守護四天王 -4-

文字数 2,844文字


「コージさん、どうします……? あの野郎、軽そうだけど強さはビンビン感じたっすよ」
「分かってる。束になっても勝てる気がしない」
「ウチは戦闘得意じゃあらへんし、ご飯だけよばれて逃げへん?」
 どういう発想だ。食い逃げする気か。飯はどうでもいいが、逃げ出したいのは同じだ。こっそり裏から逃げられないだろうかとチラリと奥を見るが、ここの兵たちが通せんぼしている。上司には逆らえないだろうから、仕方ないか……などと思っていたが、コージ達を心配そうに見ている。その中の一人が近寄ってくる。
『素直に戦っておいた方がいいぞ。下手に逃げると、地面に首から下埋められるから』
「なんでだよ」
 コージの代わりにフミトがツッコんでくれた。お陰で肩の力が抜けた。
「このままこうしていても仕方ない。勝てないだろうけど、俺が相手するから、二人は待っててくれ」
「コージさん! 俺も一緒にやるっすよ!」
「ありがたいけど、ここは任せてくれ。この依頼を受けたのは俺だし。それに、危ない奴だけど、さすがに殺しやしないさ」
「怪我したら、ウチがすぐ回復したるからね」
「心強いな」
 コージは意を決して外に出た。夕日を背にたたずむ虎松は、朱に染まった鬼のようだった。角のある兜、鎧、長槍。それらすべてが赤で統一され、背景までもが赤を帯び、こちらをみる瞳にも赤い炎が揺らいでいた。
『逃げなかったんだね、偉い』
 コージはルミナティソードを取り出した。夕陽を含んだガーネットが怪しく光った。
『なるほどなあ』
「……何が?」
『ううん、こっちの話。それより、始めよう。どこからでもどうぞ』
 長槍の柄を地面に差し、仁王立ちする。構えてもいないのに、どこから攻めていいのか分からない。赤が眩しい。……眩しい赤をぶつければ、相手の虚を突ける。
「そんなに赤が好きなら!」

 ― 火炎剣 ―

 炎を纏ったルミナティソードを振り、熱と斬撃を食らわせる。虎松の腹を目指した剣は、しかし長槍の先で受け止められた。コージは両手で剣を握っているのに対し、虎松は右手のみ。左手は仁王立ちしたときのままの状態だ。小柄な体躯のどこにこんな力があるのか。
『足元がお留守だよ』
 ルミナティソードをいなし、長槍を振って柄の方でコージを足払いした。
「うわ!?」
『ほら、のんびりしてると穴が空いちゃうよ』
 倒れたコージに追い打ちをかけ、下段に構えた槍で何度も突いてくる。コージは転がって何とか避ける。格好は悪いが、そんなことは言っていられない。虎松が追撃を止めたところで、急いで立ち上がる。
「あの野郎、遊んでやがる……」
 フミトが唸る。虎松は息一つ乱れていないのに対して、コージの方は本気で戦っていて息が切れている。圧倒的な実力の差だ。
『もう終わりかな? もうちょっと粘ろうよ』
「……」
 返事をする余裕もなさそうだ。それでも、コージは諦めていない。コージは構えた。
『お?』

 ― 瞬斬剣 ―

 コージの姿が消えた。二人の戦いを見ていた兵たちが『消えた!?』『一体どこへ!?』と口々に叫んでいる。一瞬で距離を詰めたコージは、虎松に斬撃を繰り出す。虎松は防御態勢を取っていない。これなら。
『惜しい!』
 コージの剣は虎松に届くことなく、空振りとなった。そして、コージの腹には槍の柄がめり込んでいた。
『速いけど、速度を逆に利用されたら、自分が致命傷を負っちゃうよ。気を付けてね』
 虎松の声が耳を抜けたのが合図だったかのように、コージはバタリと倒れた。
「コージ!」
「コージさん!」
 ミズキたちが駆け寄ってくる。フミトが抱き起こすが、完全に気を失っている。
「コージ! いま回復すんで! フミト、コージを寝かせて!」
「あ、ああ……」
 横になったコージに手を当て、ミズキは回復術をかけようとした。そこへ虎松が並んでミズキを横にやる。
「お、お前! どういうつもりだ!?」
『回復するつもりだけど? 僕が気絶させたわけだし』

 ― クラル ―

 虎松が呪文を唱えると、コージが温かく柔らかい白い光に包まれた。そしてそれはすぐに収まり、コージは目を覚ました。
「コージさん!」
 フミトが背中を支えて上体を起こす。コージは一瞬目が回ったようだったが、戦いの怪我や疲労は無くなっていた。
「コテンパンにやられちまったな」
『君は結構すごい方だと思うよ? 僕の部下たちで、あそこまで戦えるひとはそんなにいないから。僕を相手に一分持たなくて、訓練にならないんだよ。面倒な書類整理をやった後は、身体をしっかり動かしたくなるのに。本当はもっと戦って、もっと強くなりたいんだけどなあ。でも戦い以外もやらないと怒られるし』
 強すぎるが故の悩み、か。若くして副団長という立場になり、純粋に力を追い求めるだけでは済まなくなった。専門的なスキルを伸ばしていきたいのに、マネジメントを任されるような、キャリアの方向性の違いからくる悩みのようなものがこんなところでもあったのだ。
「それより、虎松さん回復術使えるん? クラルは体力を小回復する呪文やけど、回復量は術者の力量に依存するやん? あんた、神官のウチよりしっかりした回復しとったで」
『ああ、うん。僕は小さい頃に神殿で匿ってもらってたこともあるから。その時に覚えたんだ』
「匿ってもろてたって?」
『僕が生まれてすぐの頃に父が死んで、親戚のところを転々としてたんだ。良くは知らないけど、うちの血筋を根絶やしにしたいって考えてる奴がいたんだって。そいつが親戚のところを嗅ぎつけてやって来た時に、僕を逃がして神殿で匿う様にしてくれたんだ。親戚はみんな死んじゃったけど』
 軽い言動をすると思っていた彼に、そんな壮絶な過去があったとは。
『昔は怯えて過ごしてたよ。ついに匿って貰っていた神殿にまで奴らがやってきて、もうだめだって思った時、団長が現れて、そいつら全員切り伏せてくれたんだ。それから、僕は団長に拾って貰った』
 兜を取り、青年の顔になった虎松が笑う。
『団長みたいになりたい。その思いで、僕は強くなれたんだ。僕は団長のためなら、全力で戦う。返しきれない恩義があるからね』
「どうりで強いわけだ」
 コージが手を差し出す。虎松は一瞬驚いた顔を見せたが、元通りの笑顔に戻って、その手を握る。
「俺はコージだ」
『コージ! よろしく。また戦おうね』
「そういや、ウチら名乗ってなかったなあ。ウチはミズキやで。よろしゅうな」
「オレはフミトだ」
『二人とも、よろしくね。もう夜になるし、よかったら今夜は泊まっていきなよ。歓迎するよ』
「せっかくだし、お言葉に甘えるか」
「ウチも賛成や。ご飯も出るやろ?」
「お前、昼間あんだけ食っただろうが」
『豪華ではないけど、ひもじい思いをしないようにご飯の量だけはたくさんあるから、遠慮しないで食べて行きなよ』
 ミズキがルンルンでフミトの腕を引っ張っていく。フミトはあたふたしながら引っ張られていく。その後を、沈みかけの朱色の太陽を背にしながら、剣と槍を交えた二人が影を並べて歩いていくのだった。
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