イワト隠れ -14-

文字数 2,452文字

 暗黒の中に、さらなる暗黒が瘴気のように漂う。壁のキャンドルの灯で中は見えるのに、蜃気楼のように遠く感じた。しかし、敵はいた。ガイドがその存在を告げた。

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※注意※ 恨苦(こんく)の蛇女 生離姦唾螺(なりかんだら)が現れた!
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 上半身は腕が六本ある女、下半身は巨大な大蛇という、醜悪な化物がそこにいた。そして、あのパーティもそこにいた。
 盗賊の修二は、立ったまま石にされている。戦士の豪は床に倒れてぴくりとも動かない。魔導士のマイは無事だが、頭を抱えて震えている。そんな中、神官の亜香里だけが結界を張って、邪悪な敵の猛攻に耐えていた。しかし、決して余裕があるとはいえない。敵は六本の腕で絶え間なく攻撃をしている。上の両手で弓矢を放ち、中の両手で術を放つ。下の両手は細身の刀を持っている。亜香里は両膝をついて滝のような汗をかいており、もう限界が近いのが傍目にも分かる。
「あいつら、生きてる!」
 コージは駆けた。敵はコージの接近に気づき、術を放とうとしている。

 ― 衝光波 ―

 コージが技を放つ方が早かった。敵は弓を放つのをやめ、他の四本の腕で防御態勢を取る。衝光波が直撃するも、ケロッとしている。それでも、ミズキたちが四人パーティのもとに駆け付けるための時間は稼げた。
「あ、あなた達……? どうしてここに」
「そんな話は後! 待っとき、いま回復したる」
 結界を解いた亜香里は限界だったのか、ぺたんと倒れ込んでしまった。ミズキが急いで回復をする。フミトは豪の様子を確認する。まだ息がある。
「待ってろ、今助けてやる」
 フミトは持っていた回復薬を全て使った。豪は目を開け、起き上がった。
「おい、大丈夫か」
「君は、確か北屯所にいた……」
「のんびり話してる状況じゃねえぞ」
 豪ははっとして立ち上がり、斧を構える。
「あとの二人もどうにかしねえと」
 いまだ石にされた状態の盗賊の修二と、頭を抱えている魔導士のマイが残っている。盗賊の状況は分かるが、マイがどういうステータスなのか分からない。今朝あれだけ威張り散らしていたのだ、強い敵と対峙したからといって、無防備にうずくまるようなタマではないはずだ。
「回復してもらったばかりで申し訳ないですが、石化を回復するアイテムはありますか」
「悪いがオレは持ってねえ。コージさんが持ってるはずだ」
 そのコージは今戦闘中だ。
「今朝の非礼はお詫びします。どうか力を貸してもらえませんか」
「最初からそのつもりだよ!」
 フミトが走った。敵と一定の距離を保って、敵の視界の端に移動する。

 ― 氷縛の矢 ―

 凍てつく矢が敵目掛けて空気を切り裂く。氷縛の矢の危険性を感じてか、コージへの攻撃を止めて術で矢を打ち落とす。逆に弓矢を放とうと構えた敵に、豪が斧で襲い掛かる。重い一撃を、敵は双剣で辛うじて受け止めた。いくら腕が六本あって攻撃手段が豊富といえど、頭はひとつ。同時攻撃には各個応戦せざるを得ないようだった。
 豪が戦いを引き受けてくれているうちに、フミトはコージに大声で叫ぶ。
「コージさん! あのむかつく盗賊の石化を直してやってください!」
 そう言うと、再び敵に矢を放って豪を援護した。コージは頷き、敵の攻撃に注意しながら走り出した。

 一方、亜香里を回復したミズキは、様子がおかしい魔導士のマイの身に何があったかを尋ねていた。
「あの子、失声状態になってるの。あの蛇の化物に、失声状態にする呪いをかけられて……」
 呪文を唱えて攻撃をする魔導士にとって、失声状態は致命的だ。攻撃手段を失い、防戦一方を強いられる。修二が石化の呪いを受け、豪が奮闘するも瀕死になり、壊滅寸前だったパーティを亜香里一人の結界で耐えていたのだ。
「あんた、頑張ってたんやな。えらいで。あの子はウチに任しとき」

― サナカース ―

 ミズキは先程覚えたばかりの失声状態を回復する魔法を唱え、怯えるマイの状態異常を治した。
「もう大丈夫やで。声、出してみ」
「……あ、あー。なおった……」
「怖かったなあ。あんた、よく頑張ったで」
 声が出るようになったマイを慰めるが、視線をそらして苦虫を噛み潰したような顔をする。
「何よそれ……。イヤミ? 魔法ひとつ出せないで足手まといになってたのに、なにが頑張った、よ……」
「泣き言言うてる場合ちゃうで。まずは、あいつに借りを返さんと。あんたも一緒に戦いや」
 ミズキはマイの手を引いて立ち上がらせた。驚いた様子のマイに微笑みかけると、マイは頬を染めてそっぽを向いた。
「ふん。借りを作っておくのは気に入らないから、ちゃんと返すわよ。……あんたにもね」
 目の奥に炎を取り戻したマイが戦闘態勢を取る。

 ― イグニスショット ―

 マイが呪文を唱えると、火球が現れ、敵目掛けて飛んで行った。豪を切り裂こうとしていた敵の下の右腕に命中し、持っていた剣を弾き飛ばした。
「よくも声を奪ってくれたわね。たっぷりお返しするから、覚悟しなさい」

 豪、フミト、マイの三人が敵を翻弄する中、コージは石になった盗賊の修二のもとに到着した。石化を回復するには、アイテム「蒟蒻(こんにゃく)針」が必要だ。幸い、水質研究所で居合わせた薬屋のギンコに貰ったものが一つある。コージはアイテムを呼び出して、修二に使った。すると、彼の石化がとけ、人としての肌を取り戻した。
「あれ……? 俺はいったい……」
「石にされてたんだよ」
「うお!」
 至近距離でコージに声をかけられ、ぎょっとして後ずさりする。
「お前、あの時の弱っちいパーティにいた奴!」
「その弱っちい奴に助けてもらっておいて、随分な態度だな」
「な、何だと」
「お前は石になっていた。それを直してやったんだ。これに懲りて、少しは謙虚になれよ。口だけ盗賊」
「てめえ……言わせておけば」
 掴みかかってくる盗賊の腕を払い、生離姦唾螺に剣を向ける。
「今やるべきことは何か、状況をしっかり見て考えろ」
 コージも再び闘いに加わった。残された修二は、握った手を震わせていた。
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