である。
その思いはシーヴの内で強くなっていたが、それはただの、理性による判断だった。
かの白金髪の青年は決して彼に直接的なことは言わず、尋ねず、求めなかった。ただ彼の言質だけを取ろうとした。それは彼を苛つかせ、こうしてウーレのもとを訪れさせた。
あの男は、彼が侍従ヴォイドの家にいるときにだけ、現れる。どうやらアスレンは砂漠を忌避していると推測できた。
(だからと言ってウーレのもとから離れなければ、奴はここにやってくるだろうな)
その疑いも確信に近い。
(あのきれいな顔をした悪魔 の化身を)
と、彼は〈魔術都市〉の王子を表した。
(ここに踏み込ませたくはない)
それが、彼が決してウーレの間に入り浸らず、その日の内に必ずシャムレイへ戻る理由だった。
「お帰りなさいませ、殿下」
「『殿下』はよせと言っているだろう」
王子を出迎えた侍従に、彼は顔をしかめて言った。
「『リャカラーダ』もだ。何度言ったら判る」
「それはこちらの台詞です」
ヴォイドはきっぱりと言った。
「あなたをそれ以外の名で呼ぶ気はございません」
「王宮ではかまわんがな、こうしてお前の家にいることは内密なのだぞ。何かで父上にでも知られれば、厄介だろうに」
「それがお嫌ならば逃げ隠れするのはやめられることです」
「逃げても隠れてもおらん。第一、言ったのはお前ではないか」
リャカラーダの言葉に、ヴォイドは片眉を上げた。
「私が、何を」
「〈変異〉の年はまだ終わっておらん。ことが済んでも俺なら何かと理由をつけて、この年の最後まで戻らんだろうとな。その通りだということでいいではないか」
「ならばどこへなりとも遊びに行かれればよいでしょう。何故こうして、私の家へ戻ってくるのです」
「邪魔か」
「邪魔です」
第一侍従のはっきりとした返答は主人をにやりとさせる。
もちろん、第一侍従が彼を邪魔には――少しは思ってはいるかもしれないが、迷惑だとは思っていないことは判っていた。
「さて、今日は何だ」
こたえておらぬ自身の主人を少しばかり眺めるようにしてから、ヴォイドは青年に座るよう促した。
「こちらをどうぞ」
侍従は苦々しい表情をしながら、彼に帳面のようなものを差し出した。
「あなたが将来治めることとなるランティムの町の、過去の財務帳です。貧しい町ではありませんが、財政を破綻させるのは簡単なことですからね、しっかり、頭に入れておきなさい」
「……忘れなければよいがな」
自身の状況への皮肉は、臣下にはあまり通じなかったようだ。彼はヴォイドのきつい視線を受けて首をすくめてみせた。
ヴォイドには、彼を取り巻く魔術の話はしていない。侍従は青年が話をしたくないのだと思うだけだろう。だがそれでいい。ぼんやりした靄の奥にあるごたごたに、「リャカラーダ」の周囲をも巻き込むことはない。
彼はこうしてヴォイドの家で、侍従の仕事の手伝いや、多くはヴォイドがかつての「教育係」ぶりを発揮して彼に課す題目をこなした。
まるでそのためにこうしてここにいるのかとの錯覚に陥りそうになる。だが、その怪しい――ある意味では、とても心地よくもある目眩は、彼を掴みきりはしなかった。
彼は、自分が望んでこうしているのではないこと、むしろその逆であろうことを決して忘れはしなかった。
「それで」
照りつける陽射しの下でも変わらず涼しい顔をした美麗な王子を眺めやると、この地を故郷とする砂漠の王子は苦々しい思いを覚える。
「今日は、何の用だ」
アスレンはヴォイド邸の中庭が気に入ったか、シーヴを訪れれば――無論、玄関からではなく、予告なしに突然姿を現してはシーヴの心臓を跳ね上がらせていた――〈呪われし弟〉をそこに誘 った。
「提供するのは女の安全か。シャムレイの平和か。それともはじまりに還って、俺の記憶かな」
「どれを差し伸べても、お前は否と言うのだろうな」
アスレンは微かに嘆息した。
「頭の悪い頑固者。初めのうちは面白く思ったが……リャカラーダ。我はそろそろ、お前に飽いてきた」
「そいつはいい報せだ」
彼はにやりとした。
「愚か者だと言う点ではあれとよく似ているのに……何が違うのだろうと考えた」
ふと、アスレンは遠くを見る目つきをした。誰に似ているのかとは、シーヴは問わなかった。
「お前は、我の身分に儀礼上の敬意を表さねばならぬとしても、望まなければそれをやらぬだろうな」
「何だと?」
シーヴは眉をひそめた。王子である彼が儀礼として敬意を表さねばならぬ相手は――やはり、王族だ。アスレンの態度から見てこの男が上流階級の人間であることは疑っていなかったが、王族とは思わなかった。だが、それが何だというのか?
「やはりな」
アスレンは薄く笑った。
「お前はその事実を考えたところで、せいぜいが……そうだな、お前の兄王子と同類か、と思う程度なのだ」
「どうやらその通りだが、それが何だ」
アスレンがどこぞの王位継承者だからと言って、彼は態度を変えてやる気など、ない。もし公式の面会で、父王に強く指示されてでもいれば礼のひとつやふたつはするだろうが、内心で舌を出すだけのことだ。
「どうやらそれが」
アスレンはシーヴの言い方を真似た。
「俺が面白く感じない理由だな」
「ほう」
シーヴは眉をひそめた。
「他者を服従させるのが楽しいと言う訳か。歪んだ王子様だな」
「生憎と」
アスレンはふと、思い出したように言った。
「それは言われ慣れている」
自身の言葉の繰り返しであることに気づいたシーヴは少し嫌な顔をした。
「それで、わざわざ俺に飽きたと伝えにきてくれた訳か」
「心配するな。飽いたからと言って捨て置きはせぬ」
アスレンは肩をすくめた。
「少しばかり厄介ごとがあってな、そうそうに我が街から離れることができなさそうだ。その間 、お前との弾む会話を楽しむことはできぬ」
「何とも、残念だな」
アスレンの言葉にシーヴも真顔で返した。
「そのまま俺のことを忘れてくれれば、言うことはない」
「心配するなと言っておるだろう」
レンの王子は寛大に笑んだ。
「我よりももっと話題の弾む相手を代わりに置いておいてやる。――努々、忘れるな。我が姿を現さずとも、我はいつでもお前と、お前の女に繋がる鎖をどうとでもできるのだ。逃れることは叶わぬぞ、リャカラーダ」
言うと穏やかな笑みのままで、白いマント姿は熱い風に消えた。
「心配するな、か」
シーヴは呟いた。
「それは俺の台詞だ。俺は逃げはしない。それどころか」
一方的に姿を消し、彼の返答を聞かない魔術師に呪いの言葉を吐きながら、砂漠の王子は言った。
「お前を……そう簡単に逃がしはしないぞ、アスレン」
そう呟くと彼は、彼の内に見えている唯一の手がかり――その場所を掴むべく、心の霧との戦いを続けた。
砂漠の民たちには
「シーヴ様!」
砂漠の娘は最愛の男を見つけると、ぱっと駆けてきて
「よかった。この前のことは夢じゃなかった」
訪れるたびにそう言うミンに、訪れるたびに愛しさを覚え、砂漠の青年は彼女を抱き締めた。
「俺はここにいるぞ、ミン」
その台詞は娘への言葉であると同時に、自分自身へ言い聞かせるものでもあった。
自分はどこにいるのだろう、と言う浮遊感はずっと彼の周りにまとわりついていた。
シャムレイであり、或いはウーレの民の暮らす砂漠である――という答えは「正解」でありながら、明け方の夢のような曖昧さを伴った。
ここは彼が愛し、彼が属する地である。だと言うのに、いまいるべき場所ではないと思う、苦い感覚。
晴れぬ記憶と焦燥感は、こうして砂漠の恋人を抱いていても彼から離れない。
このままここにいてはならぬ、早く行かなければならないと思うのに、それがどこであるのか、何のためにであるのか、心の内には手がかりすら浮かんでこなかった。
誰のために、であるかだけは判っている。
名も思い出せぬ、彼の〈翡翠の娘〉。
誰のためではないか、もまた、判っている。
彼を時折訪れる、白金の髪の魔術師。
アスレンの申し出を彼は呑まなかった。アスレンが差し出すどんな誘惑も、霧の内に隠されたままの何かが、受けることを彼に拒絶させた。
レンの王子――であることをいまの彼は知らなかったが――はシーヴがそれをはねつけるたびに気に入らないと言う顔をしたが、強い手段に出ることはなかった。即ち、彼を脅して言うことを聞かせよう、というような行為には及ばなかった。
それが何を意味するのか、彼には判りはじめてきている。
「シーヴ様?」
わずかに洩れたため息のような音に、ミンが心配するのが判った。彼は笑って、何でもないと言う。彼女を不安にはさせたくなかった。口には出さぬ彼の焦りをミンは感じ取っている。彼はこれ以上、彼女を不安にはさせたくなかった。
ウーレの民は〈砂漠の子〉との再会を喜び、彼がやってくれば一年前と変わらぬように相対した。彼の内に沈む影については誰も気づかぬようだった。――長だけを除いて。
代々不思議な力を持つ砂漠の民の長は、砂漠の子を包む霧が時間をおいても晴れないことを奇妙に思っていた。それを聞いて彼は知ったのだ。アスレンが訪れるたびに、その霧が力を取り戻すことを。
アスレンは彼の味方でないどころか、敵である。
その思いはシーヴの内で強くなっていたが、それはただの、理性による判断だった。
かの白金髪の青年は決して彼に直接的なことは言わず、尋ねず、求めなかった。ただ彼の言質だけを取ろうとした。それは彼を苛つかせ、こうしてウーレのもとを訪れさせた。
あの男は、彼が侍従ヴォイドの家にいるときにだけ、現れる。どうやらアスレンは砂漠を忌避していると推測できた。
(だからと言ってウーレのもとから離れなければ、奴はここにやってくるだろうな)
その疑いも確信に近い。
(あのきれいな顔をした
と、彼は〈魔術都市〉の王子を表した。
(ここに踏み込ませたくはない)
それが、彼が決してウーレの間に入り浸らず、その日の内に必ずシャムレイへ戻る理由だった。
「お帰りなさいませ、殿下」
「『殿下』はよせと言っているだろう」
王子を出迎えた侍従に、彼は顔をしかめて言った。
「『リャカラーダ』もだ。何度言ったら判る」
「それはこちらの台詞です」
ヴォイドはきっぱりと言った。
「あなたをそれ以外の名で呼ぶ気はございません」
「王宮ではかまわんがな、こうしてお前の家にいることは内密なのだぞ。何かで父上にでも知られれば、厄介だろうに」
「それがお嫌ならば逃げ隠れするのはやめられることです」
「逃げても隠れてもおらん。第一、言ったのはお前ではないか」
リャカラーダの言葉に、ヴォイドは片眉を上げた。
「私が、何を」
「〈変異〉の年はまだ終わっておらん。ことが済んでも俺なら何かと理由をつけて、この年の最後まで戻らんだろうとな。その通りだということでいいではないか」
「ならばどこへなりとも遊びに行かれればよいでしょう。何故こうして、私の家へ戻ってくるのです」
「邪魔か」
「邪魔です」
第一侍従のはっきりとした返答は主人をにやりとさせる。
もちろん、第一侍従が彼を邪魔には――少しは思ってはいるかもしれないが、迷惑だとは思っていないことは判っていた。
「さて、今日は何だ」
こたえておらぬ自身の主人を少しばかり眺めるようにしてから、ヴォイドは青年に座るよう促した。
「こちらをどうぞ」
侍従は苦々しい表情をしながら、彼に帳面のようなものを差し出した。
「あなたが将来治めることとなるランティムの町の、過去の財務帳です。貧しい町ではありませんが、財政を破綻させるのは簡単なことですからね、しっかり、頭に入れておきなさい」
「……忘れなければよいがな」
自身の状況への皮肉は、臣下にはあまり通じなかったようだ。彼はヴォイドのきつい視線を受けて首をすくめてみせた。
ヴォイドには、彼を取り巻く魔術の話はしていない。侍従は青年が話をしたくないのだと思うだけだろう。だがそれでいい。ぼんやりした靄の奥にあるごたごたに、「リャカラーダ」の周囲をも巻き込むことはない。
彼はこうしてヴォイドの家で、侍従の仕事の手伝いや、多くはヴォイドがかつての「教育係」ぶりを発揮して彼に課す題目をこなした。
まるでそのためにこうしてここにいるのかとの錯覚に陥りそうになる。だが、その怪しい――ある意味では、とても心地よくもある目眩は、彼を掴みきりはしなかった。
彼は、自分が望んでこうしているのではないこと、むしろその逆であろうことを決して忘れはしなかった。
「それで」
照りつける陽射しの下でも変わらず涼しい顔をした美麗な王子を眺めやると、この地を故郷とする砂漠の王子は苦々しい思いを覚える。
「今日は、何の用だ」
アスレンはヴォイド邸の中庭が気に入ったか、シーヴを訪れれば――無論、玄関からではなく、予告なしに突然姿を現してはシーヴの心臓を跳ね上がらせていた――〈呪われし弟〉をそこに
「提供するのは女の安全か。シャムレイの平和か。それともはじまりに還って、俺の記憶かな」
「どれを差し伸べても、お前は否と言うのだろうな」
アスレンは微かに嘆息した。
「頭の悪い頑固者。初めのうちは面白く思ったが……リャカラーダ。我はそろそろ、お前に飽いてきた」
「そいつはいい報せだ」
彼はにやりとした。
「愚か者だと言う点ではあれとよく似ているのに……何が違うのだろうと考えた」
ふと、アスレンは遠くを見る目つきをした。誰に似ているのかとは、シーヴは問わなかった。
「お前は、我の身分に儀礼上の敬意を表さねばならぬとしても、望まなければそれをやらぬだろうな」
「何だと?」
シーヴは眉をひそめた。王子である彼が儀礼として敬意を表さねばならぬ相手は――やはり、王族だ。アスレンの態度から見てこの男が上流階級の人間であることは疑っていなかったが、王族とは思わなかった。だが、それが何だというのか?
「やはりな」
アスレンは薄く笑った。
「お前はその事実を考えたところで、せいぜいが……そうだな、お前の兄王子と同類か、と思う程度なのだ」
「どうやらその通りだが、それが何だ」
アスレンがどこぞの王位継承者だからと言って、彼は態度を変えてやる気など、ない。もし公式の面会で、父王に強く指示されてでもいれば礼のひとつやふたつはするだろうが、内心で舌を出すだけのことだ。
「どうやらそれが」
アスレンはシーヴの言い方を真似た。
「俺が面白く感じない理由だな」
「ほう」
シーヴは眉をひそめた。
「他者を服従させるのが楽しいと言う訳か。歪んだ王子様だな」
「生憎と」
アスレンはふと、思い出したように言った。
「それは言われ慣れている」
自身の言葉の繰り返しであることに気づいたシーヴは少し嫌な顔をした。
「それで、わざわざ俺に飽きたと伝えにきてくれた訳か」
「心配するな。飽いたからと言って捨て置きはせぬ」
アスレンは肩をすくめた。
「少しばかり厄介ごとがあってな、そうそうに我が街から離れることができなさそうだ。その
「何とも、残念だな」
アスレンの言葉にシーヴも真顔で返した。
「そのまま俺のことを忘れてくれれば、言うことはない」
「心配するなと言っておるだろう」
レンの王子は寛大に笑んだ。
「我よりももっと話題の弾む相手を代わりに置いておいてやる。――努々、忘れるな。我が姿を現さずとも、我はいつでもお前と、お前の女に繋がる鎖をどうとでもできるのだ。逃れることは叶わぬぞ、リャカラーダ」
言うと穏やかな笑みのままで、白いマント姿は熱い風に消えた。
「心配するな、か」
シーヴは呟いた。
「それは俺の台詞だ。俺は逃げはしない。それどころか」
一方的に姿を消し、彼の返答を聞かない魔術師に呪いの言葉を吐きながら、砂漠の王子は言った。
「お前を……そう簡単に逃がしはしないぞ、アスレン」
そう呟くと彼は、彼の内に見えている唯一の手がかり――その場所を掴むべく、心の霧との戦いを続けた。