イワト隠れ -7-

文字数 2,383文字

 小休憩を挟みながらも、かなりの距離を進んだ。やがて、木の柵で囲まれた場所を見つけた。ほとんどがあばら家となった廃村だった。
「こんなとこに村か……。誰もいないっすね」
「神殿、奥にあるみたいやで。立て札がある」
 ミズキが照らした立て札は、道しるべ。”この先イワト神殿”という表示とともに、矢印が書かれている。村の奥に進めばよさそうだ。
「こういうとこって、だいたいゾンビ出てくるのがお約束っすよね……」
「ゾンビならもう戦ったやん。ゾンビワームいうやつ」
「人間のゾンビだよ。口裂けレディみたいに人間っぽいクリーチャーもいるんだ。人間ゾンビが出てきてもおかしくないだろ」
「フミトの言う通り、村の中も安全とは限らない。油断しないように進もう」
 暗闇でなくても不気味な雰囲気が漂っていそうな廃村の中を慎重に進む。家も、家畜小屋も、井戸も、可哀想なくらいに朽ちている。それに、地面も平らではない。幅の広い大きなタイヤの痕のようなものが、縦横無尽に続いている。散らばった木材をよく見ると、黒ずんだ染みがたくさん付着している。照らすと、血液が固まったものに見える。
「もしかして、この村が大蛇に襲われてた村とちゃう?」
 コージもフミトも同意見だった。荒れた廃村に、大きく太い何かが這ったような跡、血痕。カイミルの話に出てきた、大蛇に苦しめられていた村としか思えない。
 三人は、より慎重に、かすかな物音すら聞き逃さないように注意して進んだ。
 そんな中、比較的しっかりした建物が村の奥にあるのを見つけた。神殿ではないが、気になった三人はそちらに歩みを進めた。傷んでしまっているのは否めないが、屋根や壁が壊れて骨組みが見えてしまっている他の家々に比べれば、しばらく人が手入れしていない空き家程度の様相だった。
「この村で一番えらかった人の住まいかなあ? 豪邸とは言わんけど、他の家よりは豪華な造りしてるやん」
「かもしれないな。村長が住んでいたのか、それとも図書館や公民館みたいな、みんなが集まる場所か。……もしかしたら、生離姦唾螺(なりかんだら)について書いた記録でもあるかもしれないな」
「ありえそうっすね。一応、寄ってみましょ」
 扉の鍵はかかっておらず、中に侵入することができた。埃っぽく、淀んだ空気の臭いが鼻をつく。広い玄関に入り、周囲を照らす。両端にドアが二つずつ、奥にある扉はトイレと書かれている。つまり、一階には四部屋ある。中央には螺旋階段があり、二階に上がれるようだ。村長の家という線が濃厚か。
「手分けして探したいけど、そうもいかないな。一部屋ずつ見て行こう」
 太陽の光も電灯も無いせいで、自由に行動することすらできない。ミズキ頼りである以上、三人一緒に動くしかない。まず、一階の左側、手前の部屋から調べることにした。
「ここは、来客用の部屋だな」
 ソファーとテーブルだけの簡素な応接室だ。あとは壁に絵画が飾ってあるくらいで、この部屋にいても収穫は得られなそうだ。続いて、左奥の部屋を見てみる。贅沢な絨毯の奥にオフィスデスクがひとつ、壁には縦長のスチール書庫が三つ並んでいる。
「仕事部屋っすかね」
「だな。書庫と、袖机の中を探してみよう」
 ミズキに照らしてもらい、まずは書庫をコージとフミトで手分けして探すが、置かれているのは小難しい本ばかりで、役に立ちそうなものは無かった。読みもしないくせに、見栄のためだけに百科事典を全巻並べて置いてある棚みたいだ。袖机に至っては、中身が何もなかった。
「置いてあるだけかよ!」
 フミトが勢いよく閉めた。カラカラ、ドン、と虚しい音がした。
 ここも収穫無しだ。

 一階右側のドアは、奥が台所、手前がリビングのようだった。一応、食器棚や備蓄入れも確認したが、淀んだ空気が詰まっているだけだった。
 残るは、トイレだ。
「いちおう、見ておこう」
 ミズキに照らしてもらい、ドアを開けると。
「うわあああ!」
「きゃあああ! な、なんなん!」
 悲鳴をあげた二人をどかして、コージも様子を確認した。中には、白骨化した遺体が便座に腰かけていた。奇妙だったのが、左腕の上腕骨の真ん中から先が無かった。刃物で切ったような断面だった。その骨は、神官服を着ていた。
「ほ、骨のおばけぇ……」
「ミズキ落ち着け。お化けじゃなくて、普通に骨だ」
「どっちみち怖いことには変わりあらへん!」
 光源が遠ざかってしまった。
「ミズキと似たような服を着てるな……。神官だったのか?」
「やめてや!」
 コージはトイレのドアを閉めて、二人が落ち着くのを待った。

 二人は見なかったことにしたらしく、螺旋階段の前に並んでいた。
「残るは、二階だけっすね。あの階段、上って大丈夫っすよね……?」
「太ってる人はおらんけど、三人が一気に上ったら壊れるかもしれんなあ。老朽化してるやろし」
「俺は先に上まで行ってみる。俺が二階に着いたら、一人ずつ上って来てくれ」
 コージは一歩一歩、階段の状態を確かめながら上った。思ったよりはしっかりしている。雨漏りでもしていたら、腐って崩れやすくなっていただろうが、これなら心配なさそうだ。二階に着いたコージは二人を呼び、フミト達も続いた。
 二階は一階をそのままコピーしたような造りで、相違点といえば、螺旋階段が上りか下りかの違いくらいだった。
「二階も似たような造りだな。順番に見て行こう」
 二階の部屋は、家族の寝室のようだった。ぬいぐるみがたくさん飾ってある、女の子用の部屋。飛行機のプラモデルやボールが置かれた、男の子用の部屋。ベッドが二つと化粧台がある、夫婦用の部屋。三室確認してみたが、夫婦とその子供の部屋という印象だった。
「一階のトイレの骨は、奥さんだったのか……?」
「もう、コージさん! 思い出さないようにしてるんすから!」
「せや、せや!」
 独り言すら許されない。ため息交じりに謝っておいた。
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