はじめてのボス戦 -6-

文字数 2,395文字

 話を聞いている限り、依頼は春香の判断で出されたもので、翔子はそのことを知らなかったようだ。涙を浮かべる春香とは対称的に、被害者のはずの翔子は消極的な反応だった。
『そうは言うけど、そんな危険な依頼をお願いするのに、ただというわけにはいかないのよ? 何か御礼を出せるの?』
『すぐに大金は出せないけど、わたしが頑張って働く。何年かかっても、必ず払います!』
『もう……。私がこんな体になってからは、春香が学校を辞めて働いてくれてるんです。本当は学校に行かせたいんですけど……』
『貯金なんてほとんど残ってないんだもの、わたしが働かなきゃ。わたしのことはいいんです。でも、両親のカタキは絶対に取りたいの。お願いします!』
 小さな頭のつむじが見えるほどに頭を下げて懇願する。若くして厳しい境遇に置かれた少女の、人生をかけた願いだった。謝礼目的なら断るべきだが、人としてそこまで落ちるつもりはない。コージとフミトは目配せをして頷き合った。
「翔子さん。被害に遭った時のことを話していただけますか? お辛いでしょうが、敵を倒そうと思うなら、敵の事を知らないと」
『そ、それじゃあ……』
「心配すんなって! お父さんの敵は、オレたちが取ってやるから」
『ありがとうございます! 本当に……ありがとう、ございます』
 彼女の目から、胸に秘めていた透明な悲しみが流れていった。翔子は娘の表情を見て、思案した様子だったが、意を決した表情になった。
『お話しします。あの日の事を』
 翔子の話はこうだった。
 翔子と夫の一郎(いちろう)は、コージ達が先ほどまでいた水質研究所で働く研究員で、タスク湖の水質研究をするのが仕事だった。用心棒に警護してもらいながら定期的にタスク湖まで行くことがあったが、夫妻が研究所に勤めてから十年以上もの間、何事もなく湖を往来できていた。鉱山からの排水で穢れた自然環境をこれ以上悪化させまいと、日夜研究に励んだ。春香が生まれてからもその思いは変わらず、日谷夫妻は研究を続けた。春香はそんな二人を尊敬し、応援し、背中を押した。
 そんなある日、夫妻を含めた五名の研究チームで湖に向かった。もちろん戦闘経験のある戦士や魔導士の警護付きだ。その時も、現れるのは見たことのある弱いクリーチャーばかりで、心配はしていなかった。ところが。
『草原を歩いていると、草むらから頭が異様に大きい人型のクリーチャーが突然現れて、仲間を次々と襲っていったんです。警護をしてくださった戦士や魔導士も歯が立たず、無残に殺されていきました。私と夫は必死で逃げましたが、追い付かれてしまって……。夫は私を庇って……。そいつは今度は私を襲って、腕と脚を一本ずつ噛み千切りました。もう死ぬんだって覚悟した時、偶然自警団の平八さんが通りかかって、助けてくださったんです』
『お母さんは命は取り留めたけど、もうそれまで通りの生活はできなくなってしまったんです……』
 平八が駆けつけると、敵は分が悪いと判断したのか逃げて行ったそうだ。追って退治することもできたが、平八は翔子の命を助けることを優先し、大急ぎで街の病院に駆け込んだのだ。恐らくはアマト鉱山から下りてきて草原に住みついてしまったクリーチャーで、やがて草原の主とまで呼ばれる存在になったものと考察された。
 そのクリーチャーの名は、キョトーオといった。
 その一件があってから、、水質研究所は研究員が湖に赴くことを止め、クエストとして依頼するようになったのだった。肝心の敵だが、滅多に姿を現さなかった。日中にいくら平八が草原を歩き回っても、敵は出て来なかったのだ。仕方なく、平八はアマト鉱山から敵が降りてこないように夜間の警備を強化することにした。
 敵がどういう時に現れるのか、遭遇したことのある旅人や研究チームで何か共通点が無いか探したところ、その場にいた戦闘経験者のレベルが全員10から15の間だったことが分かった。だから、草原の主討伐のクエストは「Lv.10~15の方限定」だったのだ。タスク湖の調査依頼が「Lv.16以上推奨」だったのは、調査中にキョトーオに遭遇しないための配慮だったのだ。
『あとは……変な歩き方をする割に、動きがやたら素早かったってことくらいかしら。戦士の攻撃や魔導士の放った魔法が全然当たらなくて、反撃されてしまったわ。大きな頭に付いてる大きな口で噛みつくのが攻撃手段で、魔法は使ってきませんでした』
 攻撃を躱してカウンターをしてくる敵のようだ。翔子は続ける。
『ただ、レベルが10から15の間の戦闘経験者がいる場合に現れる、という件については、あくまでも推察です。その条件に該当しても、遭遇しなかった人たちもいるし……。もしかすると、天候とか気温とか持ち物とか……他に何か条件がある可能性もあります。なにせ目撃情報が少ないので』
『でも、他に手がないから、その可能性に賭けるしかないの』
 コージは脚を崩して、春香が淹れてくれたお茶を口に含んだ。タローのおじいさんが淹れてくれたお茶と同じ味がした。
「レベルが条件なら、俺達が行けば出てくる可能性はあるわけだな。出て来てくれれば、その条件が合っているかどうかはっきりする」
「一発で仕留めたいっすけど、攻撃の隙を突かれたらヤバそうっすね」
「そうだな、油断大敵だ。気を付けていかないと。じゃあ、そろそろ行くか?」
「うっす!」
 コージとフミトが立ち上がり、春香も立ち上がった。そして、深々とお辞儀をした。
『危険な依頼を受けてくださって、ありがとうございます。どうか、よろしくお願いします』
「ああ。お茶、ごちそうさま。美味しかったよ」
「いい報せを持ってくっから、大人しく待っとけよ。特に母ちゃんの方はな!」
 翔子は動かずにいてもらい、春香に玄関先まで見送ってもらった。幸せな家庭を壊した敵を倒すため、二人はアラハド草原へと繰り出していった。
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