そうだ、転職しよう -12-

文字数 1,613文字

『ちなみに、その剣は選んだ持ち主に対しては嫉妬深いようでなあ。売っ払おうとした奴は剣が勝手に動いて首と胴体が離れちまったとか、他の剣を買おうとした奴はこれまた剣が勝手に飛んで串刺しになったとか、いろいろあるみたいだぜ』
 それはもはや呪いじゃないだろうか。そして新しい足元の見られ方だ。むしろ脅しとしか思えない。コージは鉄の剣へと伸ばしていた手を引っ込めた。
「買いたいのはやまやまなんですが……そんな大金、持ってないです」
 脅されたところで、無い袖は振れない。そもそも、コージがルナを始めたのは現実世界でも使える金をメタバースの中で稼ぐためだ。メタバースの中でしか使わない道具のために借金していたら本末転倒だ。
『まあ、そうだよな。貴族でもねえのにぱっと大金出せる奴なんてそうそういねえし、まともに戦ったこともねえ戦士見習いが持つには釣り合わねえ代物だ。そこで、取引だ。あんたに仕事を依頼したい。依頼を受けてくれたら、その剣は譲ってやるよ』
「譲るって……お代を払わずにその剣をいただけるということですか?」
『おうよ。ただし、依頼はそれ相応の危険を伴うぜ』
「具体的には……?」
『あんたに宝を三つ取ってきてほしい。一つ目は、イオツミスマル。メノウでできてる勾玉だ。この街のはるか北にあるアマト鉱山の最奥に隠されてるんだが、トラップだのクリーチャーだのに阻まれて、誰一人として最奥に行けたやつはいない』
 一つ目からして危険度が半端ではない。コージは唾を飲んだ。
『二つ目は、マフツノ鏡。東の果てのイワト神殿に納められている。神殿といっても、神官なんて一人もいねえから、入り放題だ。クリーチャーまで入り込んでるくらいだからな。本当は神官達も中に入ってマフツノ鏡を持ち帰りたいようなんだが、クリーチャーが邪魔で入れないらしい』
 神聖ではなくなった神殿とはいえ、不法侵入して良いものか。火事場泥棒のような真似をして、宝を盗んで良いものか。道徳的にはアウトだが、メタバースの中だし構わないか、と思ってしまう自分がいる。
『最後は、クサナギノ大刀(たち)。街の西をずっと行った先の森の中にミナモの塔ってのがある。そこのてっぺんに安置されているらしいが、例のごとくクリーチャーだらけだ』
 この世界の聖域管理はどうなってる。ことごとく魔物だらけじゃないか。フィクションとはいえツッコまずにはいられなかった。それはさておき。
「全部初心者には難しそうな場所にありません……?」
『だから危険が伴うと言ったろうが。まあ、強制はせんよ。剣の餌食になるか、危険な冒険に出るか、好きな方を選んだらいい』
 完全に脅された。どっちを選んでもゲームオーバーじゃないだろうか。コージは萬屋に来たことを激しく後悔した。剣を放り出してダッシュで逃げれば何とかならないだろうか。剣を商品棚に置こうとしたが、急に剣が重たく感じ、ガーネットの赤にどす黒さが混じったように見えた。ぶわっと鳥肌が立った。剣から手を放したら、命はない。直感的にそう感じた。
『言った通りだろう? 悪いが手を放すなら外にしてくれ。あんたの血で商品を汚したくねえし、あんたの死体を片すのも面倒だからな』
「店の心配より、俺の命の心配してもらえません?」
 コテツはくくく、と笑った。
『そうビビるな。その剣はあんたに預けておいてやる。依頼だって、今すぐやれって言ってるわけじゃない。宝を持ってくるのは三ヵ月先でいい。戦闘クエストでもこなしてレベルを上げてから挑んでくれや。どうだ、それならできるんじゃないか?』
「三つの宝を渡す前に、この剣を受け取っても良い……と?」
『ああ。持ち逃げしやがったら、地の果てまでも追いかけて胴体真っ二つにしてやるから、よからんことは考えるなよ』
「あなた自分で宝取ってきた方が早いんじゃ?」
 急に目つきが鋭くなり、下手な旅人より強そうな殺気を出してきたコテツは、本当にただの商人なのかと疑いたくなる。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み