はじめてのボス戦 -9-

文字数 2,024文字

「コージさん! 下がって!」
 背後からフミトが叫ぶのと、湖から何者かが飛び出してくるのは同時だった。「クリーチャーが現れた!」というガイドが表示された。
『ぼぼぼ』
 くぐもった音を発する敵は「ヘドローパー」という名で、赤くドロドロとした粘液状の塊から頭部と触手が飛び出たような姿をしていた。
「うげ! 気持ちわるっ!!」
 湖の比ではないほどの化学物質の刺激臭に、意識が飛びそうになる。何とか距離を取ったが、それでも悪臭は鼻の奥を突いてくるようだ。動くヘドロといった様相のその敵は、その赤い身体をもぞもぞと動かしている。
『ぼぼぼ……べっ』
 口をモゴモゴしたかと思うと、こちらに向かって何か吐き出してきた。回避が間に合わず、コージは腕で顔を庇った。装備が黒ずみ、強烈な異臭を放つ。あまりの気持ち悪さとニオイに、胃の中がひっくり返りそうになる。
「うっ……」
 コージは立っていられずに膝をついた。吐き気だけでなく、体中が異様に熱く、さらには視界が滲みだしてきたのだ。
「はあ……はあ……」
「コージさん!? どうしたんすか!?」
 動きを止めたコージに、のそりのそりと敵が近寄ってくる。フミトは阻止しようと矢を放つが、ヘドロ状の身体の相手には石に灸だった。コージも何とか戦おうとするが、身体が思う様に動かない。それどころか、呼吸すらうまくできず、会話もできない。
「避魔の矢!」
 フミトが結界を張った。ヘドローパーは中には侵入できないようで、触手を伸ばして結界に触れるが、バチバチと音が鳴って触手の先が溶け落ちて行った。その隙に、フミトはコージを抱き起こす。いつの間にか、完全に地に伏してしまっていたのだ。
「コージさん! しっかり! どうしたんすか?」
「ぐ……あ……」
 言葉にならない。息が苦しい。コージ自身も、自分がどうなってしまったのか、何が起きているのか理解できなかった。唯一理解できたのは、ここままだと死ぬということだった。フミトは「もしかして……」とアームヘルパーを慌てて操作してみると。

名前――コージ
称号――正義の戦士
職業――戦士
所持金――¥25,940
Lv――11
経験値――13,280
体力――35/176
ステータス――毒

 コージのステータスが異常状態であることを示していた。敵が放ったヘドロ攻撃には毒が含まれており、その毒によってステータス異常になってしまっていたのだった。体力も五分の一を切ってしまっている。
「やっぱり……。毒消し薬!」
 フミトは毒消し薬を呼び出し、コージに飲ませた。すると、ステータスが「正常」に戻り、コージの意識もはっきりしてきた。
「悪い……。手間をかけた」
「そんなことはいいっす! 早く回復してください! アイテム持ってましたよね?」
「ああ……。回復薬二つ!」
 コージは持っていた回復薬を全て呼び出して、体力を135に回復する。
「迂闊だった。ステータス異常になったのは初めてだ……かなり、きつい」
「すげえ熱で、息が荒くて、マジ心配しましたよ。助かってよかった」
「お陰で助かった。ありがとう」
「礼には及ばないっす。でも、どうしましょう? あいつ、まだいます」
 ヘドローパーは結界の周りをぐるぐると回って、どこかに侵入できる隙間がないか探っているようだった。
「この結界、オレが解除するまでずっと張っていられるわけじゃなくて、その内に勝手に解除されるんす。早めにどうにか考えないとヤバいっす」
 猶予は無いということだ。敵の身体はヘドロみたいだから、切ったり貫いたりという攻撃は通用しないだろう。魔法の矢なら多少はマシだろうが、電気をまとった矢を放つ攻撃であることを考慮すると、ヘドロの敵とは相性が良くなさそうだ。何かないか。打開策がないかアームヘルパーを触って探っていると、ひとつ変更点を見つけた。もしかしたら、これなら。
 コージは立ち上がり、ルミナティソードを呼び出した。
「フミト。これから俺が攻撃を仕掛けるから、タイミングを合わせて結界を解いてくれ」
「……了解っす」
 コージは結界の端のギリギリに立ち、剣を構えた。敵は結界の傍を移動している。コージの目の前に来て、触手を伸ばして結界に弾かれた。
「今だ!」
「解除!!」
 結界が解除されると同時に、コージは敵に切りかかった。敵にとっては何も無いところから突然コージが現れた形になり、反応が遅れた。コージは頭に浮かんだ技を敵にぶつける。

 ― 火炎剣 ―

 ルミナティソードが炎を纏い、その熱と共に斬撃を与える。炎が敵を包み、その熱が敵の水分を蒸発させ、粘液状だった身体がほぼ固体になった。
「はあっ!」
 動きが止まった敵に追い打ちをかける。敵の頭から真っ二つにしてやった。敵は消えていき、「戦闘に勝利した!」のガイドが流れた。
「っしゃあ!」
 フミトが歓喜の声を上げた。「コージはサンプルヘドロを手に入れた!」という表示が出た後、コージのアームヘルパーにドロップアイテムが吸い込まれていった。
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