はじめてのボス戦 -16-

文字数 2,191文字

『待ってください! まだ何も御礼が……今すぐは無理ですけど、働いて御礼をしますから!』
「全く義理堅い子だな。それじゃ、ひとつ俺達のお願いを聞いてくれるか?」
『もちろんです! あたしにできることなら、何でもします!』
「それじゃ、君は学校に戻ること。お母さんに心配かけないようにな」
『そ、それは……あたしが働かないと』
「母ちゃん、仕事復帰するんだってよ! 学校も出てない状態で働くより、今はしっかり学校行っといたほうがいいんじゃねえか? お前が母ちゃんの分も働くのは立派だと思うけど、それって逆に母ちゃんに追い打ちかけてることになるんだぜ? 娘に学校辞めて働かせるなんて、嬉しいわけないだろ?」
『でも……』
『この方々の仰る通りよ、春香。大丈夫、これでもお母さんは研究所で中心メンバーとして働いてたのよ? これくらいのハンデ、どうにかしてみせるわよ。コージさんにフミトさん。水質研究所の同僚に、お二人に御礼をお渡しするように話を通しておきました。あとで受け取ってくださいね』
 何と仕事の速い母親だろうか。娘が依頼した男たちへの御礼まで先回りして準備していたなんて。これなら仕事に戻っても心配なさそうだ。

 母娘と別れ、コージ達は水質研究所に向かった。依頼を受けた水質環境研究棟五階の研究室に行くと、依頼者の田内が迎え入れてくれた。ソファーに座ると、田内は深々と頭を下げた。
『この度はありがとうございました。本当に助かりました。早速ですが、採取したサンプルを頂戴してもよろしいでしょうか?』
「はい。こちらです」
 コージは採取したサンプル十本を手渡した。
『確かに頂戴しました。お礼は後ほど送っておきますね。それと……』
 田内はカードを一枚取り出して手渡してきた。
「これは?」
『フリーパスです。これがあれば、タクシーもバスも無料で乗り放題です。街の移動に便利ですよ。このカードをかざせば、すぐにタクシーが来てくれますからね』
「そんなものを貰っちゃっていいんすか!?」
『ええ。翔子さんからの御礼ですから。僕、彼女の同僚なんです』
 ここで翔子の名前が登場した。彼女が言っていた同僚というのは、目の前にいる田内のことだったようだ。ということは、彼が翔子に現場復帰を促したということだ。
『あんなことがあって、翔子さんは一度は研究の道を諦めてしまったんですが……。日谷夫妻はこの研究所に必要な人材です。一郎さんは残念でしたが……せめて翔子さんには戻ってほしい。実験はできなくても、指示を出してくれれば我々が動きます。自分で文献を探したり調査したり出来なくても、我々が調べます。彼女には、彼女にしかない視点で研究を助けてほしい。そう伝えました。最初は断られていたのですが、あなた方が草原の主退治の依頼を受けてくださったことで、彼女の中で何かが変わったようです。昔のような情熱を感じましたよ。あなた方への感謝の気持ちも伝えられました。私からも言わせてください。本当に、ありがとうございました』
「これから翔子さんを支えてやってください。娘さんを学校に戻すので、生活できるだけの報酬出してあげてくださいね」
「それっす! 頼みますよ~。給料しょぼかったら、春香のやつ、また働くって言いかねない」
『僕は雇用する立場ではないですが、全力で上に掛け合います。尤も、彼女のこれまでの功績を考えれば安い対価のはずはないです。それに、そもそも重症を負ったのは業務中ですから、労災ですしね』
「それなら安心だ」
「そうっすね!」
「あと、別件ですが……。湖で戦ったヘドローパーが落としたヘドロ、この研究所に置いて行ったら役に立ちます?」
『そんな貴重なものお持ちなんですか!? くださいください! ぜひください!』
 田内が目を輝かせて乗り出してきた。ソファーの間に置いてあるテーブルで膝立ちしている。ドン引いたコージだったが、ヘドローパー討伐後に入手したサンプルヘドロを渡した。研究所に異臭が広がった。
『まじですかまじですか本物だ! 湖の底は意外に深くてヘドロを手に入れたくても叶わなかったんです! まさかこれまで手に入れてくださるなんて!』
 ソファーから避難したコージ達とは対照的に、田内はサンプルヘドロが入った容器を子供のように眺めている。室内にいた他の研究員たちもわらわらと集まっている。彼らもこのニオイは感じているはずなのだが。思わず顔を見合わせるコージとフミトだった。
「研究者って分かんねえなあ」
「俺も同じこと思ったよ。まあ、あのクソ臭いアイテムを手放せただけでも俺は満足だ」
 コージは一刻も早く手放したくて提案してみたのだが、研究員ズにとっては宝物のような扱いだ。持つ者が変われば、ここまで物の価値が変わるのだと思った二人だった。そんな二人の眼前に、「ランダムクエストを達成しました!」が流れた。
『研究が捗ります! これは依頼にしても誰も受けてくれなくて、もはや諦めて依頼を出すことすらしてなかったんです。まさか持ってきてくれる人がいるなんて! 後で追加報酬を送っておきますね! 金額は弾みますよ~!』
 久々のランダムクエスト達成だ。戦闘クエストを始める前は、ランダムクエスト目当てで早起きしてルナにログインしたこともあったが、その時はクエストは発生しなかった。それが、全く意識していない今になって達成とは、分からないものだ。
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