はじめてのボス戦 -15-

文字数 1,786文字

 街に戻った二人は、真っ先に日谷親子の自宅へと向かった。憎き敵を倒したという報告を聞いて、娘の春香は泣き崩れた。父の分も、自分が母親の翔子を守っていかなければと強く決意し生きていたが、彼女は学校に通う年齢の少女なのだ。その心に抱えていた葛藤や悲観は、他人が想像することなどできないだろう。
『お二人とも、本当にありがとうございました』
 嗚咽するばかりで言葉にできない春香に代わり、翔子が頭を垂れた。顔を上げると、部屋に飾った、家族三人が揃った写真を見つめて、優しい笑みを浮かべた。
『ごめんなさい、いま、替えのお茶を……』
 春香は目を赤くしながら、台所へと行ってしまった。彼女はしばらく戻って来なかった。
『夫の無念を晴らしてくださって、感謝の言葉もありません。夫だけでなく、他の研究員も。私以外はみんな殺されてしまったから……。みんなは帰って来ないけれど、敵を討ってくださって、みんなも浮かばれると思います』
「オレの矢にみんなの恨みも悔しさも全部込めてやっつけたんで、みんなの思いがあいつを倒したようなもんっすよ! あとは、春香たちが真っすぐ生きて行ってくれれば、それでいいっす」
『ええ。あの子には伝えていないけれど、あの子には学校に戻ってもらおうと思っています。あなた方が討伐に出た後、私が務めていた水質研究所の元同僚が来てくれて、研究に戻らないかと言ってくれたんです。この身体だから自分で実験はできないけれど、知識経験を継承していくことはできるからって。その話を受けてみようって思ってます。これ以上、あの子の人生を縛りたくはありませんから』
 翔子はその身を無残に引き裂かれても、夫を失っても、娘のために強くあろうとしている。母は強しだ。
「俺達にできることがあったら、遠慮なく言ってくださいね。もし街の外へ出るなら、護衛くらい引き受けますから」
「あとはザコな敵しかいねえから、俺達なら楽勝っすよ! ところで、話は変わるんすけど……」
 フミトがアームヘルパーから何かを取り出して、翔子に見せた。フミトの手のひらにあったのは、紫色の御守りだった。
「これ、草原の主を倒したときにゲットしたアイテムなんすけど、何だかよく分からなくて。御守りなのは分かるんすけど……」
『それ、見せてください!』
 前のめりになってフミトの手の中のそれを見つめる。その両の眼から、ぽろぽろと涙が落ちていく。
「え、翔子さん! どうしたんすか!?」
 翔子は嗚咽するばかりで、言葉を発することもできなかった。フミトが背中をさすってやるが、彼女の涙は止まらなかった。コージ達二人涙の意味が分からず、はおろおろするしかできなかった。翔子がようやく落ち着いた頃に、春香も戻ってきた。
『春香、これ、見て』
 翔子に促され、フミトの手の御守りを見ると、春香は口元を押さえて驚いていた。
『これって……あたしが小さいときにお父さんにプレゼントした御守り……?』
『ええ。お父さんね、肌身離さずずっと大切に持っていたのよ。一日の終わりに、今日も何事もなかったのは御守りのお陰だって言うのが日課みたいなものだったわ』
『お父さん……』
『亡くなったあの日も、お父さんはその御守りを身に付けていた。でも、その日は私も湖まで同行することになってしまって……その御守り、私に預けてくれたの。君にもしものことがあったら大変だから、今日は君に持っていてほしいって』
 父の一郎はキョトーオに殺されてしまったが、御守りを持っていた翔子は重症は負ってしまったものの、命だけは助かった。目を赤くした母娘が抱き合って、微笑みあった。
『春香が私を助けてくれたのね。ありがとう』
『お母さんが帰ってきてくれてよかった……』
 フミトはコージを一瞬見やり、コージが笑って頷いたのを確認すると、春香の手に御守りを置いた。
「ほら、これ」
『え……? いいの?』
「いいもなにも、もともとお前がプレゼントしたモンだろ。お父さんの形見だし、何よりお母さんを守ってくれた立派な御守りなんだ。お前から、母ちゃんに渡してやれよ」
 春香は母の右手を包み、御守りを手渡した。
『はい、お母さん』
『ありがとう、春香。これ以上心強い御守りはないわ。お二人も、本当にありがとうございます』
「いいってことよ!」
「それでは、俺たちはこのあたりでお暇しますね」
 立ち上がった二人を、春香が慌てて止める。
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