イワト隠れ -16-

文字数 2,417文字

『ガアアアア!』
 直後、生離姦唾螺がおたけびを上げた。予想以上に粘るフミト達に業を煮やしたのか、防御をやめ、六本の腕を広げ、手の先から術を乱射した。黒く染まった闇の球体や雷が激しく打ち出され、フミト達は回避行動に移った。

 ― オビシェル ―

 亜香里が結界を張り、襲い掛かる暗黒の猛襲から必死に仲間を守る。その中には、フミトとミズキも入っていた。
「ぐぅ……! 長くはもたない……!」
 結界を張る手が震え、冷汗を流している。六本の手を交互に使って術を放っているため、敵の攻撃に隙間がない。結界から出ようにも、結界を覆うように黒い雷が駆け巡っていて、無傷では出られない。
「くそ!」
 フミトが結界の中から矢を放つが、闇に焼かれて消滅してしまった。マイも魔術を放つが、同じく消滅してしまい、反撃の糸口すら見い出せない。
「ああもう、イラつくわ! ところで修二は? あいつ、どこ行ったのよ!」
「分かりません。それより、何か策を考えないと。このままでは亜香里さんが倒れてしまう!」
 呪術に加え、尾による物理攻撃も放ってきている。結界にヒビが入り、蜘蛛の巣が張ったようになる。
「もうアカン!」
「ミズキ、離れろ!」
 ミズキが叫び、フミトがミズキを庇ったその時。

 ― スモークボム ―

 修二が突然、生離姦唾螺の目の前に現れた。そして、奴の目の前に煙幕を打ち出し、視界を奪った。
『ウオオ!』
 二本の手で目を覆い、集中が切れた。敵の猛攻が止まった。それが合図だったかのように、亜香里の張った結界が割れて飛び散った。
「フミト、ミズキ!」
 コージは敵に向かいながら、二人に指示を出した。声には出さず、ジェスチャーで心臓を狙えと伝えた。二人は頷いた。
「おれ達も!」
「分かってる!」
 マイと豪が加勢する。一気に畳み掛ける!

 ― 大木斬(たいぼくざん) ―

 その名の通り大木すら切り倒さんばかりの一撃を豪が放った。敵の左腕、目を押さえていない二本が同時に切り落とされた。

 ― ウェントスカッター ―
 ― フルメトラベム ―

 マイが攻撃魔術を二つ同時に放った。鋭い風の刃が皮膚を切り裂き、続いてマイの指から放たれた稲妻が焦がし尽くす。敵の右腕二本も使い物にならなくなった。
『イイイイイ!』
 残った二本の腕を向け、掌に闇の球体が集まる。ところかまわず術を放つ気だ。だが、そうはさせない。

 ― 火炎剣 ―

 コージは炎を纏ったルミナティソードを振り、右腕を焼き落とした。
「おっと。俺を忘れてんじゃねえよ」

 ― スティールエッジ ―

 コージに合わせて修二がタガーを振るった。最後に残った左腕もボロボロになって落ちて行った。そして、光が修二のアームヘルパーに吸い込まれていった。スティールエッジは攻撃した相手からアイテムを盗むことがある技。ちゃっかり何かを掠め取ったらしい。
「ついでにアイテム貰ってやる」
 修二はニヤリと笑うと、敵を蹴って距離を取った。これで、奴の腕は全てなくなり、女の頭と身体が付いただけの大蛇になった。
「フミト! ミズキ!」
「準備オッケーっす!」
「行くで、フミト!」
 六本の腕を奪ったいま、魔術で邪魔されることはない。フミト達は息を合わせて矢を放った。氷と風が合わさり、吹雪となった矢が心臓目掛けて放たれた。いける。その場にいた全員が勝利を確信した。だが、敵はまだ諦めていなかった。
『ブワア』
 大きな口を開けたかと思うと、奴はなんと口から暗黒の光線を放ってきた。これまでの比ではない強力な攻撃は、吹雪の矢と衝突し、あっさりと吹雪を飲み込んでしまった。
「まじかよ!」
 フミトはミズキの腕を引いて走り出す。
「フミト!」
「バカ、やめろ!」
 修二の制止も聞かず、コージは二人のもとに掛けた。だが、光線はコージを追い抜き、フミト達を容赦なく襲った。
 轟音。噴煙。黒い火の粉が舞い上がる。光線が着地した床は黒く焼け焦げており、そこに居たはずの二人の姿は無い。
「まさか……消し飛んだのですか」
「う、嘘でしょ」
 豪とマイの声が、ずいぶん遠くから聞こえた気がした。時間が止まってしまったようにも思えた。
『ブワア』
「おい、感傷に浸ってる場合じゃねえぞ! 次が来る!」
 修二の一言で、豪達は散って退避した。コージは仲間を失った喪失感で、立ち尽くしたままだ。煙が晴れたら、フミトがひょっこり出てくるんじゃないか。ミズキが緊張感無く空腹を訴えてくるんじゃないか。そんな期待をよそに、煙が消え、火の粉も消えた。二人の姿は無い。
「おい……冗談やめろって」
 前にも、フミトが死んだふりをしてコージを騙したことがあった。草原の主キョトーオを倒した後、直前まで重症を負っていたフミトが、コージを驚かせようと息を止めていたのだ。いつもの悪ふざけ。だが、そんなことはもうしないと約束した。それなのに、姿が無い。もう、いない。――また、一人になってしまった。
『ガア』
 容赦のない攻撃が放たれた。抵抗する気力も無くなってしまっているコージ目掛けて。コージの背後から黒い闇が迫る。
「あんた! 躱しなさいよ!」
 マイの絶叫は、耳を通り過ぎただけで、意味のない音にしかならなかった。そして、生離姦唾螺の放った光線が、コージを容赦なく襲った。再び轟音とともに噴煙が上がる。闇が全てを焼き尽くす。
「そんな……」
「勝手に……死んでんじゃない……わよ」
 亜香里が口元を押さえ、マイが悔しそうに声を震わせる。
「おい、お前らもああなりたくなかったら、シャキッとしろ」
「すぐにまた攻撃してきます!」
 男たちは武器を向け、次の攻撃に備えている。動けずにいる女たちに比べて非情なようだが、そうでなければこの場は斬り抜けられない。敵の前で甘さは命取りだということを、彼らはよく分かっている。
「助かりてえなら、立て。悪いが、庇っちゃやれねえぞ」
「とはいえ、有効打が無いこの状況、どうしますかね」
『ブワア』
「どうやら、考える時間は与えてくれねえらしい」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み