イワト隠れ -10-

文字数 3,125文字

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〇月△日

神殿に行くと、驚愕の事実を知った。腕を斬
られた姿で亡くなっていたのは、村人だけで
はなかったのだ。
神官が数名犠牲になったと聞かされた。
巫女の腕を斬り落とし、大蛇に捧げた村人を
恨むのはまだしも、なぜ神官まで……。それ
より、仮にも神に仕え、聖なる力を宿すはず
の神官ですら、巫女の呪いに抗えないとは…
…。
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〇月△日

ついに、私と娘だけになってしまった。村人
は全員死んでしまったのだ。娘は、外から何
かが這っているような音がすると言った。
私は、娘をきつく抱きしめ、絶対に外に出さ
なかった。
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〇月△日

私は村を捨て、神殿に身を寄せた。
村長などという、もはや意味のない肩書は捨
て、神官となった。神殿にいた神官にも犠牲
者が多く出ており、四人にまで減った。アマ
ツテラス様、どうか我々を御守りください。
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〇月△日

神官が一人、神殿の外で死んでいるのが発見
された。右腕が無かった。
残った我々は、どうにか巫女の呪いから逃れ
る術を探すが、収穫は無い。書斎の文献を探
せば、何かしらの情報が得られるだろうが、
もはや村に戻る勇気は無い。
私は、なんと意気地なしなのだ。
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〇月△日

神官がまた一人犠牲になった。今度は、神殿
の中だ。神のお力が及ぶはずの神聖な神殿の
中だというのに……。
もはや、安全な場所など無いのか……。
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〇月△日

残った神官二人と、私、そしてマーシャは、
村に戻ることにした。
神殿の中が安全ではなくなった以上、ここに
とどまっていても死を待つだけだ。最後の望
みをかけ、私の家の書斎を調べに行くことに
なった。
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〇月△日

なんとか村に戻ってこれた。娘は、久々の我
が家でご機嫌だ。神官の女性に娘の世話を頼
み、私と、もう一人の男性神官とで書斎の本
を片っ端から調べることにした。
文献の解読には苦労したが、収穫があった。
あの大蛇はダラと呼ばれる山の主で、人間を
好んで食う化物だった。その牙は太く鋭く、
鋼のように固い鱗を持つ。
大昔に山に封印され、代々私の村の長――今
は私だが――が管理を担ってきた。
私は、父からも祖父からもそんな話は聞いた
ことがなかった。
これは想像だが、長い歴史の中で、ある代か
ら管理を放棄し、ダラの封印が放置されてし
まったのだと思う。
子供を恐怖させて、寝かしつけるための昔話
程度にしか思っていなかったのだろう。

封印を放置した結果、大蛇は目覚め、朝飯代
わりに村人を食らっていったのだろう。
……知らなかったとはいえ、村の皆には申し
訳ないことをしてしまった。
悔やんでも悔やみきれない。

だが、悔やんでもいられない。娘の命がかか
っているのだ。気を取り直して調べると、も
うひとつ重大な、そして、取り返しのつかな
い事実が分かった。
力のある神官や巫女を、ダラに取り込ませて
はいけない。神の聖なる力を邪悪な力に変え
ダラをさらなる化物――ナリカンダラに変え
てしまうからだ。そうなれば、誰にも手を付
けられない――。
私は絶望した。私が誓約を飲んだ。
私が巫女を達磨にした。私が……。

男性神官は、封印の方法を見つけていた。
だが、それはあくまでもダラの封印だ。
ナリカンダラとなった奴を封印などできるの
か。効き目があったとしても、私には到底で
きない方法だった。
ひとまず調査は終わった。私は娘の寝室に向
かった。そこには、娘一人だった。
女性神官に世話を任せていたはず。
娘に訊くと、便所に行ったそうだった。

待つ間、ベッドに腰かけ、娘とたわいもない
話をした。しばらく待ってみたが、女性神官
は一向に帰って来ない。気になって便所に行
くと、彼女は亡くなっていた。
左腕を失った状態で。娘を抱きかかえ、
私たちは逃げるように神殿に帰った。
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 一階のトイレにあった骨の正体が分かった。村長とともにこの家に来て、村長の娘の世話をしていた女性神官だったのだ。だから、あの骨は神官服を身に纏っていたのだ。そして、日記はいよいよ核心に迫ってきた。

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〇月△日

神官と口論になった。ナリカンダラの封印を
するか否かで意見が分かれたのだ。封印は、
村の長の血を引く者にしかできない。
そして、封印するには生贄を捧げる必要があ
る。ダラの封印であれば、村人を一人捧げれ
ばよい。だが、もう既に他の村民はいないし
仮にいたとしても、ナリカンダラほどの強力
な存在を封印するには、長の血が混じった者
を捧げねばならない。
そう、つまりは私もしくは娘を生贄に捧げる
必要があるのだ。幼い娘に封印などできるは
ずもない。となれば、私が封印を行わなけれ
ばならない。娘を犠牲にして――。
できない。私には……。
――――――――――――――――――――
〇月△日

神殿に偶然立ち寄った旅人が、右腕を失くし
た死体となって発見された。ついに、呪いの
影響が村や神殿の関係者以外にも及ぶように
なってしまった。
このままでは、世界中の全ての人間がナリカ
ンダラの餌食になってしまいかねない。神官
は私に決断を急げと言う。
私に選べというのか。
娘か、世界か、どちらをとるのか――。
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〇月△日

神官が死んだ。左腕を失くし、腹を抉られ、
恐怖に歪んだ表情で。とうとう、私と娘の二
人だけになってしまった。
もはや、娘を生贄にする理由などない。
このまま一緒に罰を受け、終わりにしてしま
おうか。諦めの感情で満ちた私を、幼い娘が
叱りつけた。

自分が良ければそれでいいなんて、ママなら
絶対に許さなかった。みんなのために働くの
がパパの仕事でしょ。私は、パパの役に立つ
なら何が起きても怖くない。殺されたみんな
のために、あの蛇のお化けを封印しよう。

そう言った娘は、やはり妻の子なのだと思い
私は泣いた。娘は、自分がどういう運命を辿
るのかを理解し、受け入れている。受け入れ
られなかったのは、私だけだったのだ。
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〇月△日

私は決心した。あの大蛇の化物を、永遠に封
印することを。最後に目に焼き付けるため、
そして妻の墓に寄るため、慣れ親しんだ村に
戻った。
米と野菜のみのささやかな料理で、娘と最後
の食事をとった。妻に詫びながら、墓を掘り
起こし、妻の骨を入手した。

娘を生贄に捧げ、私が奴を封じる。だが、娘
を一人にはさせない。文献には、生贄が多い
ほど、封印の力も強まるとあった。
私も一緒に生贄となろう。
寂しい思いはさせないからな。

この後、神殿でナリカンダラを封印する。
まず、我が娘マーシャの血の力で奴を呼び寄
せる。奴を封じるまじないを込めた箱に閉じ
こめるのだ。閉じ込めたら、妻の骨を使い、
鍵となるまじないをかける。
つまり、箱の内からは娘が、外からは妻が奴
を封印するのだ。
そして、最後に私の命を使い、外の封印を補
強する。完全な封印は叶わないまでも、アマ
ツテラスの力で神殿の外には出られなくなる
はずだ。

この日記は、万が一のためにこの村に隠して
おくことにする。もし、私たちの封印が失敗
してしまったら。
私たちの封印が解けてしまったら。
どうか、私に代わって奴を封じてほしい。
勝手を言ってすまない。私たちの後始末を押
し付けてすまない。私のためとは言わない。
どうか、犠牲になった者たちのために、そし
てこの世に生きる者たちのために、世界を守
ってほしい。

後の世を生きる者がこの日記を見つけ、力に
なることを切に願う。
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