イワト隠れ -3-

文字数 2,438文字

 北屯所へと戻り、街の外へと出た。クエストは何も受注していないが、ハンダ荒地やアラハド草原で少しでも戦闘をしようか。そんな相談をしていた三人を、屯所を、世界を、闇が包んだ。
「な、なんや!?」
「いきなり夜になった!?」
 突然のことだった。さっきまで温かい太陽に包まれていたはずの世界が、一寸先も見えないくらいの闇に覆われた。何が起こったのか、分からなかった。

― リヒターン ―

 強い光。思わず腕で目を覆うほど、それはすぐ近くから発せられていた。
「ミズキ!? なんだ、それ」
 光源はミズキだった。ミズキの手のひらから、まばゆい光が発せられていた。
「明るくする魔法使たんよ。暗くてなんも見えやんし」
「便利だな、お前」
「せめて魔法が便利や言うてくれん?」
 こんな時でもこの調子だ。ブレない。おかげで、コージは慌てず落ち着いていられた。
「ミズキ、助かった」
「どういたしまして。せやけど、いったいどうしたんやろ? 突然暗なって」
 そう、真っ暗なのだ。暗雲で世界が覆い隠されてしまったかのように、光が消えてしまったのだ。ただの闇ではなく、そこにいるだけで心が凍っていきそうな、冷たい暗さだった。さっきまで天高く昇っていた太陽は、今はもうどこにも見えない。街中ならまだしも、街灯ひとつない外では全く何も見えない。ミズキがいなければどうなっていたか。
「皆既日食……にしては、暗くなるのが一瞬だったよな」
 太陽がゆっくり欠けていったのではない。まるで太陽が突然無くなってしまったかのような一瞬の暗黒だった。
「フミトには悪いが、これじゃ戦闘どころじゃないぞ」
「ミズキがいなかったら右も左も分からなかったっすもんね。いったん屯所に戻ります?」
「それしかないな。ミズキ、先導してもらえるか?」
 どこからか電子音がした。
「ちょい待ち。通信や」
 電子音はミズキのアームヘルパーから鳴っていた。
「もしもし?」
(カイミルです。ミズキ、いま話せますか?)
 ヴェルナ神殿の大神官カイミルから電話だったようだ。コージも一度、フミトから電話がかかってきたことがある。その時は電子音ではなく、通話をするかどうかのガイドだった。音も出せるのか。
「いま外におんねん。今な、外が真っ暗になってしもて……。街に戻ってからじゃあかん?」
(そのことで話したいのです。街も突然闇に覆われてしまい、みなパニックになっています)
「カイミルさん、コージです。何が起きているのか、ご存じですか?」
(はい。神託がありました。それを伝えたくて、ご連絡したのです)
「神託やて!? カイミルさん、どういう内容なん?」
(“蛇の化身たる巫女が目覚め、太陽の化身は鏡の中へとその身を隠す。そして世界は闇に包まれる”――神はそうおっしゃっていました)
「蛇の巫女? 鏡? なんやよう分からへんな……」
「カイミルさん、その神託がどういう意味なのか、分かりますか?」
(順を追って説明します。あなた方はイワト神殿という、いまは誰もいなくなってしまった廃神殿をご存じですか)
「イワト神殿……街の東の果てにあって、マフツノ鏡が納められていると聞いたことがあります」
(よくご存じですね。イワト神殿には神聖なるものと邪悪なるものが同時に祀られています。神聖なるものは、太陽の化身たるアマツテラス。邪悪なるものは蛇の化身たる巫女、生離姦唾螺(なりかんだら)
「神聖な方は分かるけど、なんで悪い奴まで祀ってんすかね」
(巫女の怒りを鎮めるためです)
 三人は目配せをする。まだ誰もカイミルの話を理解できていない。浮かんだ疑問はいったん飲み込み、カイミルの言葉に耳を傾けることにした。

 もともとイワト神殿は、多くの神官を抱える聖なる神殿だった。太陽の化身アマツテラスが宿ると信じられているマフツノ鏡が安置され、丁寧に祀られていた。
 話は変わり、イワト神殿の近くにあるとある村には、村民を苦しめる大蛇が出た。その大蛇は己の気が済むまで村民を食らい、家屋をいたずらに壊し、自分に恐怖する村人を見て楽しんでいた。村民たちは藁をもつかむ思いでイワト神殿に助けを求め、事情を話した。話を聞き、イワト神殿で最も力のあった一人の巫女が、村民を助けるべく大蛇討伐に向かった。巫女は懸命に戦ったが、不意を突かれ、大蛇に下半身を食い千切られてしまった。半身になっても、彼女は村人のために死力を尽くした。だが、巫女の分が悪いと知った村民は、彼女を生贄として差し出す代わりに村に危害を加えないようにしてはくれないかと大蛇に話を持ちかけた。大蛇は承諾し、村民たちはあろうことか彼女の腕を切り、抵抗する術をもたなくなった彼女を蛇の餌にした。それ以降、蛇は約束を守り村には近づかなくなったため、村は平和を取り戻した――ように思えた。
 ある日を境に、村人たちが一人、また一人と姿を消した。村中で捜索したところ、彼らは森や山の中で死んでいた。その顔は恐怖に歪み、腕が千切られて無くなっていた。そして、不思議なことだが、イワト神殿の神官たちも姿を消し、村人同様の亡くなり方をしていた。後で分かったことだが、巫女を大蛇に差し出すように仕向けたのは、他でもないイワト神殿の神官たちだった。自分たちが望んでも届かない強い力をもった巫女への妬みがそうさせたのだった。
 村民と神官の一連の死は、怨霊と化した巫女――生離姦唾螺の呪いによるものだと感じた残りの者たちは、必死で生離姦唾螺を鎮める方法を探した。方法を探しているその間も死者が増え、ついには神官一人だけになってしまった。神官は、自分ひとりになってしまったイワト神殿に生離姦唾螺を祀った。アマツテラスの力を借りて悪しき巫女を封印しようと考えたのだ。その直後、神官も命を落としてしまい、神殿には誰もいなくなってしまった。
 こうして、イワト神殿は廃神殿となり、アマツテラスと生離姦唾螺の大きな力がぶつかり合い、神聖な力が相殺され、クリーチャーが自由に入り込むダンジョンとなってしまったのだった。
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