イワト隠れ -15-

文字数 2,816文字

「むん!」
 豪の振った斧と敵の剣がぶつかる。
「はあっ!」
 フミトの氷縛の矢と敵の矢がぶつかり、凍り付いて相殺される。
「食らいなさい!」
 マイの攻撃呪文と敵の呪文が衝突して小規模の爆発が起こる。
 三人を同時に攻撃しても、全て対処されてしまう。だが、三人の攻撃で、敵のすべての腕が塞がった。コージはこの機を逃さなかった。
「がら空きだ!」

 ― 瞬斬剣 ―

 コージの技の中で最も迅い技。ただでさえ腕が塞がった状態の敵に防ぐ術はなく、敵の胴体にクリティカルヒットした。だが――。
「ぐっ! 硬い!」
 コンクリートでも相手にしているのかと思うほど硬かった。攻撃を仕掛けたコージの腕が逆に痺れてしまいそうだった。
『カカカ……』
 ニカリと笑った敵の口は、口裂けレディに負けないくらいに裂けており、そこから鮫のように鋭い歯が並んでいるのが見えた。術を食らったわけではなくとも、その凶悪な表情を見ただけで、コージは身がすくんでしまった。動きを止めたのは、ほんの一瞬。その一瞬は、敵が攻撃に転じるには十分な時間だった。
 大きな胴体をくねらせ、巨大な尾を振った。直撃したコージは吹き飛ばされ、向かいの壁に激突した。
「がっ!」
 壁にヒビが入るほどの衝撃でぶつかったコージは、重力に従って床に落ちた。たった一撃で、瀕死だった。
「コージ!」
 ミズキがコージのもとに駆け出す。それを見た敵は、目を細めて笑う。中の両手を合わせ、まじないをかける。手を開くと、そこには漆黒の闇ができあがっていた。
「それは失声の呪い! 躱しなさい!」
 マイが叫ぶが、間に合わなかった。敵はミズキめがけて闇を撃ち放ち、ミズキの背中に呪いの闇がぶつかった。
「ミズキ!」
「よそ見をしないでください!」
 フミトに放たれた矢を、豪が斧で叩き折った。ほんの少しの油断が、流れを変えてしまった。コージはぼんやりする視界の中、聞こえてくる会話で状況を理解した。自分のせいで、劣勢に立たされてしまった。修二に偉そうなことを言っておいて、全く情けない。ミズキも呪いでやられてしまったようだし、このままやられてしまうのか――。

 ― クラリオ ―

 最悪の事態になることを覚悟したコージの身体を、温かい光が包み込んだ。ピントの合わないレンズのようになっていた視界がはっきりし、周りの音がより鮮明に聞こえてくる。コージは起き上がった。
「コージ、大丈夫?」
 そう声をかけてくれたのは、呪いを受けて声を失ったはずのミズキだった。コージは訳が分からず、コージの方が呪いを受けたかのように声が出て来ない。
「間に合ってよかったあ。初級回復呪文のクラルやのうて、中級回復呪文のクラリオにしといて良かったわあ。中級いうだけあって、回復量はクラルの倍やで」
 そう言ってピースを向けてくる。コージは、やっと声が出た。
「ミズキ、呪いを受けたんじゃ……?」
「うん、受けた。でも、お婆ちゃんの髪飾りが、ウチを助けてくれたみたいや」
 ミズキは身に付けた髪飾りを大事そうに撫でる。鬼婆を倒した後に手に入れた「老婆の髪飾り」。この装備がもつスキルであるアンチサイレンスは、失声状態を防いでくれる。死してなお、鬼婆はミズキを守り続けているのだ。
「ほら、いくで」
 差し出された手を握って、立ち上がる。逆境でも、ピンチでも、決して折れない頼もしい笑顔に迎えられ、コージは再び剣を握った。
 敵の矢が豪の肩を貫いた。鉄の鎧を身に付けているというのに、それをものともせず貫通した。
「ウチ、行ってくる!」
 ミズキが豪に向かって走り出した。傷ついた者がいれば、誰であろうと見捨てず治療をする。太陽が隠れてしまっているこの状況では、ミズキがコージ達にとって太陽の代わりになっていた。――いつまでも照らしてもらってばかりじゃ、いられない。
 コージは闇雲に向かっていくことはせず、敵とフミト達の闘いを観察した。何か、奴の弱点は無いか。

 ― アクアピストル ―

 マイが呪文を唱え、水の弾丸を放つ。鉄をも貫かんばかりの勢いの弾丸を、生離姦唾螺は片手で簡単に受け止める。下半身に至っては、固い鱗のせいで当たってもビクともしていない。水の攻撃は通用しなそうだ。

 ― 閃光斬(せんこうざん) ―

 豪が光を纏った斬撃を放つ。闇を纏った剣で受け止められ、弾かれた。強烈な斧の光が、とめどなく湧き出る闇に押し負けた。

 ― 氷縛の矢 ―

 フミトが氷縛の矢を放ち続ける。上半身の巫女を執拗に狙うが、術や弓矢で相殺されてしまい、氷が飛散する。攻撃を受け止めないということは、攻撃が当たりさえすれば、敵は凍り付く。水は強いが、氷は弱いのか。
 膠着状態。こちらは攻撃を続け、敵は防御に集中している。いや――攻撃を続けさせられている。今攻撃している三人の誰か一人でも攻撃を止めれば、敵のペースにハマる。早く手を考えないとまずい。みんなの体力が無限にあるわけではないのだ。だが、活路が見いだせない。全員で一斉にかかって、隙を作ってくれるのを待つ他ないのか。
 豪の回復を終えたミズキはフミトの傍にいた。そして、フミトの氷縛の矢に合わせて、ミズキは魔法の吹き矢を放った。氷を纏うフミトの矢と、風を纏うミズキの矢。氷と風が交わって吹雪となり、凍てつく刃の矢となった。
『ウオオ……』
 唸り声をあげた生離姦唾螺は、持っていた武器を全て放り投げ、六本の手を合わせて協力な闇を放った。闇と吹雪が衝突し、互いの効力を消し合った。わずかに競り勝った矢が、吹雪の力を失いながらも敵の腹を抉っていった。
「なんだ、今のは……」
「複合技だ」
 いつの間にか隣にいた修二が冷静に分析する。
「特定の術や技を組み合わせると、より強力な攻撃ができるようになる。セレーネから聞いた話で、実際に見たのは今のが初めてだけどな。それより、気づいたか?」
 鼻を鳴らして腕を組む盗賊は、再開された戦闘を見てコージに問う。
「何がだ?」
「あのバケモンの動きだよ。上半身――特に、心臓に届きそうな攻撃は、確実に術で打ち落としてる」
 そう言われて、コージも再度観察してみる。マイが放ったイグニスショットを防ぐ素振りも見せず、鱗に包まれた胴体に着弾している。逆に、豪が巫女の胸目掛けて振った斧は、蛇の尾で防いでいる。修二の言う通りだった。
「上半身は見た目相応の防御力ってことだろうよ。元巫女だけあって、生身でも術には強いようだが。――バケモンでも、身体は女だ。気分は良くねえが、そんなことも言ってられねえ。心臓を狙うぞ」
「頼ってもらって光栄だな。俺が囮になれば、やれそうか?」
「いや、囮は俺がやる。盗賊の動きで翻弄させてやるよ。

こそ、やれんのか」
「……やってみせるさ」
「ここにいる中で奴の心臓を貫けるのは、弓使いと、あの吹き矢の姉ちゃんくらいだ。――敵に気づかれないように伝えな」
 こちらの返事を待たず、修二は姿を消した。コージは大きく息を吐き、そして気合を入れた。

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