3 隠れたい相手
文字数 2,695文字
「何でしょうか」
「――アーレイドの魔術師でなくとも、街を訪れた者があれば協会は判るのか」
ファドックが発した問いの意味を数秒 考えた術師は首を振った。
「通りすがりの術師の素性まで全て判るかという意味でしたら、とても判りません。術が行使されれば、記録は残りますが」
「記録」
騎士は繰り返した。
「……では、紅の月の三旬、六日目だったと思うが……城で術が使われた形跡はあるか」
「城で、ですか?」
術師は驚いたようだったが、ファドックがうなずくのを見て、少々お待ち下さい、と言って何もない空間から冊子を取り出すとそれをめくった。
「ああ……ございます。六日目と、八日目……あ、いや……」
術師は咳払いなどした。「八日目」の方はファドックの方がよく判っている。そして、協会が〈魔術都市〉とのいざこざなど望まないことも。ファドックは目の前の術師のためを思って、「八日目」については聞かなかったふりをした。
「そうだ、六日目に城を訪れた術師について知りたい」
「そうですか」
受付はほっとしたようだった。八日目について問われ、レンから城内へと魔力が飛んできたようです、などと答えたくはないだろう。
「ここの術師か」
そうではないだろうと思って尋ねたファドックは、意外な返答に驚くことになる。
「ええ、そうです。エイラ ですね 。戻ってきて いたとは 知りません でした 」
もうこの街にはいないようですけれど、と続くが、それよりもファドックが問い返すのならばこの一語である。
「エイラ ?」
「そうでしょう?」
この日、この受付はあとでやってくる三人目には忠告こそすれ、ろくに情報をもらさなかったが――それは薬草師が怪しかったのではなく、こちらがファドックだからである。騎士 という立派な身分の持ち主でもあれば、協会 の方針として、彼に応対する術師はたいていの希望には添うように命じられている。それのどこに最終線を設けるかは、受けた術師の判断に任されていたが。
「戻ってきていた、と言ったな。彼女はここの術師なのか」
ファドックはその問いをもう一度繰り返し、リティ アエラ ではないのか――とは、問わなかった。
「ええ」
術師はもう一度うなずく。
「帰ってきて、また出ていったと」
ふと、ファドックの脳裏に閃く言葉があった。
「協会は、そうやって始終、術師を使いにだすのか」
「そうでもありません」
男は肩をすくめた。
「滅多にないと言っていいですね。彼女は特殊なんですよ、セラス」
「特殊、とは」
ファドックは当然の問い返しをした。
「今年の はじめ頃に 、突然協会に 現れた んです 。リック師に ついて しばらく 学んだと 思うと どこかに 行ってし まいました 。まだまだ未熟な彼女をリック師が立たせたことに驚く者もいましたが……何か事情でもあったのでしょう」
それについては知らない、というように術師は首を振った。
「リック師が亡くなったいまでもそうしてとんぼ返りとは、協会の仕事とは関係ないのかもしれませんが」
受付はそう言って、彼のような一魔術師が全部の事情に通じている訳ではないことを示した。
この街の魔術師。
今年のはじめに突然協会へ行き、リック導師に師事。
そのあとで旅に出、この冬至祭の終盤に帰ってきて、また出て行った――そんな少年 を彼は知ってはいないか?
(エイル)
(リティアエラ――エイラ)
「……セラス?」
受付は、黙ってしまったファドックをのぞきこむようにして声を出した。
「……そのエイラと連絡は取れるか」
「公式に協会付きの仕事をしているのならば、各街で協会を訪れる義務が発生しますが、彼女はそうではありません。そのような魔術を使え、と言われるのでしたら」
相応の時間と料金がかかります、と男は言った。ファドックはその時間と料金とやらを聞くと、うなずいて依頼をした。
「伝言を送るという形になりますが、連絡がほしいというような内容を送ればよろしいのですか」
騎士は少し考えてからまたうなずいた。
「そうしてくれ。……いや」
ふと思いついたように付け加える。
「もし、彼女にそのような伝言を送れば、ほかに気づく者がいるか」
「……と言われますと」
術師は判らないと言うように聞き返す。
「もし、彼女を探す者がほかにいれば。……彼女が気づかれたくない相手ならば」
魔術師は、ああ、と言った。
「隠れようとする術師を無理に探し出すのはたいへん困難です。彼女がこちらの呼びかけを無視することは可能でして、そうなるとそれを追うのは難しい。二日で判らなければ前金はお返ししますよ」
「いや」
ファドックは魔術師の勘違いを訂正した。
「探されていることに気づいていなければどうだ。彼女自身に隠れるつもりはなく、協会からの呼びかけに答え……そうすれば、居場所を他者に知らしめることにはならぬか」
「それは……ない、と申し上げてよろしいかと」
魔術師は考えながら言った。
「応答があれば、判るのは術を発した当人――この場合は協会にだけですから。協会がそれを他者に洩らすかという危惧ならば否と申し上げますよ」
「この組織 の責任感を疑いはしない」
護衛騎士の言葉に魔術師は感謝の仕草などした。
「では、頼む。長くて二日だな?」
「ええ、連絡が取れればすぐにセラスに伝言を送りましょうか?」
「そうしてくれ」
ファドックはうなずくと、嘆息した。
「何か?」
術師はファドックの様子に、自身が失態でもしたかと不安になって尋ねた。
「いや。隠れていてくれればよいと思うのだ。だがそうすれば、協会に対して隠れるつもりがなくとも、協会から連絡は取れぬのだな」
「そうなります」
受付は肩をすくめる。
「何故、エイラが隠れているかもしれないと思われるのか、それは追及いたしませんが、隠れようとする術師の取る方法は、相手が誰かだろうと協会だろうと、同じです」
「隠れたい相手は」
騎士は息をついた。
「私 かもしれんがな」
「は?」
何か聞き違ったのだろうかと術師は首をかしげ、ファドックは何でもないと手を振った。
「――アーレイドの魔術師でなくとも、街を訪れた者があれば協会は判るのか」
ファドックが発した問いの意味を数
「通りすがりの術師の素性まで全て判るかという意味でしたら、とても判りません。術が行使されれば、記録は残りますが」
「記録」
騎士は繰り返した。
「……では、紅の月の三旬、六日目だったと思うが……城で術が使われた形跡はあるか」
「城で、ですか?」
術師は驚いたようだったが、ファドックがうなずくのを見て、少々お待ち下さい、と言って何もない空間から冊子を取り出すとそれをめくった。
「ああ……ございます。六日目と、八日目……あ、いや……」
術師は咳払いなどした。「八日目」の方はファドックの方がよく判っている。そして、協会が〈魔術都市〉とのいざこざなど望まないことも。ファドックは目の前の術師のためを思って、「八日目」については聞かなかったふりをした。
「そうだ、六日目に城を訪れた術師について知りたい」
「そうですか」
受付はほっとしたようだった。八日目について問われ、レンから城内へと魔力が飛んできたようです、などと答えたくはないだろう。
「ここの術師か」
そうではないだろうと思って尋ねたファドックは、意外な返答に驚くことになる。
「ええ、そうです。
もうこの街にはいないようですけれど、と続くが、それよりもファドックが問い返すのならばこの一語である。
「
「そうでしょう?」
この日、この受付はあとでやってくる三人目には忠告こそすれ、ろくに情報をもらさなかったが――それは薬草師が怪しかったのではなく、こちらがファドックだからである。
「戻ってきていた、と言ったな。彼女はここの術師なのか」
ファドックはその問いをもう一度繰り返し、
「ええ」
術師はもう一度うなずく。
「帰ってきて、また出ていったと」
ふと、ファドックの脳裏に閃く言葉があった。
「協会は、そうやって始終、術師を使いにだすのか」
「そうでもありません」
男は肩をすくめた。
「滅多にないと言っていいですね。彼女は特殊なんですよ、セラス」
「特殊、とは」
ファドックは当然の問い返しをした。
「
それについては知らない、というように術師は首を振った。
「リック師が亡くなったいまでもそうしてとんぼ返りとは、協会の仕事とは関係ないのかもしれませんが」
受付はそう言って、彼のような一魔術師が全部の事情に通じている訳ではないことを示した。
この街の魔術師。
今年のはじめに突然協会へ行き、リック導師に師事。
そのあとで旅に出、この冬至祭の終盤に帰ってきて、また出て行った――そんな
(エイル)
(リティアエラ――エイラ)
「……セラス?」
受付は、黙ってしまったファドックをのぞきこむようにして声を出した。
「……そのエイラと連絡は取れるか」
「公式に協会付きの仕事をしているのならば、各街で協会を訪れる義務が発生しますが、彼女はそうではありません。そのような魔術を使え、と言われるのでしたら」
相応の時間と料金がかかります、と男は言った。ファドックはその時間と料金とやらを聞くと、うなずいて依頼をした。
「伝言を送るという形になりますが、連絡がほしいというような内容を送ればよろしいのですか」
騎士は少し考えてからまたうなずいた。
「そうしてくれ。……いや」
ふと思いついたように付け加える。
「もし、彼女にそのような伝言を送れば、ほかに気づく者がいるか」
「……と言われますと」
術師は判らないと言うように聞き返す。
「もし、彼女を探す者がほかにいれば。……彼女が気づかれたくない相手ならば」
魔術師は、ああ、と言った。
「隠れようとする術師を無理に探し出すのはたいへん困難です。彼女がこちらの呼びかけを無視することは可能でして、そうなるとそれを追うのは難しい。二日で判らなければ前金はお返ししますよ」
「いや」
ファドックは魔術師の勘違いを訂正した。
「探されていることに気づいていなければどうだ。彼女自身に隠れるつもりはなく、協会からの呼びかけに答え……そうすれば、居場所を他者に知らしめることにはならぬか」
「それは……ない、と申し上げてよろしいかと」
魔術師は考えながら言った。
「応答があれば、判るのは術を発した当人――この場合は協会にだけですから。協会がそれを他者に洩らすかという危惧ならば否と申し上げますよ」
「この
護衛騎士の言葉に魔術師は感謝の仕草などした。
「では、頼む。長くて二日だな?」
「ええ、連絡が取れればすぐにセラスに伝言を送りましょうか?」
「そうしてくれ」
ファドックはうなずくと、嘆息した。
「何か?」
術師はファドックの様子に、自身が失態でもしたかと不安になって尋ねた。
「いや。隠れていてくれればよいと思うのだ。だがそうすれば、協会に対して隠れるつもりがなくとも、協会から連絡は取れぬのだな」
「そうなります」
受付は肩をすくめる。
「何故、エイラが隠れているかもしれないと思われるのか、それは追及いたしませんが、隠れようとする術師の取る方法は、相手が誰かだろうと協会だろうと、同じです」
「隠れたい相手は」
騎士は息をついた。
「
「は?」
何か聞き違ったのだろうかと術師は首をかしげ、ファドックは何でもないと手を振った。