イワト隠れ -8-

文字数 2,813文字

 そして、三人は残り最後の部屋の前に立っている。コージがドアノブを握るが、開かない。ここだけ鍵がかかっているようだ。
「鍵かかってんすか?」
「ああ」
「なんか怪しいなあ。他の部屋は鍵なんてかかってへんかったのに」
 ミズキの言う通り、この部屋には何かある――。ゲームの定番だ。こういう時は、他の部屋にある鍵を探して、戻って来て鍵を開ければいい。だが、そこまで厳密な手順を踏まなくていいのが、この世界だ。
「二人とも、離れててくれ」
 コージは数歩下がると、勢いをつけて蹴りかかった。ドアの鍵は呆気なく壊れ、蹴りの運動エネルギーに耐え切れなかったドアは外れ、うるさい音をたてて床に横倒しになった。撒きあがった埃の向こうに見える部屋は書斎のようだった。壁いっぱいに書庫が並んでいる。部屋の奥に、趣ある机と椅子がひとつ置かれている以外は、本だらけだ。
「豪快やなあ」
「もう誰も住んでないんだし、いんじゃね? それより、早く探そうぜ」
「ここが現実やったら、不法侵入に器物破損やで」
 ごもっともだ。仮想世界だから、現実では躊躇ってできないことでもできてしまう。現実と空想の境目が曖昧になって、現実で事件を起こしてしまったら……、と考えると恐ろしいことだ。書斎なだけあって、本がぎゅうぎゅうに詰まっている。全部調べるのは骨だな……。
 明かりを照らしていたミズキは手持ち無沙汰だったのか、ぽつんと置かれている机を調べ始めた。
「おいミズキ。そっち行かれると、暗くてよく見えねえよ。こっち来てくれ」
「ちょい待って」
 フミトが苦情を出すが、ミズキは机の確認に集中する。揺らしたり叩いたり、いろいろと試している。
「何やこれ?」
 机の下を手で探っていたミズキが、下を覗き込む。机の下を照らせば、明かりがそっちに取られてしまう。書庫を調べていたコージ達にしてみれば、視界を奪われた状態になって文字が読めない。
「おい、ミズキ……何やってんだよ」
 フミトが調査を中断して、ミズキに歩み寄る。すると、ミズキが調べていた机の中央が四角くせり出し、盛り上がった。四角い板をずらすと、直方体の空間があり、そこにノートが一冊置かれていた。
「ビンゴや。机の下にボタンみたいなんがあるから、変やな思うたんや。机に細工して、ノートを仕舞う場所作って、ボタン押したらノートを取り出せる仕掛け作ったんやろな」
「お前……すげえな。探偵みたいだ」
「真実はいつも四つ! やな」
「勝手に増殖させてんじゃねえよ。ひとつ事件が起こる度に、犯人が四人いてたまるか。それより、ノート見てみようぜ」
 コージも調査を中断し、ミズキのもとに集まった。
「そのノート読んでみよう」
 そのノートは日記だった。ページを捲り、強い筆圧で書かれた文字に目を通していく。最初の十ページくらいは、村の財政の話や、その日受けた村民の声を書き留めるだけの内容だった。ところが、あるところで様子が変わる。


――――――――――――――――――――
〇月△日

家より大きい大蛇がやってきた。突然のこと
で立ち尽くしたまま動けない村人を、容赦な
く食らった。家の中に隠れても無駄だった。
奴は壁を簡単に壊し、中の人間を丸呑みして
しまった。
なんなのだ、あいつは。三人を食って満足し
たのか、大蛇は森に帰っていった。
――――――――――――――――――――
〇月△日

この日も、奴が来た。奴の接近に気づけるよ
う、鳴子を取り付けた紐を張っておいた。
音が鳴ったことに気づいた男衆が火矢を用意
する。姿を見せた奴に向かって、一斉に矢を
放つ。当たった。
だが、皮が固すぎて全く効いていない。逃げ
出した男衆を踏みつぶしては丸呑みした。
この日は、五人が犠牲になった。
我々は一体どうしたらよいのだ……。
――――――――――――――――――――
〇月△日

奴は井戸を通って現れた。そばで遊んでいた
息子のレオが餌食になった。私は、
この日を、この悲しみを決して忘れない。
――――――――――――――――――――

 やはり、ここは大蛇に襲われた村だった。そして、この建物は村長の家だった。彼の子も、犠牲者のひとりだった。その日の日記は、たった三行しか書かれていない。白紙部分はくしゃくしゃになっていた。悲しみに暮れ、涙を落とした跡のように思えてならなかった。

――――――――――――――――――――
〇月△日

旅のパーティに大蛇退治を依頼した。忌まわ
しい大蛇を始末してくれるなら、金などいく
ら出してもいい。このままでは、埋葬するこ
とすら叶わず空っぽの墓に居る息子が浮かば
れないではないか。
――――――――――――――――――――
〇月△日

奴がまたやってきた。今度は旅人達が味方を
してくれる。戦士、魔導士、アーチャーが相
手だ。桑や火矢とは訳が違う。
結論から言えば、奴を倒すことは叶わなかっ
た。戦士の斧も、アーチャーの弓も、魔導士
の魔法も奴に傷ひとつ付けることすらできな
かった。彼らは懸命に戦ってくれたが、奴の
餌食になってしまった。
――――――――――――――――――――
〇月△日

旅人が来るたびに大蛇退治の依頼をした。
もはや退治してくれることは期待していな
い。彼らが食われてくれれば、少なくとも
村人は食われずに済む。
非道な行為であることは理解している。だが
村を守るには、こうする他ないのだ……。
――――――――――――――――――――

「村を守るのが村長の役目だからって、旅人を犠牲にしていいわけねえだろ……!」
 フミトが憤慨して机に怒りをぶつける。物に当たりはしないが、コージも怒りを覚えていた。ただの生贄じゃないか、と。

――――――――――――――――――――
〇月△日

イワト神殿の巫女が、大蛇退治を買って出て
くれた。戦士や魔導士ですら歯が立たなかっ
た相手なのに、神官や巫女が太刀打ちできる
とは思えないが……。村人がただ食われるの
を指をくわえて見ているわけにもいかない。
藁をも掴む思いで、正式に依頼をした。
――――――――――――――――――――
〇月△日

巫女が大蛇と対峙した。
それまで奴と闘った旅人など比較にならない
強さだった。様々な術を使い、大蛇の攻撃を
封じ、傷ひとつ付けられなかった奴の胴体を
切り裂いたのだ。致命傷には至らなかったが
村民も私もこれなら奴を倒せるかもしれない
と希望を見出した。
だが、運は敵に味方した。息子の墓参りに出
かけていた妻と娘が、間の悪いことにその場
に出くわしてしまったのだ。
奴が見逃してくれるはずもなく、妻たちに襲
い掛かった。もうだめだと思った。私は見て
いられずに目を背けた。勇気を振り絞って視
線を戻すと、妻も娘も無事だった。
なんと巫女が身代わりになってくれたのだ。
しかし、代償は大きく、彼女の下半身は奴に
食われて、上半身だけの姿になっていた。
これでは、いくら巫女といえど敵うはずがな
い。私は妻と娘を連れて、神殿に応援を呼び
に戻った。
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