はじめてのボス戦 -8-

文字数 1,394文字

 食事が済んで人心地が付いた二人は、結界を解いて活動を再開した。いよいよ主が出るアラハド草原だ。改めて気を引き締めて、草原へと足を進めた。
「気を付けよう。いつどこから来るのか、分からないからな」
「けど、来るかどうかも分からないんすよね……。ずっと気を張ってたら疲れちまう。疲れた隙を狙って襲ってくるかも」
「尤もだな。無闇に歩き回るのもしんどいし……。水質調査の方を先に片付けるのはどうだ? 草原を抜けた先が湖だって言ってたし、帰りがてら探し回る方が効率が良いんじゃないか?」
「早く敵を討ってやりたいっすけど……了解っす」
 警戒しつつ、草原を進んだ。うっすらとしか草が生えていないところ。膝や腰の高さまである草が生い茂る草むら。灌木がぽつぽつと生えているような場所など、色々な景色を歩いた。草むらは特に注意して歩いたが、結局敵は現れず、過去に戦闘したことのあるザコ敵が現れただけだった。そして、草原を抜け、岩山が並ぶ麓に到着してしまった。
「草原の主、出て来なかったっすね」
「運よく遭遇しなかっただけなのか、レベル以外に条件があるのか……。とりあえず、先に湖に向かおう」
 草原とは打って変わって岩石砂漠のような風景をしばし歩くと、聞いていた通りの赤い色をした湖が見えてきた。鼻をつく薬品のにおいに、思わず咳き込んでしまう。とにかくひどい空気だった。
「おえっ……。ニオイ、きっつぅ~」
 フミトが両手で鼻と口を覆っている。コージも同じだ。こんな場所には、一秒でも長く居たくない。
「……早く水を汲んで、ここを離れよう」
「賛成っす」
 柄杓を呼び出し、腕を伸ばしてなるべく湖に近づかないようにして水を汲む。もちろん軍手着用だ。コテツの店で作業着と軍手を装備品として提供された時は不安しかなかったが、まさか軍手が役立つときが来た。慎重にサンプリングしても、柄杓から容器に移し替える時に零れたり、水が跳ねたりして手の皮膚に付着するかもしれない。素手で作業するよりは安心感が全く違う。
「よし……採取した」
「あと九回もやるんすか、これ……」
 気が進まないが、仕方がない。なるべく離れた異なる十ヵ所から採取するのが依頼だ。幸い、対岸がはっきり見えるくらいの湖で、そこまで大きくははない。一周してもそれほど時間はかからない。それでもこのニオイをずっと我慢しなければいけないことには変わりないのだが。
 苦肉の策として、移動するときは湖からなるべく離れて歩いて、採取するときだけ湖に近づくという方法を取った。ずっと湖の周りを歩いていると、ニオイで鼻と頭がやられてしまいそうだったからだ。
 ニオイに苦しめられながらも、半分の五ヵ所目の採取が終わった。一ヵ所目の採取地点から、湖をほぼ半周した形だ。アマト鉱山が間近に見え、鉱山からの排水が小川に垂れ流されていた。本来ならば下流へと流れるはずの小川が堰き止められてできた人造湖がタスク湖なのだ。川に架かった橋を渡り、六ヶ所目の地点へと向かう。湖に近づくと、薬品臭が強くなる。やはり、慣れない。
「あと半分だ、ちゃっちゃと済ませよう」
「まだ半分っすか……」
 フミトが背後でぼやいているが、受けてしまったものは仕方がない。コージが腕を伸ばして柄杓を水面に付けた。コポコポと空気が小さな泡となって浮かんできた。掬った水を容器に入れ、六回目の採取が完了した。一刻も早く湖から離れよう。
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