そうだ、転職しよう -11-

文字数 1,548文字

 ほどなくして、コテツが戻ってきた。
『お待たせ』
 そう言って渡してきたのは、工場の制服にありそうな作業着と、滑り止めのついた軍手に安全靴だった。
「……これは?」
『装備だよ。あんたはこれが一番良い』
 休日に作業服専門店にでも来てしまったのかと錯覚しそうになった。冗談を言わなそうな堅物から、冗談のようなことを言われた場合、どういう反応をするのが正解なのか。
『別に茶化してるわけじゃない。あんたにとって最適な装備を見繕った結果だ。重くて動きにくい鎧や、接近戦に不向きなシャツが良けりゃ止めはしないがな。こう見えて、この服は熱にも水にも強く、多少の衝撃なら吸収してくれる』
 解説を聞けば聞くほど、工場の作業着だ。工場での作業に耐えられる制服なんだから、そりゃ丈夫だろう。そうは思ったが、ろくに鍛えてもいない人間がいきなり重装備を着こなせるわけもないし、かといってどんな相手が出てくるか分からない場所に、軽装で出かけるのも危険だ。コテツの言うことは的を射ていた。
「防具は持ってきてもらったものを貰います。武器は?」
『こいつだ』
 コテツの手にあったのは、西洋の剣。長い握りの先、柄頭の部分に赤い宝玉が取り付けられている。刃先も切先も鋭く、斬りでも突きでも威力を発揮しそうだ。
『こいつはルミナティソードといってな。普通の剣と違って、持ち主を選ぶ。実はあんたが店に来る前に店の奥で作業してたんだが、仕舞ってあったはずのこの剣がいつの間にか作業台に置いてあったんだ。きっと、この剣が、持ち主が来たってことを伝えてんだと思ってよ、持ってきてみたんだ。今この店にはあんたしかいないからな、持ち主になりうるのはあんただけだ。持ってみろ』
 差し出された剣を、おそるおそる手に取る。グリップを握ると、コージのためにオーダーメイドされたのかと錯覚しそうになるほど手に馴染んだ。剣なんて初めて手にしたはずなのに、親しみすら覚えた。まるで自分と剣がひとつになって、剣が自分の一部になってしまったかのようだ。
『どうやら、あんたで間違いなさそうだな』
「こんなにしっかりした剣なのに、まるで重さを感じない……」
『剣の方があんたに使ってほしいくらいなんだろうよ。俺もそこまで相性が良い奴を見たのは初めてだ。前にその剣を欲しがってたやつがいたんだが、持ってみたら墓石ほどの重さに感じたようでな。随分と頑張ってたが、とうとう持ち上げることが叶わなかった。諦めて鉄の剣を買っていったよ。その点、あんたは気に居られたようだ。良かったら持ってきな』
 宝玉がキラリと光る。血液のような躍動感を感じる。
「これって宝石ですか?」
『ああ。ザクロ石……別名、ガーネットだ』
「ガーネット!?」
『正しくは、ガーネットを丸くした、カーバンクルってのが埋め込まれてる』
 ジュエリーに疎いコージでも知っている宝石だ。何カラットのダイヤだとか、真珠が何粒ついたネックレスだとか、テレビの通信販売でしか見ることのない世界だと思っていた。まさか、メタバースで初めてお目見えすることになるとは。
「これって、お高いんじゃ……」
 それこそ通信販売でよく聞く台詞を、まさか自分が言う日が来ようとは。コテツはにやりと笑って頷いた。
『そりゃあ、希少な宝石を埋め込んだ剣だからな、値は張るさ。こいつを仕入れたときだって、それなりの元手を払ったんだ』
 こちとら商売だからな、とまで言われてしまった。一応値段を聞いたが、『一般人が何年も働いて出せるような額だなあ』とのことだった。宝石に興味が無いコージですら息を飲むほどの美しさだ。コテツが吹っ掛けてきているわけではなく、それが相場なのだろう。だが、そんな大金をコージが用意できるわけもない。コージも諦めて鉄の剣で済まそうかと思ったのだが。
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