神官を追って -11-

文字数 2,104文字

「さあてと」
 そう言って立ち上がったミズキは、祭壇に向かって歩き出す。
「何するんだ?」
「ここにあるイオツミスマルっていう勾玉を持っていくんよ。封印に使うてたんやけど、もう封印の必要無くなったし」
「イオツミスマル……!」
 萬屋の店主コテツから依頼された、手に入れるべき三つの宝のうちの一つ。まさかここで登場するとは。
「突然こんなこと言うのは不躾だってのは分かってるんだけど、俺が貰うことってできるかな? それを求めてる人がいて」
「これは大事なもんらしいからなあ……。カイミルさんに聞いてみんと。ウチじゃ判断できひん」
 神殿に戻り、カイミルに確認するまではこの件は保留になった。何らかの方法でカイミルに承諾してもらわねば。もし手に入れられなければ、コテツに何をされるか分かったもんじゃない。
「よいしょ」
 というミズキの掛け声を不思議に思って見てみると、コージはぎょっとした。ミズキの腕の中には、一メートルはくだらない大きさの勾玉があったからだ。
「ずいぶんでかいな……」
「せやろー? 勾玉いうたら、掌サイズかと思いがちやけど、イオツミスマルはめっちゃでかいねん。さすがは宝物って感じやなあ」
 宝物=でかい、というわけではないと思うが、そんなことはどうでもよくて。
「それ、ずっと抱えて持って帰るのか?」
「そんなわけないやん。こうするんよ」
 ミズキに抱えられていた大きな勾玉が光に包まれたかと思うと、ミズキの二の腕あたりに吸い込まれていった。
「収納完了や!」
 コージとフミトは口をあんぐりと開けた。今のは、どう見てもアームヘルパーに物をしまうときの現象。二人がこれまで幾度となく見ていた光景だったのだから。
「もしかして、お前……」
「ルナのプレイヤー、なのか?」
 フミトとコージの問いに、ミズキはにっこり笑って答える。
「せやで。よろしゅうな」
 これがこの日一番の驚きとなった。

 最後に老婆に祈りを捧げて別れを告げると、ミズキの先導で鉱山を抜けていった。普通に祭壇まで来ようとすると、コージ達のようにスリル満点のルートを通るしかないが、ミズキたち神官は別の安全な道を通ることができる仕掛けになっているのだという。事実、帰りは拍子抜けするほど何事もなく出口に辿り着くことができた。
 その後は特筆することもなく、街に着いた。その足でヴェルナ神殿に向かい、カイミルを訪ねた。カイミルはコージ達の到着を事前に分かっていたかのように、大広間で出迎えてくれた。
『おかえりなさい。封印の件は、解決したのですね』
「せやで! この二人が全部解決してくれたんや」
「俺たちは鬼婆を倒しただけです。心を救ったのはミズキだ」
「そんなら、三人の功績いうことで!」
 ざっくりまとめられてしまったが、実際その通りだ。カイミルはミズキに歩み寄り、ミズキを優しく抱きしめた。
『ミズキ、良く働いてくれました。無事で帰って来てくれてよかった』
「カイミルさん……。ごめんなさい。ウチ、カイミルさんの許可を得んと、勝手な行動をしてしもた」
『私が神託を受けて思い悩んでいる姿を見たのでしょう? 確かに軽率な行動だったことは否めません。しかし、それは私を、引いてはやがて来る脅威にさらされる可能性のあった人々を想ってのこと。その心は賞賛に値します』
 神託。コージはふと疑問に思ったことを尋ねてみた。
「カイミルさん。教えてくれた神託って、”アマト鉱山に封じられし悪しき鬼が目覚め、やがてこの世にいる腹の子を食いつくしてしまう”でしたよね」
『ええ。私が受けた神託は、確かにその通りです』
「けど、俺達が戦った鬼婆は、もう人を傷つけるつもりはなさそうでした。仮に俺たちが退治しなかったとして、”この世にいる腹の子を食いつくしてしまう”なんてことが、本当に起きたのかなって思って」
『聡明な方ですね。実は、神託はもう一つあったのです』
 カイミルは神々しい祭壇に身体を向ける。
『あなた方がここを訪れた時のことです。――神官と旅人の三人組が悪しき鬼の心を変え、孤独と脅威の繰り返しに終止符を打つであろう。私が神に祈りを捧げた際にいただいた神託です』
 神官と旅人の三人組。まさしくコージ達のことだ。
「つまり、どういうことっすか?」
 フミトが首を傾げている。温かい陽の光に照らされた祭壇の前に立ったカイミルは、彼もまた神の一部になったかのように見えた。
『神託は神のお言葉。神の意思を示してくださることもあれば、我々の心を正すために注意してくださることもある。これからの未来の一部を示し、備えよと仰ることも』
「最後のは、予言のようなものですか」
『はい。ただし、予言は定められた運命を示すものではない。その後の行動や言葉で未来が変わることもある。あなた方は、まさに未来を変えたのです』
 予言はオカルト的で、実際に起きたかどうかという結果でのみ評価される節がある。だが、あくまでも起こりうる未来の一つを示したものであり、”このまま何も対策を取らずに現状維持で過ごしていると、こういう未来が待っているぞ”という注意喚起の側面が大きいのだ。だから、未来はいくらでも変わる。予言だって、生きものなのだ。
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