そうだ、転職しよう -8-

文字数 1,393文字

 水晶越しに全て見透かしたようなサチコに手を振られ、コージ達は店を後にする他なかった。旅立ちの不安は拭えないままだが、準備を進めるしかない。先程教えてもらった萬屋に足を運んだ。店の中は剣、杖、弓など一通りの武器と、中世の甲冑を思わせる鎧やローブなど一通りの防具が揃っていた。丁寧に商品が並べられた店内を、数人の先客が品定めしていた。
『はい、いらっしゃい』
 コージ達の入店に気が付いた店主が声をかけてきた。
『何か入用かい』
「この子が魔導士になったばかりなので、装備を揃えたいです」
『ほう、なるほどね。それなら杖とローブだな。まず、ローブから見繕ってやろう』
 店主は何種類ものローブの中から黒地のシンプルな一着を手に取り、リョウに差し出した。
『新米なら、このウィザードローブあたりが無難だな。金さえあればもっと上級者向けのローブも出してはやれるが、いまのあんちゃんじゃ役に立たねえだろう。装備は人を選ぶ。あんまり上等なローブを装備したところで、敵の攻撃から守る前に、装備にあんちゃんの力を吸われちまうからな』
 ウィザードローブを受け取ったリョウが袖を通す。シンプルだが、悪くない。
「うん、いいんじゃないか」
『俺も、うまく言えないけどしっくりくる感じがする。ローブはこれにするよ』
 どうやら気に入ったようだ。店主は次に杖を選んで手渡す。
『こいつはウィザードロッドだ。樫の木でできていて、軽くて丈夫だ。持ってみな』
 リョウは受け取った杖を高く掲げたり、まじまじ見つめたりしている。おもちゃをもらった子供のような目をしている。
『ふむ、問題なさそうだな』
「何がです?」
『武器は装備よりももっと使い手を選ぶ。合わない武器で無理やり戦えば、放った技が自分に跳ね返ってくることさえある。武器を選ぶときは慎重すぎる位が丁度いいのさ。持ってみて少しでも違和感があったら、止めといた方がいい』
 随分と恐ろしい話を聞いてしまった。ある程度レベルが高くないと装備できないという設定はゲームにありがちだ。ルナではレベルが低くとも装備はできるが、自分にとってマイナスな効果が現れる。しっかり胸に刻んでおこう。
『俺はたぶん大丈夫だと思う。こっちもうまく言えないんだけど……』
『そんなもんだ。自分に合わなけりゃすぐ分かるから、問題ないさ』
「それじゃ、装備の準備も完了かな」
『オッケーだ』
『まいどあり。また何か必要になったら言ってくれ。このコテツが見繕ってやる』
 入店時より旅人らしくなったリョウと共にコテツの萬屋を後にする。残るは薬屋だけだ。サチコも言っていたが、旅に出るなら薬も用意しておいた方が良い。そう思って薬屋に入ろうとしたのだが。
『あー。たぶん薬屋は大丈夫だと思う。母さんの性格上、多すぎる位に買いこんでそうだし』
 頭を掻きながらリョウが言う。なるほど、ありえそうだ。
「それじゃ、いったんマリさんのところに戻ろうか。もし必要だったら、また来ればいい」
 コージにとっても、リョウにとっても収穫の多い時間だった。出かける前より、少しだけ大人になったリョウを引き連れて、マリのいるロビーへと戻った。マリは会った時と同じくソファーに座っていたが、相違点が一つ。彼女の傍に、いかにも旅人という装いの、剣を携えた壮年の男が腕組みして立っていた。知り合いだろうか。コージ達が返ってきたことに気づいたマリは、リョウに駆け寄った。
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