クエスト -1-

文字数 1,353文字

 楽しんでねと言われても、どうしたものか。慌ただしさが引いて、ぽつんと一人。いつもの自室にいるだけなのに、静けさが何とも物悲しく、イベントが終わってしまった後の会場に立った時のような虚無感に襲われる。
 テレビを付けてみた。いつものバラエティ番組……ではなく、コージ同様に左腕にアームヘルパーを装着し、その手にマイクを持った女性が映っていた。タレントなのかアナウンサーなのか分からないが、少なくともコージは見たことが無い人だ。
 ボリュームを上げる。画面の中の女性は走り出し、道の先の何かを指さした。
『あそこにいました! 依頼のあったワンちゃんです!』
 赤い首輪を付けた柴犬が、電柱の裏に隠れるように座っていた。怯える犬に構わず、彼女は犬の頭を撫でてカメラに向き直った。
『あとは、このワンちゃんを飼い主のところに送り届ければ、クエスト達成です! さ、早く行きましょ! さ、一緒に帰るよ、フォロー!』
 怯えていた犬が立ち上がり、彼女の後ろをピタリと付いて歩き出した。首輪にリードなど付けてはいないのに、まるで散歩でもしているような歩き方だ。
『ペット探しの依頼で、ペットを見つけたら、すかさずフォロー! この言葉を言わないと、せっかく見つけても逃げられちゃうかもしれないので、忘れずに言いましょうねー!』
 機械的に追ってくる犬をたまに振り返りながら、彼女はマイク片手に実況する。どうやら、クエストの説明をしているようだ。
 ベッドも、机も、テレビも、冷蔵庫も、家具の位置が全ていつも通りの自分の部屋。そんな中で、いつも通りでないテレビ番組の内容。現実と夢が巧妙に入り混じった世界の、唯一の特異点となったテレビの中を、コージは不思議な感情で眺めていた。
 やがてテレビの女性は犬の飼い主のところに到着したようで、声をかけている場面になった。和風の邸宅前に立ち尽くす壮年の女性が、オーバーなリアクションをして言う。
『まあまあ、シーバちゃん! 心配したのよ~! 帰ってきてくれてよかったわ~。見つけてくれてありがとうね。お礼はすぐお送りするわね。さあ、シーバちゃん、ご飯にしましょう!』
 壮年の女性は犬と共に自宅に入っていった。再びカメラ目線になったマイクの彼女は、アームヘルパーを操作しながら言う。
『はい、クエスト達成です! 達成したらすぐルナペイにチャージされるので、プロフィールを見てみましょう!』
 空中のメニューを操作し、プロフィールを開くと、所持金の部分が「¥3,000」となっていた。
『先程のクエストで3,000円がチャージされました! 人助けができて、お金も稼げて、もうサイコーですね! では、私は稼いだお金で、ちょっぴり贅沢なランチをしてこようと思いまーす! それではバイバ~イ!』
 画面が真っ暗になった。決められた内容――クエストの説明についてだけ見せたら、勝手に電源が落ちたようだ。町人に話しかけても同じ発言しか返ってこないのはゲームあるあるだが、それのテレビバージョンということらしい。
 あまりにも現実世界とリンクしているので、逆にどう動いていいのか分からなかったが、探してみればこうやってゲームを進めるヒントは隠れているのかもしれない。とりあえず家に居ても始まらない。コージは外に出てみることにした。
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