パーティ結成 -4-

文字数 1,448文字

「分かったっす。お兄さん、こっちで飯食っても意味ないって思ってるんすね」
「そりゃそうだろ。こっちでいくら飯食ったって、本当に食ったわけじゃないんだから」
「言いたいことは分かるし、オレも同じこと思ってたんすけど。こっちで食ったらそれで大丈夫っぽいんすよね」
「は? いやいや。そんなまさか」
「実はオレ、一週間ぶっ続けでルナで遊んでたことあって、やべぇって思って一回元の世界に戻ってきたんす。戻ったら死んでるかもって思ってたんすけど、帰ってみたらピンピンしてて何ともなかったんすよ。腹減ってないし喉も渇いてないし、むしろ太ってねえ? みたいな」
 一週間もずっと仮想世界で遊び続けたのも驚きだが、それで生きているのがさらに驚きだった。人間は食事は摂らなくても二週間は生きていられるというが、水を飲まないと一週間と持たずに死ぬと聞いたことがある。運よく生き延びたとしても、彼が言うような状態ではいられないはず。嘘や冗談を言っているような感じでもないし、コージは訳が分からなかった。
「こればっかりは、実際に感じてもらわないと信じらんないっすよね。オレも信じられなかったし。一回戻ったらいいんじゃないすか? それで飢えも渇きもしてなかったら、信じてください」
「そうだな……。一度戻ってみる」
「オレはここで飯食ってくるんで、こっち来たら声かけてください。あんまり遅いと待ちきれないっすけど。それじゃ、また後で!」
 そう言って彼は食堂に行ってしまった。信じられない話だが、とにかく現実世界に戻ってみれば分かること。コージは魔法陣の中に入った。魔法陣が白く輝いてコージを照らした。アームヘルパーを操作し、「ルナから帰る」を選択した。視界がブラックアウトした。

 目を開けると、自宅の部屋だった。ルナに旅立った時と同じく、カーテン越しの陽射しを感じながら、起き上がった。
 VRヘルメットを外して、腹を擦ってみる。丸一日寝ていただけとはいえ、腹も空いていなければ喉も渇いていない。ゴロゴロして過ごしている日だって、普通は喉くらいは渇くというのに。青年の言う通りの状態だった。
「いや、でも、まさか……」
 心のどこかで、信じきれない自分がいた。彼のように一週間もログインしっぱなしだったならまだしも、まだ一日だ。命に関わるほど断食していたわけではない。だからじゃないか。それにしても、寝起きで喉が渇かないことなどあるのか。晃司は混乱する頭を一度落ち着けるため、シャワーを浴びることにした。
 頭からお湯を浴びて、身体が蒸気に包まれる。さっき脱いだ衣類は運動した後のように汗臭く、湿っていた。ふうと吐いたため息は、二日酔いの時と同じ臭いがした。風呂を出て髪を乾かすと、ようやく落ち着いてきた。晃司の身に起きた事実は、全て青年の言葉が正しいことを裏付けていた。現実世界の晃司は食事も運動もしていないのに、腹は減らない、喉は渇かない、汗をかいている、おまけに酒臭い。ルナの中の行動と完全にリンクしているとしか思えなかった。
 ありえない、と思う。だが、ありえないことが実際に起きている。ならば、信じられなくても、それが事実だ。思えば、ルナに行くためのこの機械だって、充電せずに使えるのだ。永久式充電が使われていると説明に書いてあった。それだって、晃司からしたらありえない技術なのだ。
 歯磨きをして、渇いてはいないが念のために水を飲んで、晃司はVRヘルメットと、アームヘルパーを装着した。ヘルメットの電源を入れて、晃司はルナへと旅立った。
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