守護四天王 -5-

文字数 2,247文字

『見事な食べっぷりだねえ』
 ミズキが三回目のおかわりをしたあとの虎松の感想だ。くすくすと笑ってはいるが、冷ややかな目をしているわけでも驚いているわけでもなく、むしろたくさん食べてくれて嬉しそうですらある。彼の言っていたとおり、豪華とはいえないが、煮物や焼き魚などのおふくろの味がいくつも並び、ご飯はふっくらとしてつやつやと光っている。ミズキには負けるが、コージもフミトもいつもより箸が進んでいた。
「ホテルビュッフェもいいけど、ここのご飯もおいしいなあ。この肉じゃがなんてウチのために作ってくれたんか思うくらいに絶品や。ご飯が進まん方がおかしいで」
『そう言ってくれると、食堂のおばちゃんも喜ぶよ。腕によりをかけて作ってくれたらしいから』
「ほんとうめえ! 北屯所のオヤジにも見習ってほしいくらいっすよ」
「あっちの食堂も別にまずくはないけど、こっちの料理は懐かしい味がして好きだな」
 そこへ、食堂のおばちゃんが、ミズキのおかわりのご飯を大盛にして運んできた。
『お待ちどうさま。たくさん食べてくれて嬉しいわ。いっぱい召し上がっていってね』
「ありがとう。もちろんや、こんなにおいしかったら、止めたくても止まらへん」
 そう言って肉じゃがの残り汁をご飯にかけて豪快にかきこんだ。おばちゃんはミズキの食べっぷりを見て、くすくすと笑いながら台所に戻っていった。
『明日の朝食は君たちの分も用意するようにお願いしておいたから、朝もしっかり食べていくといいよ』
「何から何までありがたい」
『稽古に付き合ってくれたお礼だよ。遠慮しないで』
「遠慮したくてもできひんかもしれん」
 四回目のおかわりに突入。他の団員たちが若干引いていた。
『こりゃ食費が大変そうだねえ』
「戦々恐々としてるよ」
 クリーチャーを倒しまくったりクエストをこなしまくったりして稼ぎまくるしかないな。もしくは買い食いを節制して自分たちで作るか、ミズキだけ毎日ビュッフェに行かせるか。そんなことを考えていると、虎松と数人の団員の顔つきが変わった。
『天井にひとつ、庭にふたつ。いけ』
 虎松が指示した直後、五名の団員が立ち上がって武器をとり、二名が残って天井を睨み、三名は庭に向かっていった。残った二名は長槍を天井に突き刺した。すると、くぐもった声と激しく暴れる音がした。団員の一人は動かず、もう一人が槍を引き抜いて刺してを数回繰り返した。槍に濃い赤色の液体が伝っていた。やがて、暴れる音はしなくなった。
「ひっ!?」
 ミズキが小さく悲鳴をあげた。虎松は気にする様子もなく、お猪口の酒をぐいっと煽った。
「こ、これはいったい……?」
『お疲れ様。庭の方はどうかな』
 虎松はコージの質問には答えず、庭に目を向けた。コージ達三人はただただ混乱するばかりで、何が起きたか分からない。
『落ち着いて。この屯所を探らんと忍び込んだ不届き者に制裁を与えているだけだ』
 別の団員がコージ達に歩み寄り、耳打ちしてきた。全く気配が無かった。
「偵察!? 屯所にですか!?」
『ああ。屯所には機密情報が多いからな。忍がたびたびやってくる。虎松殿は守護四天王の中で最も若いゆえ、ここ西屯所ばかりが狙われておる』
 若い大将が率いる集団なら仕事がしやすいだろうと、なめてかかっているということか。
『それが裏目であるとも知らずにな。若くして副団長となったからには、それだけの理由がある。虎松殿は槍術の腕ばかりに目が行きがちだが、最も得意とするのは敵の存在を察知すること。どれだけ気配を殺そうと、虎松殿の前では偵察は意味をなさぬのだ』
 庭に向かった三人の団員が戻ってきた。ひとつの亡骸と、ひとつの捕虜を連れて。捕虜は顔が血だらけで、脚は折れ、半殺し以上の状態だ。
『ご苦労様。きちんと調べたんだよね?』
『もちろんです。身に付けていた武器も、隠し持っていた毒も奪いました』
『口の中は?』
『は……? 口の中、ですか』
 ぐったりしていた捕虜が目をカッと開き、口を大きく開けたと思うと、強く歯を打ち鳴らした。ゴクリと何かを飲み込んだ捕虜は、急に苦しみだし、拘束していられないほど激しく暴れた。十数秒程その状態が続いたが、やがて動かなくなった。白目をむき、口からは泡を吹いていた。
『自決されちゃったね』
 虎松がゆらりと立ち上がった。捕虜を捉えていた団員がびくりとする。
『歯に毒を仕込んでいたんだろうね。身体は拘束されても、口さえ動かせれば服毒できるからね』
 亡骸を見やり、団員に歩み寄る。団員はぶるぶると震えている。そして、恐怖に顔を引きつらせている団員の目の前に立った。
『おしおきが必要だね』
 空気が揺れたかと思った刹那、虎松の膝蹴りが団員の腹に炸裂していた。団員はたまらず膝をつき、うずくまった。
『捕虜に自決されるような馬鹿は視界に入ってほしくないね』
 冷ややかな視線を向け、虎松は冷たく言い放った。そして、そのまま食堂を出て行ってしまった。うずくまった団員は、他の団員たちに抱えられて出て行った。
「なんか、えらいことになっちまったな……」
「さすがのウチも、この状況じゃご飯がノド通らへんわ」
『騒がしくしてすまなかったね。今日はもう休むといい。布団はもう客間に敷かせてあるから』
 先程耳打ちしてくれた団員が傍に寄ってきて伝えてくれた。うまい料理に舌鼓を打って楽しくすごしていた食堂が、血なまぐさい殺人現場に変わってしまっては、そこに長いしたいはずもない。コージたちは彼の助言に従い、客間で休ませてもらうことにした。
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