そうだ、転職しよう -13-

文字数 1,819文字

『そういうわけで、そいつの所有権はいったんあんたにしてやる。ただし、保証金は置いてってもらうよ。宝を全部持ってきたら、返金してやる。保証金は3万円だ』
 選択の余地なく、今日の稼ぎが没収された。今死ぬか、三か月後に死ぬかの二択を突き付けられた上に、金まで取られた……。肩を落としたコージの背中を、コテツはバシンと叩く。
『しみったれた面してんじゃねえ。俺はあんたを信用したから、仕事を依頼したし、剣も預けたんだ。期待ができねえ奴には頼まねえよ。自身持ちな』
 背中への一撃が強くて涙が出た。しかし、不思議と落ち着いた。不安が拭えた訳ではないが、涙と一緒にネガティブな思考も少し流れてくれたようだ。熱い眼差しを向けるコテツに顔を向け、コージは頷いた。すると、コージの視界の右上に「ランダムクエストを受注しました!」のガイドが表示された。どうやら、三つの宝を入手する依頼がランダムイベントだったらしい。せっかく戦士になり、武器も防具も手に入れたのだ。こういうイベントに熱くなるのも良いかもしれない。
『武器は保証金で預けるが、装備代はちゃんと払ってけよ? 全部で5千円だ』
 熱くなった気持ちが一瞬でクールダウンした。支払った後の所持金は550円。ギリギリだ。昨日の夕飯に贅沢しなくて良かった。
『あんたの門出を祝って、もう一着プレゼントしてやるよ。受け取りな』
 作業着と軍手をさらにもう一着ずつ渡してくれた。
「ありがとうございます」
『おう。ここで装備していくかい?』
 RPGあるあるのセリフが来た。買っただけじゃ意味が無い、装備を忘れずに。リアルで聞くことになるとは。だが、店内に着替えられそうな場所は無い。いくらコージは男だとはいえ、さすがに人目も憚らずに着替えはできない。
「装備ったって……更衣室なんてここにあります?」
『何言ってんだ。プロフィールから変えられるだろうが』
 コテツに言われ、アームヘルパーを操作し、プロフィールを確認する。すると、いつの間にかプロフィールのページ内に装備確認のボタンが追加されていた。ボタンを押すと、武器、頭、身体(上)、身体(下)、手、足、装飾品の七ヵ所の装備をそれぞれ変更できるようになっていた。身体(上)と身体(下)は作業着を、手には軍手を、足には安全靴を選択して操作を完了した。
 すると、コージの装いが一瞬にして変わった。上着やズボンを脱いでいないのに、勝手に作業着姿になってしまった。もちろん軍手と安全靴も装着している。代わりに、コテツから受け取ったはずの予備の作業着と安全靴、そして剣が消えてしまった。まるでマジックだ。
「驚いた……。こんな風に装備できるんだ」
『そうさ。あんたにさっき渡した予備の装備も、剣も、その機械の中に収納されてる。所有者があんたになったものは、あんたの荷物になるようなら勝手に収納されてくれるのさ。街中を歩くのに、剥き出しの剣なんかずっと持っていられないだろう? 普段は機械の中にしまっておいて、必要になった時に出したらいい。防具は街を出る前に今みたいに装備しておいて、戦闘になったら武器を呼び出せばいい。武器はその名を口にすれば出てきてくれるぞ。試しにやってみろ』
 コージは手を掲げて、剣の名を呼んだ。
「いでよ、ルミナティソード」
 コージの手から光が飛び出し、収束し、やがて剣の形となり、光が収まった後にはルミナティソードが握られていた。
「すごい……。本当に出てきた」
『逆に戻すときは、戻れって言うだけだ』
「ルミナティソード、戻れ」
 今度は一瞬にして剣がなくなり、コージの手は何もない空間を掴んでいた。とてつもなく便利だ。コージは気分が高揚して二、三度武器の出現と収納を繰り返した。
『がはは。まるで子供みてえだな。まあ、誰でも最初は気分が乗っちまうよな。だけど、これからあんたが進もうとしてるのは、それなりに危険な道だ。油断はするんじゃねえぞ』
 コージは首を縦に振った。
『ところで、その剣は便利な付加能力があってな。その剣で倒した相手のエネルギーを吸い取って、あんたの体力に変換される。神官や白魔導士と違って回復手段を持たない戦士には大いに役に立つはずだ』
 武器スキル、キター! 持ち主を平気で殺しにかかってくるヤンデレ剣とどう付き合っていこうかと思っていたが、そんな便利な力があるなら、なんとか共存できそうだ。
『頑張りなよ。また何かあったら、依頼とは関係なくいつでも来てくれ』
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