神官を追って -3-

文字数 1,727文字

 北屯所に到着した。ここから街に出てハンダ高地、アラハド草原を抜け、その先のアマト鉱山に向かう。屯所にいる平八や又五郎に挨拶していきたいところだが、急ぎの旅なので寄らずに外へ出る。食料は以前買い込んだもの――ほとんど菓子類――が大量にあるので、それで持ちこたえられる。まさかフミトの偏食行動がここで役に立つことになるとは。
 ザコ敵を蹴散らしながら、足早にハンダ高地とアラハド草原を抜け、タスク湖のある岩山が見えてきた。それに伴って赤い湖の異臭も鼻を刺激するようになる。好き好んで近づきたい場所ではないが、ここを通り過ぎないと鉱山には辿り着かない。
「ヘドローパーには気を付けないとな」
「コージさん、トラウマっすね」
「そりゃあ、あんな苦しい思いをすれば、な。息苦しさが本物だったぞ」
「そういや草原の主にタックルされた時は、オレも息が詰まったっすね」
「いや、それより噛みつかれてた時のほうがトラウマだろ。食い千切られてたんだぞ?」
「今思うとかなりグロい目に遭ってたんすよね……。けど、不思議と痛みが無かったんすよ。麻痺してんのかなって思ったくらいで」
 あれだけの重症を負って痛みがない? ありえない。コージはそう思ったが、思い返してみれば自分もそうだった。アイバットの炎やマンドラゴラの種攻撃など、キョトーオに比べれば大したダメージではないにしろ、全く痛みが無いのはリアルさに欠ける。仮想空間だから、と言ってしまえばそれまでなのだが。
「まあ、ルナまで来て痛みまで本物だったら、いくら宣伝してもルナを使ってもらえなさそうっすからね。半分は金稼ぎのためっすけど、半分は現実逃避みたいなモンだし」
 現実逃避した先でも痛い思いをするなら、逃避した意味が無いからということか。一理ある。コージたちは無料配布で機材を受け取ったから実感が薄いが、企業が売って利益をだすための商品だ。これだけ高度な技術が詰まった商品なら、安いはずがない。いくらルナの中で金稼ぎができるといっても、高い初期費用を出して現実逃避した先でも現実同様の痛みを感じたら、買ってもらえなくなる。
「そんなことより、早く進みましょ! ニオイがきつくて。痛みだけじゃなくて、臭いのも感じないようにしてくれたらよかったのに」
「同感」
 鼻を摘まんで、なるべく息を吸わないようにして湖を通り過ぎた。なんとか無駄な戦闘をせずにアマト鉱山の坑道入口に到着した。入らないように規制するつもりで張っておいたと思われる縄が地面に落ちている。誰かが――おそらくミズキが――外して中に入ったのだろう。
「気を付けて進もう」
 幸い坑道の明かりは生きていて、視界を確保しながら進めそうだった。過去に鉱夫が幾度となく吸い込んだであろう淀んだ空気が漂う中を足早に進む。人工的に作られた道ゆえに蛇行が少ないのはありがたい。アイバットがたまに仕掛けてきたが、今の二人にとっては敵ではない。軽くあしらって勝利を収めていた。
 開けた場所に出た。半月状に掘削された空間の弧の部分に三ヵ所の穴が空いていて奥に進めるようになっている。コージ達が入ってきたのは半円の直径側、その中心にあいた坑道。錆びついたレールが一本走り、三股に分かれて三ヵ所の穴にそれぞれ続いている。そして、そのレールの上には連結したトロッコが二台置いてある。
「これ、トロッコに乗れってことっすよね」
「ゲームならそうだな。だけど、アバターで動いている俺達は、別に従う必要は無い。だいたいこういうのって、乗ったら危険な目に遭うからな。ミイラ取りがミイラになったんじゃ意味がない」
「乗ってみたい……って言いたいとこっすけど、今は人助けが優先っすからね。けど、道は三つありますよ? 順番に行きます?」
「この先も分かれ道になっているかもしれないし、どれくらい奥に続いているのかも分からないからな……。何とかミズキが通った形跡を探して、探し回らないようにしたいけど……」
 足跡もなければ、ヘンゼルとグレーテルのようにパンくずと落としてくれているわけでもない。ノーヒントで一発で正解を当てるのは至難の業だ。悩む時間も惜しいのにどうしたものか。決断を迫られる二人の後ろに、何者かの影が忍び寄っていた。
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