神官を追って -9-

文字数 2,502文字

『小賢しいことをする』
 空中で一回転して着地した鬼婆だが、着地点にはフミトの氷縛の矢でできた氷があり、そこを踏んだ鬼婆の左足が凍り付いた。氷縛の矢そのものが当たらなくても、氷に触れるだけで効力を発揮する技だったのだ。
『なに!?』
 この機を逃す手は無い。
「フミト、さっきの技の用意!」
「ラジャっす!」

 ― 瞬斬剣 ―

 コージが風のように駆ける。鬼婆はその場で小刀を構え、防御態勢をとった。――コージの狙い通りに。コージは構える鬼婆ではなく、その横を通り過ぎた。
『どこを狙っておる』
「狙い通りさ」
 コージは通り過ぎたのち鬼婆の背後に接近し、羽交い絞めにした。
『な……放せ!』
「嫌だね。フミト! あの技を出せ!」
『な、何を言っておる!? それでは貴様もただでは済まんぞ!』
 鬼婆は精一杯に暴れるが、両腕を拘束されている上に片足が凍り付いている状態では、さすがに逃れることはできない。
「ご心配どうも。あんたを倒すには、これが確実なんでね。フミト、頼む」
「……コージさん」
「心配するな、信じてくれ。俺も信じてるから」
「……了解っす」
『き、貴様ら、正気か!?』
 発狂して鬼婆になった老婆に精神状態を心配されるとはな。笑い話のようだが、コージは本気だった。いくら氷漬けになっても、その気になれば砕いて呪縛から逃げられる。実際、草原の主であるキョトーオは自ら氷を砕いて自由になり、フミトを襲ったのだ。下手に攻撃しても弾かれてしまう。それなら、コージは動きを封じることに専念し、攻撃はフミトに任せるのがベストだ。
「あんたに恨みはねえし、同情するとこもあるけど。人を石に変えちまうようなヤベェ奴をそのままにしておけないからな」
『……危険因子は葬るということか。どれだけ時が経っても、人間の傲慢さは変わらぬな。よい。ならば矢を放つがよい』
 鬼婆は抵抗をやめた。石になったミズキを見やって目を細めると、視線を戻してフミトを睨みつけた。
『さあ、やるがよい』
「言われなくても!」

 ― 破魔金(はまがね)の矢 ―

 金色に輝く矢が、ハレー彗星のように光の尾を引きながら鬼婆に向かい、そして胸を貫いた。その衝撃で、コージもろとも後ろに飛ばされた。
「コージさん!」
「だい、じょうぶだ」
 フミトが駆け寄ってコージの肩を支える。フミトの矢に貫かれたが、後ろに弾き飛ばされた以外は特にダメージは無いようだった。
「半分は賭けだったけど、思ったとおり、味方からの攻撃は当たってもダメージにはならないみたいだ」
「よかったっす……。コージさんのことだから、何か考えがあるだろうとは思ったけど、さすがにヒヤヒヤしたっすよ」
 鬼婆には攻撃がこれ以上なく効いているようで、仰向けに倒れたままだ。反撃してくる様子もない。緊張を解いた二人だが、背後から物音がした。振り返った先には。
「あれ、ウチ……。ここは……?」
 石にされていたミズキの石化が解け、起き上がってキョトンとしていた。
「せや! お婆ちゃん!!」
 急に起き上がったと思えば、眩暈を起こしたようにふらついた。フミトが慌てて走り寄って身体を支えた。
「おい、無理すんな。お前、今まで石にされてたんだ」
「あなた、誰……? それより、お婆ちゃんはどこ?」
「お婆ちゃん?」
 キョロキョロと見まわし、そして、驚愕の表情を浮かべた。
「お婆ちゃん!!」
 フミトを半ば突き飛ばす勢いで走り出し、駆け寄った。――仰向けに倒れている鬼婆のもとに。
「しっかりしいや、お婆ちゃん! お婆ちゃん!」
『……全く、最後まで、姦しい、小娘だねぇ』
 虫の息の鬼婆が呟く。その声に邪気はなく、それどころか温かみさえ感じた。仕えた家の姫と接していた頃のように、温かい眼差しをミズキに向けている。この状況が理解できないのは、さっきまで戦闘を繰り広げたコージ達二人だ。
「どういうことだ……?」
 ミズキは涙を零しながら鬼婆に抱き着いている。自分を石に変えた相手である敵に。潤んだ目をコージ達に向けて、ミズキは言う。
「あなたたちがお婆ちゃんを……?」
『……そこにいる、若造たちを、恨むんじゃ、ないよ』
 ミズキに応えたのは、鬼婆。力なく上げた手で、ミズキの頬を撫でる。
『儂が、こうするよう、仕向けたんじゃ。これが、最善だから、な』
「そんな、ウチが絶対何とかする言うたやないの!」
『何日も、飲まず、食わずで、倒れたくせ、よく言うわ』
「まさか、それでウチを石に……?」
『そう、だ。石になれば、餓死することは、ないからな』
「お婆ちゃん……」
 頬にあてられた鬼婆の手を握り、大粒の涙を老婆に落とす。ミズキにほほ笑むその顔は、鬼婆などではなく、優しい乳母としての顔だった。ぐぅ、と唸った老婆を見て、ミズキの握る手の力がより強くなる。
『これで、いいんじゃ。儂は、もとより、そのつもり、じゃった。どこかで、終わらせねば、ならぬ。儂が、いつまでも、この世にいては、ならぬのじゃ。永遠の孤独も、ようやく終いじゃ』
「いや、いや……! お婆ちゃん……」
 自分の手を握って嗚咽するミズキを優しく見やると、眼差しをコージ達に向ける。さらに細くなった声で懇願する。
『この子に、水と、飯を、与えて……おくれ。たの、む』
「……わかった」
 コージの返事に安心したように瞬きをすると。
『謝罪は、不要じゃ』
 コージの心を見透かしたようにそう言った。そして、自分のために涙を流しているミズキに、また優しい眼差しを向ける。
『彼らと、ともに、お行き。最後に、お前の……温かみに、触れられて、よかった』
 老婆は目を閉じた。ミズキの手から、老婆の手が落ちていった。
「お婆ちゃん……。お婆ちゃん……! うう……。あああ……」
 鼓動を止めた老婆の胸に、ミズキは泣き崩れた。全身を震わせて、老婆のために頬を濡らした。コージはそっと両手を合わせ、フミトもそれに倣った。コージは過去の自分と重ね、せめて彼女の死後が穏やかであることを祈った。
 老婆が淡い光になり、ミズキとの別れを惜しむようにゆっくりと消えて行った。空気の読めない「戦闘に勝利した!」のガイドの後、ドロップアイテムがフミトのアームヘルパーに吸い込まれていった。

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