守護四天王 -11-

文字数 2,046文字

 大浴場も老舗旅館のような赴きある造りになっており、男が十人くらい並んだとしてもゆったり脚を伸ばせるほど広い。奥には露天風呂もある。温泉があるというのは事実だったようで、露天風呂の湯は、ただの水を沸かした風呂とは比べ物にならないくらい滑らかで柔らかい。硫黄のような匂いはせず、ほんのりと心地よい湯気が鼻腔を湿らす。湯につかっている腕や脚をさすれば肌がすべすべで、湯を肩にかければ熱が広がって疲労が溶けていくようだった。
「はあー。ろくでもないのが多かったけど、風呂は最高っすね」
「その悪口、聞かれてても知らないぞ」
「げっ」と言ってキョロキョロとするが、どうやら誰もいないようだ。ほっとしたフミトが口まで湯に浸かってぶくぶくと泡を立てる。行儀が悪いが、禍の元となる口が塞がるなら、これで良いのかもしれない。
「これ、付けてきちゃったけど、大丈夫だよな」
 左腕のアームヘルパーを見る。服は脱げるのに、アームヘルパーは外そうとしても外せなかった。だから、仕方なく装着したまま風呂に浸かることにしたのだ。仮想現実の中なのだから大丈夫だろうと、フミトがためらいなくお湯にダイブしたが何ともなかったので、抵抗はあったがコージも湯に浸かった。とは言っても、おっかなびっくりという感じで、なるべく左腕は湯につけないようにしていた。
「だいじょーぶっす! だって、ここルナん中っすよ? 防水加工くらいしてるっしょ!」
「そういう心配をしてるわけじゃないんだが……」
 ピントがずれた回答が返ってきて脱力し、コージはもう気にするのをやめた。仮にアームヘルパーが故障して現実に戻れなくなったところで、困りはしない。現実に戻ったところで、何の得も無いのだから。美味い飯が食えて、温泉に浸かれて、仲間がいるルナ。常に将来に悩まされ、贅沢ができず、孤独な闘いばかりの現実。どちらに居たいかなど、考えるまでもない。
「いい湯だな」
 左腕を除けば、何の違和感もなく温泉を楽しめる。それなら、今を楽しもう。コージは両手で掬った湯で顔を洗った。くたびれた肌に潤いが戻るような感触がした。

 風呂を出ると、二人分の甚平が用意されていた。着てみるとサイズぴったり、湯上りのほてった身体には丁度いい。髪を乾かしていると、男性団員が、
『食事の用意、できてますよ! 外に居ますから、準備ができたら食堂に向かいましょう』
と伝えに来てくれた。彼に案内されて到着した食堂は、老舗旅館の大宴会場のような場所で、畳敷きの室内に長いテーブルがいくつも並び、先に晩酌を始めた団員たちで既に宴会状態だった。なんと舞台まである。
『お、来たね。あんたたち、こっちに来て座んな』
 ミズキと並んで座っていたタケが手を振ってコージ達を招いた。彼女らの向かいに並んで座ると、女性団員がすかさず寄って来て、冷えたビールをコップに注いでくれた。ミズキの元にはオレンジジュースが届けられた。テーブルの上は準備万端とばかりに刺身やおつまみが並んでいる。
『温泉、良かっただろう? 東西南北とあるけれど、温泉付きの屯所はここだけさ』
「身体の芯まで温まる良いお湯でした」
「肌もすべすべっす! なんか十歳くらい若返った感じがします!」
『あははは! いい若いもんが何言ってんだ! だけど、そう言って貰えて嬉しいよ。さあさ、ぬるくなっちまう前に飲みなよ。もちろんお代なんて取らないからさ』
「じゃあ、お言葉に甘えて。乾杯」
「乾杯っすー!」
「乾杯!」
 三人はコップを鳴らし、そのまま一気に煽った。コージの喉に心地よい冷たさが流れ、麦の香りが鼻を抜けた。
『いい飲みっぷりだねえ! どんどん飲んどくれ。ミズキちゃんはオレンジでいいのかい?』
「うん。ウチ、お酒苦手やから」
『あいよ。無理して苦手なもん飲むことはないからね。だいたいのメニューは揃ってるから、欲しいものがあったら遠慮なく言っとくれ』
「ありがとうなあ。それなら、卵焼きと唐揚げ食べたいわ」
「飲み物の話だろが……」
 フミトが呆れているが、タケはツボに入ったようで、大笑いしていた。ひとしきり笑うと、オーケーサインをして、涙を拭いながら厨房に向かっていった。
「できれば今日のうちに平八さんのところに行きたかったけど、今夜はここに泊まりになりそうだな」
 そう言って、二杯目のビールでゆっくり喉を潤す。平八からの依頼は完了したので、後は報告がてら北屯所に向かって、亀丸から預かった手紙を渡すだけ。急ぎではないが、自分のところで業務フローを止めたくないという、長年の生活で培われた社畜精神が発揮されていたのだった。
「まあ、しゃあないんやない? 明日行けばええやん」
 豪華な刺身の舟盛りを一人で幽霊船に変えたミズキが、焼き鳥の皿を引き寄せて言う。
「脅迫されるばっかだったっすけど、ようやく肩の荷が下りて、最後は温泉にも入れたし。結果オーライっす!」
 あんなに帰りたがっていたのは誰だったのか。相変わらず調子のいい男だ。そこへ、大きな皿を持ったタケが戻ってきた。
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