イワト隠れ -9-

文字数 2,120文字

 次の日記は、二ページに渡って書かれていた。

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〇月△日

神官数名を引き連れて戻った頃には、夜も更
けて、日付が変わってしまっていた。こんな
に時間が経ってしまっては、巫女はもう殺さ
れてしまっただろう。
そんな私の予想は裏切られ、なんと巫女は半
身になりながらも大蛇に術をぶつけて戦って
いたのだ。
彼女には縁もゆかりもない村のために……
感謝してもしきれない。
なんとか加勢に入りたかった。妻と娘の恩人
でもあるのだ。だが、私が助けにいっても、
きっと足手まといになってしまう。
神官たちに何とかしてくれと頼んだ。
だが、彼らは巫女を見ているだけで、何もし
てくれない。巫女以上の力を持った神官はい
ないのだ。
そこへ、村人の男二人が様子を見にやってき
た。巫女の姿を見て、絶望し、へたり込んで
しまった。村は終わりだ、と一人が言った。
頭を抱えて打ち震える彼らに、何も言ってや
れなかった。巫女に加勢すらできない私には
この状況をどうすることもできないのだ。
諦めの空気が漂う中、神官の一人が私に耳打
ちしてきた。巫女を生贄に捧げて、大蛇と不
可侵誓約を結ぼう、と。私は反対した。家族
の恩人であり、ここまで村のために戦ってく
れた彼女を裏切るなどできない、と。
すると、神官はこう言った。
巫女はどのみち死ぬ。その時、大蛇も死んで
いるとは限らない。それならば、巫女を生贄
にするのが一番犠牲が少ない。巫女一人の命
で、村人全員が救えるのだぞ、と。
ぐっと詰まった私に、神官はとどめの一言を
ぶつけてきた。
村長は、村民を守るために、旅のパーティを
奴に食わせてきたではないか。それと、巫女
を生贄にするのと、何が違うのだ。

私は何も言えなかった。神官の言うことはも
っともだったからだ。彼女は、妻と娘の恩人
だ。だが、このままでは結局、妻も、娘も、
奴に食い殺されてしまう……。
神官は、私を無視して大蛇に言った。
村人を襲う行為を金輪際しないと誓約してい
ただけるならば、その巫女をあなたへの供物
にいたす。いかがか。大蛇は目を細め、
いいだろう、と答えた。
続けて、誓約の意志があるならば、その巫女
の腕をもぎ、達磨にして我の前に差し出せ、
と言った。
神官と村民の視線が私に集まる。巫女は首を
横に振っている。
私は……私は……

結局、私は村の安全をとった。村民の男二人
に、巫女の腕を切り、その身体を大蛇に捧げ
るように指示した。
村民は鉈で両腕を切り、虫の息の巫女を蛇の
前に置いた。巫女がこちらを見ている気がし
たが、目を合わせられなかった。
奴は巫女を丸呑みすると、満足そうに立ち
去って行った。
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 カイミルから聞いた通りの内容が、より詳細に書かれていた。必死に戦い、守ってくれた巫女への裏切りは許せる行為ではないが、決断を迫られた村長の苦悩が日記から読み取れた。
 目の前で二人の人間が溺れていたら、どちらを助けるか――誰しも一度は耳にしたことがあるであろう、究極の質問だ。村長は、恩人である巫女と、家族を含む大勢の村人のどちらを選ぶか――という究極の選択を迫られ、選んだのだ。一人の人間が守れるものなど、たかが知れている。何かを選び、何かを切り捨てる。人生は選択の連続なのだ。
「村長さんは、どうしたらよかったんやろな」
 ミズキの問いに、誰も答えられなかった。三人は無言で次のページを捲った。

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〇月△日

しばらく日記を書けていなかったが、久々に
筆を取ろうと思う。
大蛇は約束を守り、あれから一度も姿を見せ
ていない。多くの犠牲を払ってしまったが、
ようやく平和を取り戻せたのだ。これで、
よかったのだろうか……。
いや、よかったと思うしかない。
愛する妻と娘と一緒に食卓を囲めるのは、
平和になったからなのだから……。
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〇月△日

村の娘が行方不明になった。畑仕事に行った
まま姿を消したのだ。村人総出で山や森を探
すと、娘が発見された。
大蛇と巫女が戦った場所で、右腕を刃物で綺
麗に斬られた状態で。村の誰かの犯行か?
それとも、噂を聞いた旅人の仕業か?
どちらにせよ、許せぬ愚行だ。
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〇月△日

また村人が死んだ。森の中で、今度は左腕を
斬られていた。いったい、誰の仕業なのだ。
なぜ、せっかく訪れた平和を壊すような真似
をするのだ。
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 この日記が書かれてから、次の日記が書かれるまで、約一ヵ月もの期間が空いている。以降、日記の記録が毎日ではなく、二日置きや三日置き、一週間置きなどバラバラの日付で書かれていた。コージは重要そうなページだけ拾って読み進めた。

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〇月△日

妻が犠牲になってしまった。息子に続いて、
愛する妻まで……。
村人も大勢犠牲になり、今では私を含め十数
人が残るのみだ。私は確信した。
これは、巫女の呪いだ。
自分を生贄にしたこの村の人間を全て殺すつ
もりなのだ。明日、神殿まで行って相談して
みようと思う。
娘だけは……マーシャだけは、私の命に変え
ても守らねば……。
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