イワト隠れ -20-

文字数 3,303文字

(はあ……。さて、この度はありがとうございました。ナリカンダラを倒してしまうとは、誠に天晴れ。もともと神の力を行使する巫女が、恨みの力で増幅した闇は、わたくしでも抑えるのが精いっぱい。このままでは、わたくしが本来治めるべき高天界にも悪しき力が及びそうになったので、鏡から離れて守りに集中したのです。そのせいで、あなた方の世界が闇に覆われてしまった。申し訳ないことをしました)
 なるほど。だいたいは予想していた通りだ。本筋からはずれるが、疑問に思ったことが二つ。
「話の腰を折って申し訳ありません。今更なのですが、護符を触ったとたんにあなたの声が聞こえるようになったのですが、どういうことですか。あと、最初にここに来た時に、俺が鏡を触ったら、あなたは消えてしまいました。何か失礼を働いてしまったでしょうか」
 特に後者が気になっていた。出てくるところだった女神を、また引きこもりにさせたのはコージの責任だったのだろうか、と。意図せずいじめの加害者になってしまった気がして、モヤモヤしていた。
(それは、わたくしと人々を繋ぐことができる護符です。それを持っていれば、わたくしからの言葉を人の言葉として受け取ることができます。何千年も前に人間に与えたものが、巡り巡ってあなた方の元に辿り着いたのでしょう)
 そんな歴史があるものを貰い受けてしまっていたのか。そして、そんな歴史のあるものを、タケはあんなにあっさりとコージ達に差し出したのか。神様と交信できる道具なんて、国宝どころか人類の秘宝レベルの代物だろうに。次に、二つ目の質問の答えが返ってきた。
(あの時わたくしが避難したのは、あの破廉恥女が近づいてくる気配を感じたからです。実は、あなた方が出て行った後、少し外を覗いたのです。思った通り、すぐにあの女がやって来て、見るもおぞましい呪いの舞を踊ったのです! 急いで隠れましたが、もう怖くて怖くて、出ていけませんでした)
 なんだ、そういうことか。自分のせいじゃなくてよかった――と一瞬思ったコージだったが。
「いや、違う違う」
 すぐに思い直した。
「いったいどんだけ迷惑をかけまくってたんだ、あの残念グラマラスは。いくらナイスバディでもあれは無理だ」
「へえ。フミトはああいうのが好みやったんやなあ」
「なんでそうなるんだよ!」
「どうせウチは貧乳やもんな」
「何の話してんだ! おいミズキ、遠くを見るな! 帰ってこい!」
 夫婦漫才を始めた二人は気にしないことにして、コージはアマツテラスとの交信を続ける。
「もうお分かりかと思いますけど、あいつは遠くに追い出したので、もう出てきても大丈夫ですよ」
(いえ、まだ神殿内にいるようです。入口の近くで止まっていますわ。嗚呼、どうして出て行ってくれないの!)
 いや、外が真っ暗だからだろう。亜香里はミズキよりレベルが高い神官なのだから、ミズキが使ったリヒターン――光を出して周囲を照らす魔法――を使えるはずだ。だが、場を引っ掻き回してくれたウズメを、わざわざ街まで送ってやる義理は無い。おそらくは――。

 その頃、イワト神殿の入口では。
「ほら、アタシ達が入口まで連れてきてあげたんだから、あとは一人で勝手にどこへでも行きなさいよ、クソ女」
「外真っ暗でなんも見えないじゃーん! これじゃあーしのダンスが見えないじゃーん! 明るいとこしか行ーかない」
「ああああムカつく……! そんなに見てほしいなら、あんたが燃えればいいのよ! イグニスショット!」
「いやーん、過激なファンまでついちゃって、あーしったら罪な女ー!」
「マイちゃんの攻撃を全部避けるなんて、あの子、意外と強いのかもしれないね」
「しかも踊りながら躱してますからね。もしや、回避率を上げるために、あえてあのような軽装を……?」
「ただバカなだけだろ」
 こんな会話が繰り広げられていた。

 場面は戻り、アマツテラスの間では。
「たぶん、あなたが出てきて世界が明るくなってくれないと、永遠にこのままですよ」
(うう……。出て行ったところで鉢合わせしないかしら……)
「もしウズメが戻ってきたら、オレが破魔金の矢をぶちこむんで安心してください」
 とうとう魔物扱いされたウズメ。だが否定はできなかった。
(分かりました……。ナリカンダラを葬ってくれたあなた方の言うことですからね。信じましょう)
 鏡にうっすらと光が集まっていく。光の鏡面となったそれは、内から外へと強烈な光を放った。

 世界に、太陽が戻った――。

 コージたちのいるアマツテラスの間の天井、天窓から眩しくあたたかい陽の光が差し込んだ。何時間かぶりの太陽光に目を細める。視線を戻すと、コージ達の前には、十二単のような着物を着た女性のシルエットの光があった。頭の中ではなく、その光の女性から直接声が聞こえた。
『人々には、大変迷惑をかけました。もう大丈夫です』
「出て来てくれてありがとうなあ。神様を助けられて良かったで」
 太陽がない間、ずっとコージ達の光になってくれていたミズキ。これで彼女もひと安心だろう。
「普段は意識してなかったけど、太陽があるってありがてえことなんだなって分かったっす。いつも照らしてくれて感謝っす!」
『人々の感謝や祈りが、わたくしの力となります。これからも、その気持ちを忘れずにいてくださいね』
 神様の力の源は人々の想い――か。物質主義の世界は無神論が幅を利かせる。だが、それが続けば、いつか人類は自分たちの行いの報いを受けることになる。今回はそれを学んだ。――失くしてからでは、遅いのだ。
『ところで、あなた方にお願いがあります。私の依り代たるこのマフツノ鏡を、あなた方の旅に同行させてほしいのです』
 耳を疑いたくなるような依頼が飛んできた。しかも、まさかの神様直々の依頼だ。さすがに誰も言葉を返せずに視線を交わすだけになってしまう。
『人々の憎しみや悲しみ、恨み妬みが詰まったこの神殿では、それらを糧とし手が付けられなくなった闇が、いずれまた押し寄せる。人々が遠のいてしまう場所にいては、わたくしの力は弱まるばかりです。ですから、あなた方の旅に連れて行ってほしいのです。神の風が吹き、海の彼方にある世界から波が幾重にも折り重なって寄せられる、美しい場所へ』
 重大な任務じゃないか。ただのパーティが背負っていい案件なのだろうか。そんな心中を察してか、どこか優しみを含んだ声で女神は言う。
『そんなに重く受け取らないでください。いずれはそのような場所に住みたいと思いますが、もうひとつ理由があります。わたくしは、外の世界を見てみたいのです。あなた方人間と同じ目線で、同じ思いを共有しながら。ですから、姿の見えない旅の仲間とでも思って、いつも通りに世界を歩いてくれれば、それで構いません』
 そう言われてしまったら、無下に断ることもできない。ましてや、太陽の女神の言葉だ。三人を代表して、コージが答えた。
「分かりました。それでは、鏡は持ち出させてもらいます。ミズキ」
「分かった」
 ミズキは自分のアームヘルパーにマフツノ鏡を収納した。それと同時に、光のシルエットは消えていった。
(よろしくお願いします。三人の英雄たち――)
 アマツテラスの気配も、一緒に消えていった。

 神殿の外に出ると、明るい陽射しが世界を照らし、草木はあたたかい緑を揺らしていた。ミズキはうーん、と背伸びをした。
「やっぱええなあ。明るくないと美味しいごはんも美味しく食べられへんわ」
「ほんとかよ」
「今日は頑張ったご褒美に食べ放題やな」
「だそうですよ、コージさん」
「まあ、今日はみんな大奮闘だったし、いいんじゃないか。普通の店に連れて行くより、食べ放題の方が代金がハッキリしてるからな。会計がいくらになるか心配しなくていい」
「ミズキが加わってから、オレらビュッフェしか行ってねえような気が……」
 こんな平和な会話ができるのも、三人が協力して危機を乗り切ったおかげ。レベルが低かろうと、一人じゃ出来ることは限られようと、みんな集まれば強敵にも負けはしないのだ。

 こうして、コージ達は光溢れる世界を歩き出した。


<第二巻につづく>
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