神官を追って -10-

文字数 2,676文字

 コージ達はミズキが落ち着くのを待って、持っていた水と食料を渡した。ミズキの状態も、決して健康体というわけではないのだ。受け取ったミズキは、まず水をグビグビと飲み干した。そして、フミトから貰ったお菓子の袋を開け、ムシャムシャバリバリともの凄い勢いで食べ進めていった。ミズキが一通り食べ終わる頃には、二人が持っていた食料はほぼ尽きてしまった。
「すげえ食うな、お前」
 さすがのフミトも呆れ顔だ。さっきまで泣きじゃくっていたミズキは、二本目の水を飲み干してぷはあと息をついたところだった。
「そんなん言うたかて、水も食料も尽きてしもて、喉はカラカラ、お腹はペコペコやってんもん。生き返ったわあ、ありがとう」
「いくつか聞いてもいいか?」
 ミズキは、ええよ、とほほ笑む。
「まず、ここに来た後、何をしていたんだ? 解けそうな封印を、もう一度かけ直すために来たんだよな?」
「せやで。だけど、ウチが来た時にはもう、封印は解けてしもうてた。お婆ちゃん、棺の前で泣いとったで」
「泣いていた?」
「ウチも訳が分からんで、何で泣いとるん、て訊いたんや」
 危険な相手と聞かされていただろうに、なかなか無謀なことをする。
「お婆ちゃんな、昔のことをずっと後悔してて、呪いを解きたい言うてた」
「呪い?」
「お婆ちゃんの封印な、弱くなるたびに術をかけ直しされててんけど、お婆ちゃんにとっては長い長い孤独の繰り返しやねん。封印されてる間も意識はあって、何もできずに棺の中にいるしかできんもん。呪いかけられてるみたいなもんやで」
 話を聞いていると、開いたままの棺がずいぶん空虚なものに感じられた。
「お婆ちゃん、もし封印が解けて身体の自由が戻ったら、死ぬつもりやってん」
 コージもフミトも、これには反応せざるを得なかった。死に際の鬼婆とミズキの会話から、初めから殺されるつもりだったのだと、薄々は感じていた。知らぬ間に利用されていたのだ。だが、ミズキが守ろうとしていた相手を殺してしまったことに変わりはない。二人は後ろめたさを抱えていた。
「いずれ街にいって、あまり被害が出ないように暴れて、誰かに退治してもらうつもりやったらしいわ」
「被害が出ないようにって。街を火の海にしてやるとか言ってたが……」
「たぶん嘘やで、それ。そうでも言わんと、本気で戦わんかったやろ?」
「奴の掌の上で良いように転がされてたってことか」
「年の功やねえ」
 ここで、ずっと黙っていたフミトが口を開いた。
「オレ達の事、責めないのか?」
「責める? 何で?」
「だって、理由はどうあれ、命を奪っちまったわけだし」
 最終的に鬼婆を葬ったのはフミトの放った攻撃だ。コージよりもっと責任を感じていた。叱責されても、ひっぱたかれても仕方が無いと覚悟した顔をしていた。だが、ミズキの答えは全く違った。
「責めるわけないやん。お婆ちゃん最後に言うてたやろ? あんた達を恨むなって。だから、責めたりせえへんよ。むしろ、御礼言わなあかん。お婆ちゃんを助けてくれたんやから」
「助けたって……。オレは命を奪っただけで……」
「お婆ちゃんにとっては、それが救いやったんやって。お婆ちゃんにとって、呪いを解く唯一の方法が、退治されることやってん。ウチは、お婆ちゃんがそんなことせんでも助かる道を探そうとしたんやけど、結局何もできひんで、そのうち自分が倒れてもうて、逆に介抱されてしもた。介抱いうても、石にして時間を止めただけやけどね。やってくれるわあ、お婆ちゃん」
 ころころと笑って、フミトに笑顔を向ける。恨みも憎しみもない、素直な表情だった。
「せやから、ウチは二人に感謝してる。お婆ちゃんを助けてくれて、ありがとう」
 少し顔を赤らめたフミトが、照れ隠しのように頬を掻き、何も言わずに頷いた。本音を伝えてくれただけだろうが、仮に嘘だったとしても、ミズキの言葉でフミトの心は救われたに違いない。
 事情を一通り聞いて、コージには腑に落ちる点があった。鬼婆との戦闘中、なにか違和感を覚えていた。それがはっきりしたのだ。通常、クリーチャーと戦闘する場合は「クリーチャーが現れた!」というガイドが出る。草原の主キョトーオとの戦闘時など、ひときわ目立つ内容が表示された。それが、鬼婆の時は出なかった。おそらく、鬼婆には戦闘の意志が無かったのだ。抵抗する素振りは見せたが、もともと退治されるつもりだったのだから。
「そういや、これ。鬼婆に勝ったときにドロップしたんだけど」
 そう言ってフミトが取り出したのは、髪飾り。詳しく見てみると、単に防御力を上げるだけではなく、スキル持ちの装備だった。

――――――――――――――――――――
老婆の髪飾り
スキル:アンチサイレンス
失声状態を防ぐ
――――――――――――――――――――

 失声状態というのを初めて見たが、後で調べてみたところ、その名の通り声が出なくなる状態異常のことだった。これが影響するのは魔導士や神官で、その職業の人が術を使う場合は呪文を唱える必要がある。だが、失声状態だと声が出せないため、呪文を唱えられなくなる。つまりは魔法を使えなくなるのだ。ミズキにもってこいの装備だった。
「これ、お前が使えよ」
 フミトはミズキの手に髪飾りを置いた。
「貰ってええん? これ、あんたが手に入れたアイテムやろ?」
「いいよ。髪飾りなんて持ってたってオレは使わねーし。お前が持ってるほうが、婆ちゃんも喜ぶんじゃねーか?」
「……ありがとう。大事に使うわ」
「いいとこあるじゃないか、フミト」
「べ、別に……! オレが髪飾りなんてしてても、似合わねーっしょ!」
 照れてる。褒められ慣れてない奴を褒めるとこうなるのが、少し楽しく感じているコージだった。コージはコージで、身に付けていた腕輪を外してミズキに手渡す。
「これも受け取ってくれ。とりあえず俺が借りて装備してたけど、もともとはミズキに渡すようにカイミルさんから頼まれたものなんだ。だから、ミズキが付けてくれ」
「ありがとう! なんや照れるなあ。男の人から同時にプレゼントを貰ったことなんて無いから」
 少なくともコージの方は、もともとミズキのものになるはずだった装備を借りていただけなので、プレゼントではないのだが。喜んでいるところに水を差すのも悪いかと思って何も言わないでおいた。ミズキは受け取った髪飾りと腕輪をさっそく装備してみせた。
「えへへ。似合うかな」
「に、似合ってんじゃ、ねーかな」
「ありがとう。フミトは優しいなあ」
 何だかミズキに遊ばれているような気もするが、フミトは満更でもなさそうだ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み