イワト隠れ -6-

文字数 2,417文字

 一行は旅を再開した。暗がりに続く道を慎重に、だが急ぎ足で進む。文明が進んで、いたるところに街灯がある現実の世界では、何も見えない真っ暗闇は姿を消してしまっていた。太陽も月も星も街灯もない世界が、こんなにも恐ろしいとは知らなかった。今は、ミズキの光だけが唯一の救いだ。
 何者かの存在も、遠近感も、不明瞭。明かりはあれど、視覚だけに頼れる状態ではない。そうなれば、聴覚を研ぎ澄まし、かすかな音さえも逃さないようにするほかない。そして、三人の耳が音を捕えた。コージが唇に人差し指を当て、音を立てるなというサインを送る。二人が頷く。
 前。後ろ。右。左。どこから音はしているのか。草を踏むような音が、次第に大きくなる。すぐ近くにいる。そう感じ始めたとき、もう一つの感覚が変化を捕えた。
「うっ……」
 フミトがうめき声を漏らして鼻をつまんだ。ミズキとコージも、声こそ漏らさなかったが、鼻を塞いだ。そう、その変化とは異臭。嗅覚でも何かの接近を捕えたのだ。闇に負けない明るさで「クリーチャーが現れた!」のガイドが表示された。
 三人は武器を構えた。ミズキが辺りに光を向けて周囲を照らす。すると、草むらの中に隠れるように、こちらを見つめる黒い目が二つ。
「照らすで!」
 敵の全貌が明らかになった。これまで幾度となく戦ってきたグリーンワームのような形だが、茶と黒が混ざった気色の悪い体色で、目が無く、窪んでいるのが黒い目に見えただけだった。そして、全身の皮膚が爛れて溶けていた。敵の名前はゾンビワーム。言い得て妙のクリーチャーだった。
「みんな、いくぞ!」
 それぞれ武器を向けた時、背後からも物音がした。
「ちょ、待ち! 他にもでたで!」
 ゾンビワームがもう一体。挟まれた。幸い敵の動きが遅いため、態勢を組みなおす時間はある。
「フミトはミズキと一緒にそっち頼む! 俺は後ろのやつを相手する!」
「了解っす!」
「でも、明かりはどっちかにしか向けられへん!」
「フミトの方を照らしてくれ! 俺は新しい技を試してみる!」
 ルミナティソードを構え、闇に溶けてさらに怪しさを増したガーネットが鼓動する。闇の向こうで敵が動いたのを感じ、コージも動く。

 ― 衝光波 ―

 剣がまばゆい光に包まれ、風をまとった。意識せずとも勝手に動く身体に任せ、剣を振る。剣の光は大きな人魂のような形をとって剣から放たれ、嵐のような荒々しさで突き進んでいく。敏捷性に欠ける敵に躱す暇などあるはずもなく、光の衝撃波が派手に命中した。光が弱点だったらしく、苦悶の声をあげながら、ドロドロに溶けて消えていった。
 一方、フミト達も戦闘を開始していた。

「うりゃ!」
 フミトの矢が胴体に命中した。だが、既に朽ち果てた身体では、矢が刺さったところで動きを封じるのは叶わず、逆に攻撃を許してしまう。ゾンビワ-ムが何かを吐き出し、フミトの手に当たった。回避が間に合わなかった。
「な、んだ、これ……」
 急激な吐き気や眩暈に襲われ、フミトは膝をついた。視界が滲み、体中が燃えるように熱い。
「フミト! どうしたん!?」
 ミズキは驚愕した。敵が吐き出した体液に少し触れただけなのに、フミトの手は腫れ、紫色になっている。目の焦点は合っていない。
「少し待っときや」
 敵に向き直り、魔法の吹き矢を構える。ミズキの目に強い怒りが宿る。
「……あんた、フミトに何すんねん!」
 雷を帯びた吹き矢が閃光を放ちながら空気を切り裂く。微動だにする隙すら与えず、敵の頭に命中した。ミズキの感情を乗せた矢は、ゾンビワームの全身を雷で焦がし、敵はなすすべもなく消えていった。三人は戦闘に勝利した。
「フミト、どうした!」
 先に戦闘を終えたコージがフミトの異変に気付き、駆け寄る。フミトは地面に倒れ、荒い息をしている。この状態は、コージには見覚えがあった。
「敵の攻撃を受けて、こんな状態になってしもてん!」
「毒にやられてる。待ってろ、今毒消し薬を出してやる」
 毒消し薬を取り出し、急いでフミトに使用する。すると、瞬く間に回復し、フミトはうつろだった目をはっきり開けた。
「あれ、オレ……?」
「フミト! よかったあ」
 身体を起こしたフミトに、ミズキが抱き着いた。フミトがそこにいることをしっかり確かめるように、首に腕を回して、きつく抱きしめていた。
「お、おい、ミズキ! 苦しいって……!」
「心配したんやで、ほんま……。よかったあ」
「おいって……」
 顔を赤らめたフミトと目が合った。
「毒にやられたんだよ。俺の借りは返せたな。ミズキには借りを作ったみたいだけど」
 フミトは、コージの矢を吹く仕草で何があったかを理解した。毒に倒れた自分の代わりに、ミズキがクリーチャーを倒してくれたのだと。
「ミズキ。心配かけて悪かったな。あと、ありがと」
「うん……」
 フミトがミズキの背中に手をまわして、ポンポンと軽く叩いてやると、ようやくミズキは離れた。涙目で、よほど心配していたのだと分かった。
「コージさんも。おかげで助かりました」
「念のために、回復薬で体力を回復しておいた方がいいぞ。毒になると、勝手に体力が減ってくからな」
 フミトがプロフィールを覗くと、体力が168/250となっていた。
「半分切ってないくらいだから、まだ平気っすけど、回復しといた方が良さげっすね。回復薬二つ使わないと」
「もったいないから、とっとき。ウチが回復するから」

 ― クラル ―

 ミズキが呪文を唱えると、温かい光がフミトを包み、傷も腫れも無くなっていった。光が飛散するころには、フミトの体力は全快していた。
「すげー! 体力満タンだ! サンキューな、ミズキ」
「本当なら状態異常も治せたんやけど、さっきは慌ててしもて……。次はウチが全部治したるよ」
 さてと、とミズキが立ち上がり、先を照らす。
「先、進もうや」
 初めて自分でクリーチャーを倒したミズキの背中は、フミトに負けないくらいに頼もしくなっていた。
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